平日の昼
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退屈していた。平日の昼に、である。いつも午前六時過ぎに起き出し、キッチンで朝食を作って、夫の和広にお弁当を持たせていた。仕事に送り出してから家事をする。掃除、洗濯などすることは山ほどあった。一息つく意味で、昼食を取り終えた後、午後二時ぐらいからオンエアーされる二時間ドラマの類を見る。
こういった番組がマンネリなのは知っていた。長年ずっと見てきている。昔と今でもこういったサスペンスドラマなどはあまり趣向が変わってなかった。夫が帰ってくるまでに一通り家事を済ませ、夕食を作る。毎日変わらない感じだった。
だけど、和広が仕事から帰ってくると、途端に楽しくなる。気分が高まるのだった。
「ただ今」
「あ、あなた。お帰りなさい」
「あー、疲れたな」
夫がそう言って、締めていたネクタイを緩め、ソファーに横になった。そしてしばらくじっとしている。午後八時過ぎだったのだけれど、疲れているのだ。外回りはあまりなくても、フロア内で営業し続けているのできついのだろう。最近言っていた。「俺、ちょっと不眠があるんだ」と。
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その夜、普通に混浴し、髪や体を洗い合って互いに寝巻に着替える。そして寝室のベッドへ向かった。和広も明日が来るのを怖がっているように、ちょっと震えている。寄り添って、
「あなた、お仕事そんなにきついの?」
と訊いてみた。
「ああ。きついなんてものじゃないよ。クタクタに疲れるから」
「お昼は食欲ある?」
「うん。飯は君が作ってくれるお弁当を何とか食べれてるよ。食事は普通に取れてる」
「やっぱ原因はストレス?」
「そうだね。それが一番大きいと思う。……でも、俺も営業部では主任クラスだからな。簡単に休めないよ」
「疲れてる?」
「ああ。……まあ、夜はまだまだだけどね」
夫がそう言ってあたしを抱きすくめる。そして口付けから入り、ゆっくりと交わり始めた。ベッドサイドのテーブルにはミネラルウオーターの入ったボトルが二つ置いてあり、水分補給用である。その夜も体を重ね合い、抱き合った。腕同士を絡め合わせて、だ。
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抱き合って互いに達した後、和広がペットボトルを手に取り、キャップを捻って口を付け、
「明日も早いし、もう眠ろうか?」
と言ってきた。
「ええ。あたしも単調さで疲れが出てるのよ」
「家にいれば、ゆっくり出来るだろ?」
「まあ、そうだけどね。……でも主婦業の方が返って大変なのよ」
そう言って無理に笑顔を見せる。夫が、
「きつい時は昼寝してもいいんじゃない?俺も聞いたことあるよ。専業主婦が家事の合間縫って眠ることもあるって」
と言った。
「そう?そんなことあるの?」
「うん。別に不思議じゃないと思うよ。俺だって仕事してて、眠気が差したりすることもあるしな」
「コーヒーがぶ飲みしてる?」
「ああ。フロアにいれば、飲み放題だしね」
「あたしも毎食後、欠かさずコーヒー飲んでるけど、眠気が差すこともあって」
本音が漏れ出る。和広がボトルをテーブルに置き、
「とにかく疲れてるって思ったら、なるだけ休めよ」
と言ってくれた。
「ええ。時間はたっぷりあるからね」
そう言ってベッドに潜り込む。夫も寝入った。ちょうど午後十一時過ぎで、眠るにはいい時間帯だ。就眠して、そのまま新たな朝を迎える。いつも通り午前六時には起き出し、キッチンでコーヒーを二杯淹れて片方のカップに蓋をした。冷めないように、である。自分の方を飲んだ後、朝食を作り始めた。毎朝洋食だ。トーストを焼き、スクランブルエッグや野菜サラダなど、バランスのいい食事を作っていた。
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「おはよう」
「あ、おはよう、あなた。……食事出来てるわよ」
「ああ、ありがとう。今、着替えるから待ってて」
「うん。ゆっくりする時間ないと思うから、急いでね」
「そうだな」
和広も上下ともスーツに着替え、持っていくものを整理して、きちんとカバンに詰めてから、キッチンへ入ってきた。そしてスマホを充電器から抜き取り、電源を入れてニュースを見始める。あたしも一年前にケータイからスマホに乗り換え、ショップの店員から使い方を一通り教えてもらい、使っていた。
「あなた、今日も遅いんでしょ?」
「ああ、まあな。……俺も営業部にいて、ずっと働き詰めなんだし」
「大丈夫?体持つ?」
「うん、何とかね。疲労はあるけど」
夫も気丈なところはあるのだ。だけど察していた。多分ずっとフロアにいたとしても、電話応対とか書類の作成などに追われて大変だろうなと思い……。
実は和広も実の父親とは相当仲が悪くて、亡くなった時も、
「アイツ死にやがったな」
と言って、清々したような顔をしていた。それに高校卒業後、大学進学を機に、一度も実家に帰ってないらしい。夫が実家にいた頃から、義父とは全然口を利かなかったことを知って驚いていた。たまたま、そういった話になった時、ポロリと出てきたのだ。あたしも知らなかった。まあ、知っても知らなくても、別に関係ない話なのだけれど……。
*
「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
マンションの玄関口で送り出す。今日も掃除や洗濯などでいろいろと忙しい。昨夜、和広が言った通り、合間に昼寝する時間も作ろうと思っていた。平日の昼は単調で疲れるのだし……。きつい時はゆっくり休むことに決めた。家事など時間を作りさえすれば、いくらでもやれる。もちろん買い物などで外出することもあったのだけれど……。
淡々とした、まるで乾いたような時間が流れる。別にあたしも近所との付き合いなど、ほとんどなかったのだし、マンション暮らしなので自治会などもなかった。街でもこういったところだと、皆そうなのだ。ずっとこもっている。お互い何も言い合わない。どうでもいいのだった。別に用はないのだから……。
夫婦二人分の洗濯物を洗濯機に入れ、洗剤を足して回す。洗濯機が稼働している間、昼食の準備をした。冷蔵庫にある食材だけで簡単に作る。あたしも夫が義父を憎み切っていた理由が分かる気がした。義父は極度のアル中で和広の実の母親――つまり義母は散々暴行を振るわれ、挙句実家のトイレで首を吊って自殺したのである。義父が死んで清々したという夫の言い分も分かるような気がした。まあ、あたしには直接関係があるわけじゃなかったのだけれど……。
でも、よかった。過去と他人は変えられないという通り、これから先は和広との人生を充実させていきたいと思っていたのである。終わったことは仕方ない。いくら嘆いても帰ってこないからだ。それにこれから先、いくらでも時間はある。二人で作っていく時が、だ。だから気にはならない。夫は母親の自殺などで、いろんなトラウマを抱え込んでいるにしても、きっと前向きに生きていけると思っていて……。もちろん、互いに悩みや心配事などは絶えないにしても……。
(了)