元勇者
ハル=ブリュートス、二十歳。性別、男。職業、無職。
二年前世界を救いました。
「……ハルー! 起きなさい! 朝ごはんよー!」
ミノタウロスの咆哮よりも騒がしい母親の声に俺は目を覚ました。また、朝が来てしまった。何故朝は来るのだろうか。
とりあえず、起き上がる。
寝すぎて頭が痛い。むしろ、寝すぎて眠い。昨日は何時間寝たんだろうか、と部屋に掛けられている時計を見る。
十二時間寝たらしい。
一日は二十四時間だから、えーと……一日の半分近く寝ているというわけだ。
「ハルー! 起きなさいって!」
母親が階段を上る音が聞こえてくる。とりあえず、パジャマのまま俺は部屋の外へ出ることにした。
「おはよう、かーちゃん」
「アンタねえ……」
呆れたように母が俺を見た。
その視線は心が痛いぜ!
母が階段を下りてから、俺は母に続いて階段を下り始める。
父が食卓に座っていた。
「ハル、お前は仕事もせずに何時間寝れば」
俺と顔を合わすなり、スプーンとフォークを置いて父が説教を始める。
「いや、だから出来ないんだって……」
「農作業くらい手伝いなさい!」
と、次は俺の飯を持ってきた母。俺の心がズキズキ痛むぜ!
「でも生活は楽だろ?」
「……う、うむ」「そ、そうね」
魔王討伐の際に国から出た報奨金を家族にほとんど渡している。俺が持っているのはお小遣いレベルだ。
正直あれだけあるなら、三人家族でもあと四年は贅沢出来るほどだ。うちの親はそういうのに五月蝿いから贅沢はしないが。
「まあ、それは置いておいて。ハル」
父が俺の名前を呼ぶ。
「ふぁふぃ?(なに?)」
「飲み込んでから喋れ」
頷いて、無理矢理パンを飲み込む。うん、パンの味しかしねえ!
「村長の家にお客が来てる。お前に会いたいそうだ」
「えー、マジかよ。だるい。とーちゃん代わりに行ってくれ」
「無茶言うなよ……」
村長の家っていう時点で嫌だ。そもそも家から出る時点でかなり嫌だ。
村長の娘とも顔見知りだから、三倍嫌だ。
「アイシャちゃんもコイツを貰ってくれればなぁ」
「俺が貰われる方なのかよ」
「お前、そんな甲斐性あるのか?」
「ぐぬぬ」
そう言われてしまえば「あるぜ!」と胸を張りたくなるが、正直甲斐性は無い。
姫様に逃げられた。
今はそれは置いておこう。
「で、可愛かった?」
「おう、中々オッパイが大きくてな……ふへへ」
「そうか、よし会おう……ぐへへ」
父と二人、朝から変態トーク。
母が鍋を振り下ろす体勢だったので俺はすぐさま伸びた鼻の下を戻す。
「村長の家か。すぐ行ったほうがいい?」
「早すぎるのも失礼だろう」
「それもそうか。十時くらいでいいな」
そう決めると同時に、スープを飲み干す。
「ごちそうさま!」
「このロクデナシは飯を食うくせに、手伝いやしないねえ」
俺は皿を流しへと持っていくと、そのまま村の外へと出て行く。
「何処行くんだい?」
「稽古だよ、稽古」
「……このロクデナシは仕事はしないくせに、こういうことはちゃんとするからねえ」
母の呆れた声を背に、俺は木剣を持って外へと飛び出した。
そろそろか、と家の中で時計を確認すると既に十時前だった。タオルで汗をぬぐって、着替えることにした。
そういえば、パジャマのまま稽古してたんだよな、と考えるとすごい恥ずかしくなった。
適当な服を着て、村長の家へと向かう。――といってもお隣だけれど。
「すいませーん」
こんこん、と木の扉をノックして呼びかける。
「ハル?」
……げっ、いきなり聞きたくない声を聞いた気がする。
「違いますよー、ワタシの名前はルハですぅ」
「……ハルね、入って」
……ツッコミさえないってどういうことだよ。結構悲しいんだぞ、スルーって。
自分の知り合いのノリの悪さを嘆いていると、鈍い音を立てて扉が開いた。
その向こうには、茶色のおさげを垂らして眠たげな目をした人物が立っていた。
アイシャ=レーノス。村長の娘であり、俺の幼馴染。これでも魔法使えますを売り文句にしている。
なんの売り文句かはさておき、アイシャに用件を伝える。
「……お客人が来てると聞いたんだけど」
「ええ、連れてくるわ。ここで待ってて」
案内された部屋の椅子に座る。久しぶりにアイシャの家へ来た気がする! 女の子の家だと思うとなんか、興奮するね!
……と思ったけど、アイシャの家だから別に興奮はしないわ。胸も小さいし。
「初めまして」
そんなことを考えていると、耳をくすぐるような声が聞こえてくる。妙にくすぐったくて甘ったるい声だ。
「コイツが勇者。ハル=ブリュートス、無職よ」
「おい、無職つけんな。勇者って時点で無職じゃねえだろ」
「元勇者は無職だと思うけれど」
やはり生意気なやつだ! コイツとは馬が合わない。俺はアイシャを無視して、隣の麗しの君に挨拶をすることにした。
礼をするために椅子から立ちあが――「ってぇ!」足をぶつけてしまった。
アイシャが何をしているんだこのバカ、という目で俺のことを見ている。そんな目で俺を見るな。
「だ、大丈夫ですか?」
そして、麗しの君。
ああ、あなたこそ天使か。
「失礼。ハル=ブリュートスと申します」
「中途半端に王族とかと謁見してるから無駄にマナーあるのよね」
軽く一礼したらアイシャがそんなことを言う。うっせえぞ、こら。
「あ、ナナリー=ラヴァノスと申します」
「ご丁寧にどうも。それで、俺に用って?」
堅苦しい挨拶はやめにして、椅子に座り直し、砕けた口調で促すことにする。それにしても――うん。
「でかい」
「え?」「……」
「あ、気にしないでくれ」
ナナリーは何もわかっていないらしく首をかしげているが、アイシャにいたってはゴミを見るような目で見ている。
「えっと、ですね。国からの伝令を頼まれたんです」
「……」
ぴくっ、と思わず眉間が動いた。
「あ、あの……?」
ナナリーが怯えたような目で俺を見ている。どうしたんだろう。
「とりあえずなんでもいいけど、ハル。アンタ、顔怖いから」
「え?」
「凄い怖い顔してるわよ」
「……マジか」
正直もう国と関わるのはゴメンだ。アイツら、俺を就職させないうえに、俺をお払い箱にしやがって。
挙句、なにか困ったことがあったら俺を頼る。魔王討伐の時だって「姫と結婚させる」っていうから頑張ったのに、討伐してから――「あ、やっぱナシ」とかふざけんな。
……少し私怨が入ったな。
「それで?」
「巨大な迷宮が発見されたから、救援に来てくれ、と」
「断る」
「……え?」
俺の即答に、ナナリーが呆然とした。正直、関わりたくないと思った矢先にこれだ。国というものが正直信用できない。
「う、うう」
「ハル、別に勝手だけど彼女の立場も考えてあげて」
「……」
立場? ああ、そういうことか。
俺が断れば、ナナリーが説得に失敗したとしてなんらかの懲罰を受けるかも知れない、ということか。
――相変わらず汚いな。頼みたいなら自分で来やがれ、クソ王。
「わぁったよ、行けばいいんだろ、行けば。あー、くそ。気に食わねえ」
「……あ、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ……はあ」
とりあえず、話し合って明日出発することにした。ここから王都まで歩いて二日はかかる。
「ところで、木剣で迷宮って攻略できるか?」
「……無理でしょ」「流石に無理があると思います」
「そうか……」
どうしよう、聖剣売っちゃったんだけど。