ニッチ マーケット
VRゲーマーの夜は遅い。
―― 22:30
フィブルがアバターの整形に夢中になっていると、セットしていたアラームが鳴った。
あわてて時計を見る――確かに、自分のセットした時間だ。
「げ、もうこんな時間!? なんか顔うまく決まらないのに……あーもう!」
腹立たしげに、姿見に映った仮想ウィンドウを叩く。
「……しゃーない、今日は戻すか」
不満はあったが、これまでの調整内容をゼロにするのは悔しいので、設定ファイルに書き出して残しておく。
そして、仮想ウィンドウをキャンセルし、警告画面でOKを選択して閉じると、アバターの全身が一瞬ぶれて、体型などが微妙に変化した。
2時間かけて調整したカスタマイズ項目が、全て破棄された瞬間だった。
「急がなきゃ、祭りにおくれっちゃう」
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アラカワ・サーバーは、その名の通り荒川区周辺のプレイヤーを対象としたサーバーだが、実際にはそれ以外の地域からアクセスしているプレイヤーのほうが多い。
理由は単純だ。
サービス範囲に秋葉原が含まれていたため、「アキバ系」と呼ばれる人たちが「聖地」と言い出して集中したのだ。
そうして集まった中には、ことさらアバターのカスタマイズにこだわっていた人達が居た。
それが、コスプレギルド「あらかわ委員会」の立ち上げメンバーである。
あらかわ委員会の活動は単純明快だった。
ひたすらに、アバターを飾り立てる。
そのためであれば、どんな手段をとる事も厭わない。
理想の外見にカスタマイズする。
ネタキャラにする。
流行のアニメキャラにする。
アクセサリーや衣装にこだわる。
モーションにこだわる。
設定にこだわる。
――これらのほかにも、様々な方法が模索され、あらゆる方法が許容されていった。
ギルドとしてのスタンスは、来るものを拒まず、去るものを追わず。
行動の指針はない。
何をやってていてもいい。
何も強制はしない。推奨や禁止もしない。
一声かけて狩りに行くのも、一人黙々と生産するのも――街で他人のアバターを眺めて「研究」に励むのも、自由だった。
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―― 23:00
フィブルがあわてて移動した先は、通称「アキハバラ駅前広場」と呼ばれる場所だった。
アラカワ・サーバーにある、ある意味全サーバー中で最も有名な街、それが「アキハバラの街」だ。
元々は普通の街だったが、プレイヤー達がよってたかってカスタマイズしまくったのだ。
カスタマイズされ始めた時は運営サイドもあわてたらしいが、ノリがあったのか、最終的にその流れは容認された。
そして、ゲーム中にアキハバラの街並みが完成した時に、運営が悪乗りして、2001年に一度閉鎖された駅前広場を「復活」させたのだ。
そんな広場で毎夜繰り広げられること、ソレが「祭り」だ。
「祭り」といっても、することが決まっているわけではない。
ただ広場に集まる。それだけが、唯一の決まりのようなものだった。
集まる理由も人それぞれだ。
狩りの仲間を探すとか、ゲームの攻略法を教えてもらう、なんていうオーソドックスな目的の人もいる一方、新しく入手した衣装を見せたい、なんていう人もいる。
そして、深夜にも関わらず、今日も広場は多数の人でごった返していた。
大半はアニメキャラと同じような格好をしているが、中には被り物をしていたり、着ぐるみを着ている人もいる。
そして、それぞれ好き勝手に行動をしていた。
そこは、まさにカオス。しかし、集まっている人たちには、ある共通点があった。
それは、2次元をこよなく愛する変……紳士の心の持ち主である、ということだ。
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「Fountain of Youth」のゲーム自体は、どちらかといえばリアル志向であり、アバターなどの3Dモデルも、なんというかバタ臭い、いわゆる「洋ゲー」風のテイストが強い。
しかも、VR機器の描画性能は「2010年頃の据え置き型家庭用ゲーム機」相当、といったところなので、どうしても様々な部分がデフォルメされた、荒めの画像になる。
しかし、この場にいるプレイヤー達の目に映るのは、まったく違う風景だった。
輪郭の太い主線、はっきりした陰影、コントラストは高く、メリハリがある――つまりは、アニメ風の画面だ。
アニメ風の表示切り替えは、サービスイン後に実装された追加機能、「2.5次元化add-on」によって実現されている。
「スフィアフード」の偉い人は、収益がある内は口を出さずに金は出す、というスタンスを取っているので、ソフトの開発部隊はかなり自由……というか暴走一歩手前状態で機能を実装してしまうことが多い。
「2.5次元化add-on」も、そんな暴走状態で作られた機能の一つである。
このadd-onを追加すると、表示がアニメ風に切り替わるだけではない。より「アニメ風」に見えるよう、アバターなどの3Dモデルも微調整される。
あくまでも見え方が変わるだけで、ゲーム的な効果はまったくないadd-onだったが、追加のDLCとして有料販売されたところ、運営の予想以上に売れた。
特に、アラカワ・サーバーでは過半数のプレイヤーが購入し、有効化していた。
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―― 23:12
「あれー? 全然変わって無いじゃん」
とある集団と一緒になって、車座になって騒いでいるフィブルに、後ろから声が掛けられた。
フィブルは、振り向きながら答えた。
「第一声がそれとは、ずいぶんなご挨拶だねー、ネス」
声を掛けてきた相手は、フィブルの知り合いだった。
名前は、ネス。ぱっと見は、チャラ男といわれる感じの男性アバターで、「1ドットの違いがわかる男」を自称している。
「まあその通りなんだけどね。いやー、2時間かけたんだけど、なんかうまく纏まんなくてさー」
「あー、あるある。そういう時あるよなー」
「煮詰まっちゃってこれ以上は無駄だなって見切りつけて駆けつけたところ、ヨ」
「ちなみにどこら辺が気になったの?」
「基本的なトコだよ。環境光周り」
「ああ、アバター派はそこらへん気にするねー」
「そりゃそうだよー、自分だもん。ログインしてからずっとショーケースに入るってわけにも行かないじゃん」
「でもさー、いつも思うんだよな」
「何を?」
「いや、ドンだけ調整しても『自分』じゃ見えないじゃん」
「今そこ!?」
フィブルは、『何を言っているんだお前は』という顔で、ネスを見た。
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VRゲームにまつわる不満のひとつに、「視点変更が出来ない」ことがよくあげられる。
アバターの位置と視点が異なると、違和感が酷くて気分が悪くなる「VR酔い」と言われる状態になり、操作が出来なくなってしまうため、システムでカメラ位置を「1人称視点」に限定しているためだ。
そのため、普通に遊んでいる限り、自分のアバターを確認することが難しい。
せいぜいが、体型や服装のチェックするぐらいである。
そういった不満からか、「あらかわ委員会」のメンバーは、大きく二つの派閥に分かれていた。
自分のアバターをカスタマイズする派と、しない派、である。
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フィブルは、微妙に疲れたような声でつぶやいた。
「……まあ、よく言われるけどさ」
「いろんな人によく聞いてるから、理由も大体わかっちゃいるし、納得もするんだけど、やっぱなー」
ネスは、何気ない調子で隣に座って、話を続けた。
「ふつーのMMOではオレもカスタムしまくってたけどさー、あれは自キャラの動きが見えたからやる気になったんだな、ってよくわかったよ」
「まあ、そういうところはあったな。人それぞれだけど、オレの場合は、まあ……」
フィブルは、一度立ち上がって伸びをしてから、ネスに向き直って座りなおした。
「せっかく頑張って可愛くした顔が、変顔に見られるのは我慢ならんのだよ! どんな状況であってもな!!!」
「あー、大概はそうだな。うちの子KAWAII!!って」
「そうでなきゃ、こんなトコいないだろ」
「デスヨネー」
ネスは、棒読みで同意したのち、それでも割り切れないように続けた。
「でも、オレはやっぱ『見る』派なんだよなー。パペットをおめかしするのは楽しいんだけど、自分はなー」
「ま、確かに見るのが楽しいってのは同意する」
フィブルは、そう言うと自分のパペットを呼び出した。
呼び出されたパペット――金髪、ツインテールの女の子タイプだ――が、車座の真ん中まで進んで、ペタンと座る。
「パペットはいい……見てるだけで癒される」
フィブルがつぶやくと、それに同意する声が後に続き、いつの間にかその場でパペット鑑賞会が開始されていた。
色々なパペットが居た。
大人や子供といった人間タイプ、妖精やゴーレムといったモンスタータイプ、狼やライオンといった動物タイプ。
これまでに実装された、ほとんどのタイプが勢ぞろいしていたといっても過言ではなかった。
車座の中で、パペット同士が遊び始める。
プレイヤーからの指示がない場合は、ある程度自律行動を取るようになっている。
その様は、子供が遊ぶ様子を見守る親のようだ。
数分後。
その騒ぎを聞きつけた他の参加者達が飛び入り参加をはじめ、駅前広場のあちこちで同様な「パペットを見守る会」が繰り広げられていった。
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―― 25:00
若干疲れた様子で、フィブルがマイルームに帰ってきた。
あの後、「パペットを見守る会」が「パペットと戯れる会」へと発展し、色々な性格のパペットたちとよくわからない状態で遊びまくったフィブルは、疲れてはいたものの、精神的には充実していた。
「ふう。充実した1日だった……これで明日も頑張れる」
そして、公式サイトをチェックしながら、ログアウトの準備を始めた。
フィブルは、ふと考えた。
最近は、リアルに戻るのが辛い、と思う時が増えてきた、と。
定年後まで、「Fountain of Youth」がサービスを続けていたなら――年金全部突っ込んでもいいかな、と思うぐらいには。