俺の夏の一人旅は始まった
始発電車に揺られること数時間。
数々の電車を乗り継ぎ現在時刻、午前十時半。
家には書き残してきて、必要なものは全て鞄にいれた。
今年は財布の関係上五泊といつもより少し短めにした。
そんな事を考えつつ到着した海辺の民家。
駅から体感で五キロといった場所にある、ザ・民家に俺は五泊することを決めたのだ。
まぁ俺が住んでるところより圧倒的に空気も綺麗だし、夜は満天の星空が広がるに違いない。
駅から民家と反対に暫く歩けば商店街もあるし、望んだ通りの場所を見つけれたものだ。
そんな事を考えながら、重たい荷物を運んできた体を畳の部屋で労う。
やっぱり畳の臭いはいいな。
「お兄さん?」
「ん、何ですか?」
親子で切り盛りしてるこの民家の娘さん。
名前は確か・・・・・・潮風海那さん?
まだ高校生らしい。
「えっと、宿題教えてくれますか?」
「いいぞ、何の教科だ?」
「数学」
「すまんが俺は力になれない」
「ですよねー、そんな顔してますもん」
「おい待て、俺はそんな具体的な顔はしてないはずだぞ?」
「お兄さんって本当に都会から来たの?」
俺の話は無視ですそうですか。
あとその言い方だと、『なにこいつ田舎臭い』を揶揄してるように聞こえるんですがそんなんですか?
そうなんですね分かりました。
「ここよりかはまぁ都会だな」
少なくとも最寄りの駅まで五キロもない。
「じゃあさ、コンビニエンスストアって本当に歩いていける距離なの?」
「むしろ歩いて行けなかったらコンビニエンスじゃないだろ」
「ふぅーん、いいなぁ都会。私生まれてからこのかた、この町から出たことあんまないんだよね」
「あっそ」
「興味ない?」
「その話にどうやって興味もちゃいいんだよ?」
「こんな町で今までどうやって過ごしてたかとか?」
「俺に聞くなよ」
来年からは民宿やめて普通に宿に泊まろう。
「でもまぁそこまで教えてほしいなら教えてあげる」
ほんといい耳してんなお前。
「夏はだいたい目の前に広がるに海で遊ぶか裏の山にいくかのどっちがったなぁ、あと家の手伝い。町から出ることなんて滅多にないよ、電車も二時間に一本レベルだし」
「さいで」
「高校も地元にあるところだし部活もやってないしね」
「それって俺に話してなんかある?」
「私は運命を信じちゃう人だから」
「そうか」
運命を信じちゃうって・・・・・・中二病ですか?
もしかしてあれですか?
右手にはダークドラゴン的なものが宿ってたり、左目の解放には神をも消滅させてしまうような被害が伴うとか思ってたりするあれですか?
読めない外国語の本読んだり、ブラック缶コーヒーを飲んで『なるほどな』とかほざいちゃうんですか?
はぁ。
考えすぎだな。
「じゃあ私はお仕事に戻るわね」
「はいはい、ご苦労様です」
俺が借りた部屋からあいつが出ていくのを確認して服を着替える。
もう少し動きやすい服に着替える間、俺はあいつが俺に何をしたかったのかとか深読みしそうになってた。
せっかくここまで来たんだしもう少し気楽に行こうか。
民宿で貸し出している自転車で商店街をめざした。
■□■□■□■
この町俺に優しくない。
てかなんで人がすんでる場所からあんなに駅が離れてんの?
意味ないじゃん。
しかもこの商店街、本屋と駄菓子屋とカフェ以外基本的にご老人の為に作られている。
俺は非常に入りにくい!
田舎の特性なのか俺以外はみんな知り合いらしいし居心地も悪い。
「エスプレッソです」
笑顔がいいですね、マスター。
このカフェの店主はどちらかと言うとバーなどのマスターをしてそうだな。
なんかマスター、みたいなことやらせたらすごく絵になりそう。
「あまり見ない顔ですが帰省ですか?」
「いえ、少し旅行に」
「こんな何もないところにですか?」
自分でいっちゃいますか。
「日本地図広げてダーツで決めたらここだった」
「それはまた、奇抜な決め方ですな」
「去年なんかは本当に訳のわからないところに生きましたよ」
まじで古代生物でも生き残ってんじゃないのかって言いたくなるような場所に。
あの村恐かったな。
「失礼ですがお名前を聞いてもよろしいですか?」
「南夏夜、マスターは?」
「九樹源五郎です、以後お見知りおきを」
「うん」
にしてもこのエスプレッソ美味いな。
まぁコクとか深みとか分かんないんだけど。
誰かが階段を降りてくる。
まぁ、家の一階を店にしてるし当たり前だけど。
てか胸でか、どくろのティーシャツがすごいことなってるぞ。
しかもホットパンツ。
持ってる楽器のケースからしてトランペット辺りだろう。
「行ってきます」
よく言えば格好いい、そんな声でそれだけを言った。
「私の娘の藍那と言います、可愛いでしょう?」
「そうですね」
「ちょうど南さんの泊まってる宿の娘さんと同い年なんです」
「へぇ、ごちそうさま」
「ありがとうございました、また食事でもしにいらしてください」
代金を払い、カフェを出る。
暑い。
今まで敢えて考えないようにしてたが暑い。
地球温暖化もここまで来たら末期だろ?
取り敢えず菓子でも買って民宿に戻るか。
にしても活気のない町だこと。
走ってたらじいさんばあさんしか見ねぇぞこの町。
なに?過疎化ですか?
笑い事じゃない問題ですねそれ。
まぁ、菓子も買ったし戻ろう。
■□■□■□■
「あっお帰り」
「ただいま」
「商店街行ってたんでしょ?」
「そうだけど何か?」
「じゃあ源五郎さん特製のオムライス食べた?」
「いや、エスプレッソ飲んで帰ってきたけど━━━━━━」
「あー、惜しいことしたね。源五郎さんのオムライスはふわふわしててとろとろで神級なんだよ!」
「そっそうか、今度食べてくるよ」
「うん!絶対そうした方がいい、むしろ食べに行け命令だ」
秋菜の弟にあってから俺の怒りの沸点はだいぶ高くなったと思う。つくづく思った瞬間だった。
てかこいつ馴れ馴れしいよ。
「そろそろかな?」
彼女の言葉の意味は聞き返さずとも理解できた。
約三秒後、海岸から金管楽器の音色が聴こえてきたからだ。
いろんな音をかきけす程大きく美しく突き抜けて聴こえてくる音の束は色を持ったかのように錯覚させ旋律となり次々に奏でられる。
「学校や公園のチャイムは毎日五時に鳴るの。その一時間後、この民宿にいる人にだけ聴こえる六時を知らせる演奏なの」
「ふーん、これって九樹さんとこの娘さんがやってるのか?」
「藍那ちゃん知ってるの?」
「まぁカフェで見かけた」
向こうは俺の事なんて見てなかったけどな。
「私と同じ学年なんだよ」
「高三?」
「うん、私は町を出て進学するつもりだけど藍那ちゃんはどうなんだろうね?」
「さぁな」
高三の夏か。
「じゃあ部屋戻るよ」
「はい」
俺の夏なんて毎年変わらんからあんまり印象ないな。
歩き疲れたのもあって、俺は適当に飯を済ませたら早々に寝てしまった。
姉ちゃんからのメールを返さなかったのは後々効いてくるだろうな。