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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

クリスマスの余命…

作者: わんこ

今年もクリスマスがやってきた…

2014年12月25日…


「おい、大丈夫かっ!しっかりするんだ。誰か、誰か救急車を呼んでくれっ!!女の子が車に引かれたんだっ!!」


私は、誰かの言葉を聞いたのを最期に16歳という短い人生に幕を閉じ永遠の眠りについた…

フワッとした感覚がして身体から魂が抜けてゆく…

その間際…一瞬だけ黒い猫が黄色い瞳をこちらに向けた姿が見えた…


「お嬢ちゃん…思い残す事無くあの世に行けたかい?」


そんな言葉に私は微笑んで返した。


「大丈夫…。私の思いはきっと皆に届くと思うから…。だから、心配はしてないよ。ただ…」


後、一つだけ我が儘が言えたなら…

皆が落ち着くまで…

私の死の悲しみが、少し和らぐまで彼らを見届けて欲しい…

そうしてもらえれば、凄く安心するんだ…

最後まで迷惑掛けてごめんね…

でも、感謝してる…

最期の最後まで付き合ってくれて有難う…

きっと、君が死までの時間タイムリミットを教えてくれなければ家族や友達に言葉を残す事は出来なかっただろうから…

本当にありがとう。

そして、さようなら…


私は、ずーっと空高く…夕暮れの空を上って行きながら道端で倒れて血を流しながら死んでいる私を遺して天国へと旅立った…


私は死んだ…

皆の幸せだけを願った言葉を遺して…






――――――


私が、自分の死までの時間を知ったのは1日前の24日…クリスマスイヴだった。


「じゃあ、妃依那ひいな。また、学校でね」


「うん、またね。バイバイ」


あの日まで、朝比奈あさひな 妃依那ひいなという、ごく普通の女子高生だった私は、友人との遊びの帰り道を友人と別れて一人で歩いていた…

当たり前に笑って友人と、さよならを言う…

でも、本当の『さよなら』になるなんて思っていない私は「またね」と言って別れた。

それが、当たり前になっていた…。

また、明日という未来が来るんだって…、自分が死ぬのはまだまだ先だって…そう理由もない考えをしていた。

人はいつ、その人生が閉じられてもおかしくないという考えなんて、これっぽっちもなかった。

『彼』と会うまでは…


「おい、お嬢ちゃん…」


ふと、誰かが呼ぶ声が聞こえてくる。

男の人の声…?

もしかして…私の事を呼んでる?

そう思ってキョロキョロと辺りを見回してみるが誰もいない…


「そっちじゃない。俺はこっちだ」


ん?と思って声がした方…下の方を見ると全身真っ黒の猫ちゃんがぽつんと座っていた…

黄色の瞳が鋭く光って一見怖そうな感じがするが、毛が柔らかそう…

何か可愛い…


「お、やっとこっちを向いたな…」


ん?今、また声が聞こえた?……って、まさか…この黒猫ちゃんが喋ったのかな…



まさかね………



「いや~、カワイイ猫ちゃんだなぁ~。野良ちゃんなのかな?君、名前は何ていうの?」


私は、声を無視して黒猫ちゃんを撫でてあげた。

予想以上に毛並みの触り心地がいい…

だが、何故か黒猫ちゃんは不機嫌そうに私を見つめてくる。

気の所為か、イライラマークが顔に張り付いている様に見えるんだけど…


「お前…耳が悪いのか無視してんのかどっちかに決めろ」


不意に、また声がする…

今度は、もっと近くで聞こえてきた…

しかも、猫が口を動かすのに合わせて…


「………もしかして…本当に猫ちゃんが喋ってる?」


私は、恐る恐る…目の前にいる猫に話しかけた。

すると、


「当たり前だろーが。霊でも話しかけてきたなんて思ってんじゃねーだろうな?ちなみに俺には名なんてないぞ…」


と、可愛らしい顔で睨みつけてきた。


「ほ、ホントに猫ちゃんが喋ってたんだ…」


でも、猫が喋ってるなんて普通は思わないんじゃない…?

なんて、妙に落ち着いた心で思う。


「まったく、今まで気づかないとは…。でも、まぁ、ようやく話せたから良いとするか…。」


しばらく呆れ顔だった猫ちゃんは、小さく独り言を喋ってから私の方を振り返った。


「そういえば、お嬢ちゃんの名前は何ていうんだ?」


「え?私の名前…?私は朝比奈 妃依那っていうんだけど…」


「ふぅん…朝比奈 妃依那ね…」


猫ちゃんは、何やら思案顔…


「私の名前がどうかしたの?」


「いや、なんでもない…」


え?何でもないの?

絶対何かあるっていう顔をしてたような気がするんだけどな…


「それより、お嬢ちゃんは何か悩み事とか無いのか?」


「悩み事?」


「あぁ。何でも良いから言ってみ?」


いきなり唐突すぎ…


「うーん…悩み事かぁ…。あっ!」


「お?何かあるのか?悩み事…」


「うん!彼氏欲しいっ!!」


ズザーッ!!!

まるで、漫画の様に思いっきり転んでいる…


「えっ?ちょっ、いきなり転んだけど大丈夫?」


「い、いや…予想外の答えが帰ってきてビックリしただけだ。気にすんな」


「そ、そう?」


そんなに変な答えを返したかな…?


「というか、もっと他に大きな悩み事とかは無いのか?」


「大きな悩み事?」


「例えば、友達と喧嘩したとか…」


「ないよ?」


「あ、そう……」


私の即答に猫ちゃんは苦笑いしてしまった。

そんな彼に私は、でも…と言う…


「願い事ならあるかな…」


「願い事?」


「うん。私の家族と私の友達が幸せでいられること……いつまでもね。」


「………」


あ、あれ?今度は何か固まっちゃったよ?


「ど、どうしたの?猫ちゃん?」


何も言葉を発しない猫ちゃんに声をかけると、猫ちゃんはハッとしたように身体をビクッと震わせてゆっくりと顔を見上げてきた。


「お前……少々、真面目過ぎじゃないか?」


「え?真面目過ぎ?私が?」


「あぁ。普通の人なら、たとえ死に際の悩み事や願い事だとしても自分の欲求を言うんだけどな…」


「死に際……?」


不吉な言葉を使うなぁ…

う~ん…。何かこの黒猫ちゃん、怪しい………。

そんなふうにジーッと見つめていたのに気づいたのか、猫ちゃんは、しまった!という様に慌て始めた。


「い、今のは何でもないっ!そんな事よりも、お前…。彼氏が欲しいとか言ってたな…」


「あ…うん。確かに言ったよ?生まれてから今まで16年間生きてきたけど一度も彼氏をつくった事なんてなくてさ。」


私がそういうと、う~んと唸って少し恥ずかしそうにしながら猫ちゃんは言った。


「俺で良かったら、明日一日だけ…彼氏になってやらなくもないが……?」


「え?」


「だ・か・らぁ~、俺で良ければ明日だけ彼氏になってやろうかって言ってんだっ!恥ずかしいんだから二度も言わせんなっ!!!」


「……猫ちゃんが、彼氏に…?」


信じられなかった…

だって、出会って間もない私の願いを叶えようとしていて…

なんだか、嘘の様に思えてしまったから…

でも、真剣な眼差しは、嘘をついているようには思えない…

本当の言葉なのだろうか…

だが、もし…そうだとしても決定的な致命傷がある…


「でも…猫ちゃんは人間じゃないよ?」


そう…彼は、あくまでも猫…

人間と猫が恋人同士になれる筈がない…

だから難しいんじゃない?って言おうとしたんだけど…


「そこは、安心しとけ。気にしなくても俺は、人間に化けれるからな…」


と、言われ何も言えなくなってしまった。

それに、一日だけでも彼氏がいる体験をしてみたいなんて欲求が生まれてきてしまう…


「わかった。それじゃ…一日だけお願いする…」


とうとう、私が折れた。


「おう。よろしくな、妃依那。」


“彼”は屈託のない笑みを浮かべて私を見つめていた…

だけど、目は正直…

なんだか、悲しげに揺れ動く瞳だけが真実を語っているような気がした。


「ねぇ…猫ちゃん…。その前に一つ、聞きたい事があるんだけど…」


「あ?何が聞きたいんだ?」


「あのさ…」


言いかけてから、フッと思う…。

こんな事、素直に聞いてしまっても良いのだろうか…?

本当は、こんな事を聞いても自分のためにも、彼のためにもならないのではないだろうか…?

一瞬そんな考えが頭をぎったが、結局、自分の聞きたい気持ちに逆らえなかった…


「君、私に何か隠し事してないよね?」


「え……?」


満面の笑みを装っていた彼の顔が固まる。


「何で、そう思うんだ?」


「だって…さっき、死に際って言葉に焦ってたみたいだし…、それに、普通の人間でも、いくら『彼氏が欲しい』って言われたからって初めて出会った人に『彼氏になってあげる』なんて言わないんじゃない?」


「………」


猫ちゃんは何も言えず黙ってしまった…


「い、いや、本当に言えない事なら言わなくても構わないよ。人に無理矢理聞いて詮索するのは良くない事だし…」


と猫ちゃんの様子に聞いてはいけない事を聞いてしまったのだと気づき、慌てて言うが…猫ちゃんが、それを遮った。


「お嬢ちゃんは……本当の事を知りたいのか……?例え、それが聞きたくなかったと後悔する事になったとしても…」


今度は、私が声を出せなかった…

嫌な予感がしてしまう…

一体、彼が何を語るのか……それを考えたら怖くなってしまった…


「もう一度聞く。……お前は聞きたいのか?」


猫ちゃんは、ハッキリとした声で聞いてくる…


「それは、私にとって大切な話しなの?」


「あぁ…物凄く大切な話しだ…。お嬢ちゃんの人生を変えてしまう様なな…」


少しだけ迷った後…私は決断した。


「聞かせて…」






――――――


あれから…しばらくして私は、家に辿り着いた…


「ただいま…」


「あら、お帰りなさい。少し遅かったわねぇ」


少し気落ちした様な『ただいま』を言う私を、料理していたらしいエプロン姿の母はわざわざ玄関まで来て笑顔で出迎えてくれる。


「うん。少し寄り道をしてきたから…」


まさか、黒猫ちゃんと出会って会話をしてきたなんて言えないので、ちょっとだけ嘘をついてしまった…


「あら、寄り道なんて珍しいじゃない。いつもなら、遅くなると心配させるからって真っ直ぐ帰ってくるのに…」


「まあね」


「夕飯は、食べてきたの?食べてないなら、何か作るけど…」


「それじゃあ…お願いしようかな…」


「いいわよ。丁度、妃依那の好きな親子丼作ってたから、今持っていくわね。直ぐに手を洗ってらっしゃい…」


「うん…」


母は機嫌が良いらしく鼻歌を歌いながらリビングへと戻って行こうとする…


「ねぇ…お母さん…。」


「うん?」


呼ばれて振り返る母は嬉しげな…まるで、夢でも見ている様なユッタリした笑顔で私の次の言葉を待つ…

でも、その顔を見た瞬間…言葉がつかえてしまった。

このまま…夢を見させてあげたい…

明日になれば、もう二度とこんな笑顔なんて見れないのだから…


「妃依那?」


私が黙っているのを不思議に思ってか、声をかけてきた。


「あ…いや、今日は何か嬉しそうだなって思って」


取り繕った笑みで言葉を返すが、母は気がついてないようだった…


「あら、わかる?実は、今日はね、嬉しい事があったの。食事の時間に教えてあげるわ。知りたければ、早くリビングにいらっしゃい」


「うん」


上機嫌に戻って行く母を見送った私は、気づかれなかった事に安心し、ため息をついた後、二階の自分の部屋へと上がって行った。

カチャンとドアが閉まる音がしてからベッドに倒れ込む…

猫ちゃんが言った言葉が思いだされた…


(お嬢ちゃんは、明日…死ぬ…)


死ぬ……死ぬ……死ぬ……

その言葉が何回も反響して恐ろしい…

私は、明日になったら本当に消えてしまうのだろうか……?

今までの幸せな生活が当たり前過ぎて実感なんて湧かなかった…

死が怖い…

勿論、自分が死ぬ事が怖いのもあるが…

それ以上に…自分が死んだ後に、遺される大切な人達の事を考えたらいたたまれなくなった。

だから、死ぬ事が怖い…

最初、私が死ぬと言った猫ちゃんの言葉が信じられなくて、私はキョトンとしてしまうばかりだった…


「意味が解らないよ。猫ちゃん…。私が死ぬって…どういう事?」


「そのままの意味だ…。お嬢ちゃんは明日…死ぬ…」


「何で?」


「それが、世界の在り方だからさ。人間は不死身じゃない…。いつかは、この世から消える時がくる。お嬢ちゃんの場合は、それが、明日だって事だけさ…。」


「………」


「死ぬのは嫌か…?」


「………」


「お嬢ちゃん?」


「え?」


「何、黙って泣いてるんだよ…。心残りが多すぎて悲しいのか?」


そう言われて頬を触ってみると、手が濡れていた。


「嘘…私……泣いてる…?」


「ビックリしたよ。いきなり涙を流すから…」


「ごめん。……でも、私が死ぬって言われて……ホントにそうなら…後に遺される家族はどうなるんだろって思ったら…悲しくて…苦しくて…どうにもならなくて……」


ついに、抑えきれなくなった涙を嗚咽と共に吐き出してしまっていた。


「本当にお嬢ちゃんは、優し過ぎるな…。いや、人を愛し過ぎるのか……」


泣いている私の涙を、そっと柔らかな肉球で拭ってくれる……


「それなら……俺も一緒に考えてやる…。後一日で何が出来るのか…」


優しい声音で呟かれたその言葉は、本当に説得力があった。


「『俺も一緒に考えてやる』……か…」


明日一日で自分に何が出来るのだろう……?

後、一日……

自分がいた証を残したい…


「そうだ!!」


私は、良いことを思いついて、ガバッと布団から立ち上がると急いで机の中を探った。


「あ、あった!!」


お目当ての物を見つけだすと直ぐに作業をやりだす。

もう……夢中だった……

夕飯が出来たから降りてきなさい!という母の言葉も聞こえないくらいに…

私が残せる物は、これしかない……





――――――


次の朝…

私は、日の光に眩しさを覚え、目を覚ました…

昨日の夜…一生懸命作業をして、それが終わった後、力尽きてしまい机の上で寝てしまったらしい…


「……もう…朝かぁ…」


光を浴びながら伸びをして、欠伸をする…

いよいよ、この日が来てしまった…

私の人生の最期の日…


「妃依那~、起きてるの?朝ご飯、出来てるわよ。」


「うん!!今行く!」


下から聞こえてきた母の声に応答し、立ち上がる。

ふと、机にある鏡に自分の顔が写った。

眠気たっぷりのままの顔を軽く手で叩き、鏡に笑いかける…


「大丈夫。まだ、笑顔でいられる」


私は、独り言を呟くと椅子から立ち上がった。

リビングに行くと美味しそうな匂いがして思わずお腹がギューっと鳴ってしまう。

人というのは、どんな時であってもお腹が空くものだ…

テーブルには、ハムエッグの乗ったトーストとスープがだされてある。

父は、朝早く会社に行ってしまった様だ…


「あら、おはよう。あなた、昨日は晩御飯食べないで寝ちゃったみたいだからお腹が空いてるんじゃない?」


「おはよう。スッゴくお腹すいたよ。良い匂いだね。」


キッチンで朝食を作っている母に満面の笑みを見せると、母は驚いた顔をして私を見た。


「あら、今日は凄く機嫌が良いのね。」


「そう?いつもと変わらないよ」


私は席に着いて、朝食を食べようとした所でふと気づいた。


「そういえば、昨日言ってた良いことって何なの?」


「あぁ、まだ話してなかったわね」


母は振り向くとニコニコして言った。


「実はね…赤ちゃんができたの!!」


「へ?……赤ちゃん……?」


「そう。昨日、病院に行ったら2ヶ月目だって!まだ、男の子か女の子かは解らないけど…」


「それ……ホント?」


「あら、嘘だと思ってるの?本当よ。昨日、お父さんにも話したわ。36歳だって、まだまだ十分に産める歳なんだから。」


なんて、冗談めかして言う母に、私は席を立って背中から抱きしめた。


「ちょっと…どうしたの?妃依那…」


「ごめん。少しだけこのままでいさせて………?ねぇ、お母さん…」


「何…?」


しばらく間を置いてから小さく呟いた。


「私の妹か弟になる子を大事に愛してあげてね。」


今、母がどんな表情をしているのかは解らない…

でも、しっかりと答えてくれる事は解っている…


「えぇ。私の大切な可愛い子供ですもの。あなたと同じ様に愛しながら育ててゆくつもりよ」


「うん…」


母の温もりを身体一杯に感じながら、目を閉じた…


「お母さんの温もりって何だか安心する。凄く懐かしい感じ…。」


「ふふ、昔は、赤ん坊のあなたを毎日背負いながら料理してたものだわ。毎回、途中で大泣きしてあやすのが大変だった…」


「私、そんなに泣いてた?」


「そうよ。本当にちっちゃな頃…。でも、もうこんなに…あっという間に大きくなっちゃった…」


「私…もう…大人だよ……」


「そうね。16のあなたはもう…十分、大人だわ…」


「でも、私は…まだ、お母さんとお父さんの子供でいたい…」


「まったく…歳を重ねても、いつまでも甘えん坊ね…」


言葉の割には嬉しそうに笑う母の声が、私の耳を揺さぶる…


「でも、甘えるのは今日で最期だから…」


「え?」


「ううん。何でもない。それより、私、今日は用事があるから…もう、行くね…」


キョトンとしたままの母を残し、私は、さっさとリビングを出た…

もう…これ以上いられない…

いたら、涙が溢れてしまいそうだから…






――――――


「う~ん。来ないなぁ……。まさか、約束をすっ飛ばしてるんじゃないよね?あるいは…あの約束自体が、嘘なのか…」


既に約束の時間から30分たった、午前9時の駅…

腕時計を見ながら、溜め息を着いて、どうしたらいいのか迷う…


「まったく…あの猫ちゃん、昨日は、あんな台詞セリフ言っといて約束をすっぽかすのなら絶対許さないんだから…」


もう一度、溜め息をついて、もう、帰ってしまおうかと思った時だった…


「悪い!お嬢ちゃん。遅くなっちまった。」


どこからか、聞いたことのある声がした…

私は、反射的に振り返る…

息を切らしながら急いで走って来るのは…程よくカットされている黒髪に黒いダウンを着た知らない男だった…

凄いイケメン…


「すまん…待ったか?」


私に近づいて来た男は、黄色い瞳で見つめてくる。


「え……?誰?」


私が、そう言うと男は呆れて、


「おいおい…もう、俺を忘れちまったのか?昨日、会ったばかりじゃないか…」


昨日…会ったばかり…?

昨日、会った男の人といえば…


「あー!あの黒猫ちゃん!!!」


「しー!声がデカイぞ!皆、注目しちまうだろーがっ!」


「ご、ごめん…」


慌てて口を抑えるが、既に時遅し…

周りにいる人々が、不思議そうに見つめてくる…


「ったく、しょうがないな…」


彼は、私の右手を掴むと、そのまま走り出した。


「ちょ、ちょっと!何処に行くつもりなの?」


「ふっ、そんなの着くまで内緒に決まってるじゃないか」


彼は笑って、そう言った…






―――――


猫ちゃんに手を掴まれたまま私が来た場所は、ちっともデートっぽくない本屋さんだった…


「ちょっと…猫ちゃん…。こんな所で何をするつもりなの?」


私が、ジト目で彼を睨むと、彼は、さも当然かの様に言う。


「勿論、今日一日で何が出来るのかを考える為の参考図書を探すんだよ。それと、お嬢ちゃん」


「何?」


「黒猫ちゃんっていう呼び方は止めてくれ。何だか、凄く恥ずかしい…。それに……」


彼は、少し照れている様に見える…


「俺達は今…彼氏彼女の関係だろ?」


その言葉に一瞬…ドキッとしてしまった…


「……、それはズルイよ…」


と私はむくれる…


「そうか?」


「そうだよ…」


「………」


「………」


2人でしばらく黙りこくってから、彼が何か思いついたように言う…


「なぁ…良かったら、お嬢ちゃんが俺の名前をつけてくれないか?」


「え、いいの?」


「おう。どうせ名前がなかったしな…」


「そ、そう?」


うーん…

どんな名前がいいかな?

と、考えて、ふと…思いついた…


「なら、ユイ…っていうのはどう?」


「ユイ…か…。何か女の子っぽい名前だな。大切な誰かの名前か?」


「うん…。」


「ふぅん…。ユイ…良い名前じゃないか…」


彼…ユイは、私の頭をぽんっと叩いて中へと入っていこうとする…


「あ!ちょっと待ってよ、ユイ」


私は、彼を止めた。


「うん?どうした?」


「あの…私の事も、お嬢ちゃんじゃなくて『妃依那』って呼んでくれない?」


ユイは、フッと笑って…


「そうだな…妃依那…」


と、言った…






―――――


それから、数時間たったお昼過ぎ…

私達は、近くのレストランで昼食をとっていた。


「結局、何の収穫も無かったな…」


「しょうがないよ。難しすぎる問題だもん…」


「でもなぁ…何かしらヒントになる物があると思ったんだがな…」


いろいろと、本を探しまくっていたユイは、もうヘトヘトらしくテーブルの上に突っ伏してしまった…

そんなユイの姿も可愛らしいなと思ってしまう私がいる…


「ねぇ…ユイ。もう、探さなくても良いよ。」


「あ?何で?」


「もう、ユイには十分良くしてもらったし、これは、きっと私の問題だから…」


「妃依那…」


ユイは、納得がいかなそうな顔をしていたが、私が押し切ってしまった。


「良いの。もう…いい…。その代わりにね、ユイに付き合って欲しい場所があるの。」


「付き合って欲しい場所?」


「うん!ユイに見せたい物があるんだ」


さっ、早く食べて行くよっ!とユイを促しながら、人生最期のご飯を食べた…






――――――


午後4時半頃…


「ユイ~、はーやーくー!!」


「おい、こんな急な坂で大人を急かすなよ……」


「良いから、早く~」


「はいはい」


俺は、妃依那に急かされながらも急な上り坂を上っていた。

クソ…息が上がっちまう…

しかし、妃依那は、さっさと先にいってしまうのだ…


「はぁ…あれが、若さか…」


なんて、呟きながら俺は坂を登りきった…

そこは堤防があって、そこから真っ直ぐ先が見渡せる様になっている…

そして目に映る物を見た途端…目の前の景色に目を奪われてしまう…


「これは…キレイ…だな…」


俺の目に映るのは、真っ赤に染まった太陽が海に段々と消えていく光景…

なんとも、感動する場面だった…


「でしょ?太陽が上るのと沈むのを見るのは、ここが一番良い場所なんだ」


いつの間にか隣に立っていた妃依那の顔は日の光で紅く染まっていた。


「実はね…ここは、私の友達のお気に入りの場所だったの…」

「へぇ~」


「私、小学生の時に一度ここに連れて来てもらって…凄く感動しちゃってさ…。また、一緒に来ようねって約束したの…。」


懐かしむ様に語る妃依那…

そして、こちらへ顔を向けた。


「でも、その約束…果たせなくなっちゃった…」


その目には涙がキラリと光る…


「妃依那…」


俺の心は申し訳ない気持ちで一杯になる…

俺には、彼女を救ってやることなんて出来ない…

結局、本人に真実を話してしまった事だって良かったのか今だに解らないでいる…

そんな、考えを察したのか妃依那は言った。


「でも、ユイの所為じゃないよ?実はね…約束を果たせない本当の理由は…その友達が死んじゃったからなんだ」


「えっ?」


「その翌日だった。友達の家が火事にあってね…。その子も巻き込まれて亡くなったの…。それが偶然…今日の12月の25日だった…」


「そうだったのか…」


まさか、そんな事があったとは知らず複雑な気持ちになる…


「しばらく…私は、何もかもを受け止められなかった…。辛くて辛くて…何もかも無くなってしまえば良いのにって思ってた…。でも…そんな時…友達の言葉を思い出したの…『私は誰もを愛せる人になりたい…』っていう友達の口癖だった言葉を…」


その言葉で何となく納得がいった


「それで、お前もあんなに人思いだったのか…。それに、俺に名付けた《ユイ》っていう名前も…もしかして…」


その言葉に彼女はうなづいた…


「うん。彼女が私にとってのお手本だったから。」


と、妃依那は言った後…


「今日は本当に楽しかった。ありがとうだけじゃ伝えきれないぐらい…。本当にありがと。君に出会ってなければ、人の人生をこんなにも考える事なんてなかったと思う…」


でも…と言葉を続ける…


「本当に悪いんだけど…君にもう一つお願い出来ないかな…」


と、ある物を差し出した…






――――――


それから数日たったある日…

俺は、妃依那の家の前にいた。手には一つの紙袋がある…

俺は緊張を解す様に深呼吸を一つだけすると家のインターホンを押した…


「……はい…」


しばらくすると、落ち込んだような女の暗い声が聞こえてくる…

おそらく…母親なのだろう…


「あの…すみません。俺、朝比奈妃依那さんの知り合いの者で、ユイ…という者なんですが…」


「娘の知り合い…?」


「えぇ。今日はお渡ししたい物があって来ました」


しばらくの沈黙があった後、女が応答する…


「今、開けます…」


それから、ちょっとたって家のドアが開いた…

中から出て来たのは、使い過ぎてボロボロの雑巾の様になった疲れ果てた顔の女性だった…


「あの…」


俺が、声をかけると女性は感情のない声で


「ここで、話すのもなんですから…どうぞ、中に…」


と、俺を招き入れた…


「すみません…わざわざ中に入れて頂いて…」


と良いながらも、随分と安易に知らない男を中にいれたものだなと思った…

だが、次の言葉で理由を知る事になる…


『いえ…来て頂いた方が、死んだあの子も喜びますから…』


そう…。娘が死んで…まだ日にちが浅い…

到底、心の傷が癒える事なんてないのだろう…

もしかしたら、何も考えられなくなっているのかもしれない…

だとしたら…今、ここへ来てしまったのは、ちょっとマズかったかもしれないな…


「でも…ここで諦めるわけにはいかないんだ…」


俺は小さく自分に呟いて、紙袋を握りしめた。

そう…ここで終わるわけにはいかない…

何としてでも、あいつの思いを伝えなければ……


やがて、リビングへと通された俺は、奥の座敷に仏壇があるのを見つける…

そこには、多分…骨が入っているだろう骨壺と遺影が置かれてあった…

その遺影の写真に写っていたのは、紛れも無く妃依那だった…


「あの…お線香を上げさせて頂いても?」


「えぇ、構わないわ」


俺は、母親に許可を取ってから仏壇の方へと向かい、線香を上げた…


「妃依那…お前に託されたものは全部伝えるから…」


そう言って手を合わせ、それが終わって再度戻ると母親がお茶を入れている最中だった…


「すみません。あまりお気遣いなく…」


と、言うと…


「いえ…良いのよ。何かしてた方が気が紛れるから…。」


と悲しそうに笑った…


「本当は、まだ…あの子が居ないって実感がないの…。ただ少し遠くに出かけてるだけだって…。もう少ししたら…きっと帰って来るって…そんな気がしてしまって…」


「………」


俺は、何て言えば良いのか解らなかった…


あの日…25日の夕方、あの堤防から夕日が沈むのを見た後…


妃依那に悲劇が起きた…


それは、ある道路に差し掛かった時だった…

強い風が一回だけ吹き、前を歩いていた幼い少女が持っていた風船が飛んでしまった事が原因…


「あ、待って!」


少女が、飛んで行く風船を追いかけて親の手から離れてしまった。

そして、少女は追いかけるのに夢中で、しらない内に道路へと飛び出してしまったのである…それを見つけたのが、妃依那だった…


「あっ、危ないっ!!!」


妃依那は、駆け出して道路に飛び出し、少女を突き飛ばした後……後ろから走って来た車に引かれた…。

ほぼ即死だったらしく、病院に担ぎ込まれた時にはもう…心臓は停止していたらしい…

妃依那を引いた犯人は、その場から逃亡し、ひき逃げ事件となっていた…


「俺…実は、あの日…妃依那さんと一緒に居たんです…」


「え……?」


突然に語りだした俺を唖然としながら母親は見つめてきた。


「でも…俺…何も出来なくて…。道路に走り出した彼女を止める事も出来なかった…」


そう…何も出来なかった…

妃依那が、死んでしまう事がわかっていたのに…

一緒に何が出来るのか考えてやるって言っておいて何も出来なかった…

道路に飛び出した彼女を庇ってやることも…彼女を止める事さえも出来なかった…


でも…


「でも、だからこそ彼女が遺したものを伝えたくて今日は伺ったんです…」


俺は、きっぱりと言ってから手に持っていた紙袋を差し出した。


「これは?」


「妃依那さんが、遺していったものです…」


今までキョトンとしていた母親は俺の手から紙袋を受け取ると、ゆっくりと開けはじめた…


そこに入っていたのは、手紙と暖かそうな3着の手編みのセーター

しかも、セーターの一枚は凄く小さなものだった。

それを見た時、母親の目つきが変わり始め…涙があふれだす…


「あ…あの…どうかしたんですか?」


泣きはじめた事にビックリした俺は慌てて聞いてしまった。

そんな俺に母親は、泣き顔のまま少しだけ笑う…


「いえ、大丈夫よ。ただ、昔、あの子にセーターの編み方を教えてたのを思い出して…何だか懐かしく思えてしまって…。それに…」


自分のお腹をさすって…


「あの日…最期にあの子が言った事を思い出したの…」



「あの日、最期に言ったこと?」


「実は…私…今新しい命が、この中にいて…私が、あの日その事を伝えると…あの子…『私の妹か弟になる子を大事に愛してあげてね。』って言ったの…。あの時は、凄く驚いたけど…でも、あの子…優し過ぎるから…」


「そうか…それで、セーターが一枚小さかったんですね」


母親は、泣きながら頷いた。


「妃依那さんらしいですね…」


「ええ…。あ、そういえば…手紙もあったわね。」


と母親は手紙に手を伸ばす。

その時、封筒の中から何か落ちた。

それを見て、俺は「あ…」とつい口にしてしまうのだった…


「それ…もしかして、あの時の…」


それは、あの堤防に行く途中にあった神社で買ったらしいお守り…

それには、《安産祈願》と書いてあった…

きっと、本当は妃依那も妹か弟が生まれてくるのを楽しみにしていたのだろう…

でも、一生、見ることは叶わないとわかっていたから…

だから、無事に生まれてくる様に…

お守りに願いを託した…

本当のホントは成長を見守っていきたかっただろうに…と思ってしまう…


ふと、手紙の内容を読んでいた母親の手から手紙がひらりと落ちて俺の方に飛んできた…


「ん?」


俺は上手くキャッチすると、その手紙の内容を見てしまった…


『拝啓、お母様…お父様へ。

今回、初めてお二人に手紙を書かせて頂きました。でも、きっとこの手紙は、私の最初で最期の手紙になると思います…

なぜなら、理由は言えませんが、自分が今年のクリスマスを迎えた後には二人の前から消えてしまう事を知っているからです。

なので、今日は沢山の私の思いを伝えたいと思います…。

まず、最初に伝えたいのは感謝の気持ちです。16年間、私を育てくれて本当に有難う…。

今まで、色んな事があったけど二人のお陰で私は、こんなにも元気に…何不自由なく生きる事が出来ました。私が、辛くて泣いてしまった時も…機嫌が悪くて二人に八つ当たりしてしまった時も…二人は私を慰めてくれて、話を一生懸命に聴いてくれて嬉しかった。私は、二人の子供でなければ、こんなにも幸せを感じる事は出来なかったと思います。お母さん、私を産んでくれて有難う…。お父さん、いつも私を大事にしてくれて有難う…。本当は、いつまでも二人の側にいたかった。

でも、それは叶わない事だから…

だから、最期に私からのお願いを言います。

人は、いつ居なくなってもおかしくないものだけど……どうか、二人だけは、生きる事を諦めないで…

いつまでも、長生きして私の事を忘れないで欲しい…

そして、後から生まれてくる子を私を育ててくれた様に愛してあげて下さい。

私は、天国から皆が幸せに生きれる様に願っています。

お父さんは身体を大切にお母さんを支えてあげて、お母さんも身体を大事にして元気な子を産んで下さい。』


文章は、『それから…』と続いていた。


『もし、私の知り合いの男の人が家にやって来たら伝えてあげてください…。【いろいろと迷惑をかけてごめんなさい…。でも、本当に有難う…。】と……。』


そして、さようなら…敬具。

と付け加えられて締めくくられていた…


「まったく…どうしてお前はそんなに人思いなんだよ…」


俺は額に手を当てて必至に涙をこらえる…

でも、手紙を読んでしまった後の悲しみの心は涙を抑えさせてはくれなかった…


これは、クリスマスに出会った…

たった一人の優しい少女の【最期の遺言】だった…

クリスマス用として書きました。

沢山の皆さんに読んで頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] わんこ様、クリスマスには遅刻してしまったけど、本日読ませていただきました。 ひいなちゃんの家族を思う気持ちに、涙が出てきて画面が見づらくなってしまいました。 自分があと一日しか生きられない…
[良い点] めちゃくちゃ泣けますね。この小説。 すごく、感動しました! [一言] 「人は、いついなくなってもおかしくない」 その通りだと思います。 だからこそ常に、感謝の気持ちを持ち続けたいものです…
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