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短い銀丈

姫君と邪龍の小噺

作者: 銀丈

婿(むこ)になれ」

「断る」

 たっぷり半刻言いよどんだ末の申し出は、一言で断ち切られた。

「主命であるぞ!」

 叱りつけても、頭全体を覆う形の兜は微動だにしない。黒い鎧に黒いマント、露出の一切を拒む装いの男は腕組みを解く気すらないらしい。

 不敬、としか言いようのない態度。日頃の「忠臣」を絵に描いたようにかしずく姿しか知らない者が見れば目をむくことだろう。人払いをしている寝所へ伴うに足る第一の臣ではあるが、人目がないと、こうなる。

「権威を私情で振りかざす子どもに興味はない」

 黒い兜の帯びた影が、ろうそくの火に応じてあざ笑うかのようにゆらめく。

「子ど……!」

 確かに、年は違う。違うが、差は倍もない。大人同士であれば障害にすらならないはずだ――。

「寝ろ。明日も予定がある」

 おもむろに腕組みが解かれ、黒騎士が歩み寄ってくる。黒い手袋をした手が、ことさらに持ち上げるまでもなく頭に置かれ、私の金の髪をそっと()いたかと思うと離れた。見上げて合った眼は、鋭いが冷たくない。

「呼べ。俺はそばにいる」

 いつも寝る間際に掛けられる、低い声。振り返ったときには既に、ドアは閉ざされていた。


  ◇  ◇  ◇  ◇


 エレイザント王国。俗称を「龍の国」。

 龍と呼ばれる異形の生物から力を借りることで発展してきたこの国は、数年前、人を容れぬ「邪龍」の大発生により滅亡の淵に追い詰められた。

 動乱の中で、王に次ぐ強大な龍を駆る筆頭騎士や、六つある王立騎士団の長が数名、そして第三王女グラミアスが消息を絶ち、多くの民の命が失われた。

 反撃の狼煙は、魔境と化したはずの王都から上がる。グラミアスが帰還を果たしたのだ。

 龍と邪龍の戦いに巻き込まれ異世界へ飛ばされていたという彼女は、強大な未知の龍を従え、その力で王都から邪龍を駆逐した――。


 そんな武勇伝と共に「救国の姫君」と祭り上げられているのが、この私だ。


 自分が無力な小娘でしかないことは、異世界に放り出されてまざまざと思い知らされている。

 行くあてがなく、言葉も通じず、なのに邪龍は追ってくる。王女などという肩書きは何の助けにもならなかった。

 帰還を果たした後も、無類の力が私の意に沿ってくれただけだ。武勇伝の主は私ではない。

 それでも、私は私なりに頑張っている、と思う。武勇伝の主、救国の姫君として。正しき王として。

 すべては、黒騎士の支えがあればこそだ。かつてひとつの誓いを交わしたときから、私だけの騎士は確かにずっと私を守っている。呼べば今すぐにも私の前に参じるだろう。

 騎士を従える者、王として恥じるところはない。

 でも、もう少しくらいわがままが通ってもいいのではないかと、時折そう思うのだ。


  ◇  ◇  ◇  ◇


 黒騎士は、謁見の間でも兜を取るどころか腕組みも解かない。今も頭を垂れることなく無感動に王を見つめている。

 一国の王を前にした真っ向からの不敬を咎める者はもういない。かつて王直属の龍使い五人が力尽くで膝を折らせようとして、その全員が蹴散らされたからだ。しかしそんな無類の力は幾度となく王国のために振るわれ、今や不遜は畏敬をもって受け入れられている。

「デイー卿、控えよ」

「御意に」

 私の一声で黒騎士は音もなくひざまずく。

 黒騎士は私の言うことしか聞かない。私より目上の、王の権威すらも、彼を動かすことはないのだ。だから、私はそんな者をも従える凄まじいカリスマの持ち主、ということになっている。

「グラミアス、只今戻りました」

 一礼を送ると、真っ白なひげを蓄えた王はにわかに相好を崩した。

「よく戻ったな。此度も遠征ご苦労であった。その幼い体にはこたえたであろう。デイー卿、そなたもな。褒美は――」

「我が主の誉れに勝るものはない」

 断ち切られる会話は、しかし笑みで応じられる。

「相変わらず堅いな」

 唯一の主への忠節こそが不遜に映っているだけだと受け取られるようになっているからだ。

「余としてもグラミアスの元気な顔を見られたのが何よりの喜びだ。その働き、無上のものである。――グラミアス、デイー卿、今日はゆるりと休むがよい」

「はい、父上。行くぞデイー卿」

「御意」

 歩き出す私に、黒騎士は影のごとく無音で続く。

 王城の廊下は、邪龍がはびこっていたときこそ荒れ果てていたが、今となっては復興の前後で見分けがつかない。恐るべきはお抱え職人たちの技だろう。あるいは、私が知らないだけで、建築に特化した龍でもいるのかもしれない。

「デイー卿」

 斜め後方をつかず離れず付き従う黒騎士から返事はないが、それはいつものことだ。耳を傾けているのはわかっているのでそのまま言葉を続ける。

「余は子どもか?」

「そうだ」

「……もう14だ。既に身まかられたが、母上が父上と婚約した歳と同じだぞ」

「そうか」

「汝と共に幾多の死地を越えた。精神的にも成長している自負がある」

「そうか」

 足を止め、振り返る。黙って見下ろす黒騎士を、私も真っ向から見上げる。

「待てばよいのか? 待てば、汝は余の婿になるのか?」

 沈黙。

「答えよ」

「……俺は騎士だ。お前を王とし正義を託した。そういう関係になる気はない」

 反射的に、目の奥が熱くなった。目を閉じ、眉間に力を込める。色々とこぼれそうな気がした。手を伸ばせば、その手をとってもらえる確信がある。なのに、なぜ。

 再び沈黙が下りる。何か言おうとしてか、仮面の奥で息を吸う気配がした。

「アンサズ・デイーではないか! 戻っていたのか!」

 不意の大声に、目の熱が引っ込む。示し合わせたような勢いで黒騎士と共に振り返ると、廊下の先から白い軽装鎧をまとった女性が歩み寄ってくるところだった。無骨で実用性一辺倒の剣を佩き、燃えるように波打つ金髪が、射るような眼を獅子のそれの如く引き立てている。

「姉様」

「アレステア様」

 つぶやく黒騎士の胸元で鈍く乾いた音がする。歩み寄りざま無造作にしかし腰を入れて繰り出された拳を、黒騎士が受け止めたのだ。鉄の籠手によって生身よりふた回りは大きく、そして硬く重いそれは、本来素手で受け止められるようなものではない。

「微動だにせんか。やはり強いな卿は。ああ、いい――まったく何という逸材を連れて来たのだグラミアス。久しいが息災だろう。この男がいる以上、心配のし甲斐がないな」

 はっはっは、と爽快な笑い声。六つある王立騎士団のひとつを邪龍の乱の中で預かり前線で引っ張ってのけた女傑は、王族らしからぬ戦闘狂ではあるが、こういう裏表のないわかりやすさで男女を問わず人望を集めている。

「姉様も元気そうで」

「無論だ。久々にゆっくりと話したいところだが、今日は騎士団のことで父上に話があってな。また近いうち手合わせ願うぞ、アンサズ・デイー」

「主の許しがあれば」

「ふふ、承知した。ではまた」

 心底楽しそうに微笑むと、姉姫は私たちとすれ違い謁見の間へと歩み去る。後姿を眺めて、美しいと思った。あれがきっと、立派な大人というものなのだ。

 盗み見た兜は既にこちらを見下ろしていて、私はあわてて目をそらした。

「姉様のような女性が好みなのか」

「惹かれていたかも知れないな。俺がただの生き物なら」

 低い声は、珍しく歯切れが悪い。問おうと見上げた黒騎士は先に歩き出していた。その話題を続ける気がないのだろう。

「――次の予定は何だったか、デイー卿」

「孤児院の視察だ。それが終われば、夕刻から始まる王城での晩餐会以外、予定はない」

「そうか」

 壁を感じた気がした。

 私は、女性と見てはもらえないのか。


  ◆  ◆  ◆  ◆


 俺は孤児だった。

 生まれつき身体能力で困ったことはなく、大人にも負けることがなかったから、同年代と付き合うための加減に苦労した。

 だが加減を覚えた頃には遅く、孤立した。

 それでも困らないように、並みより少し上程度の頭もちゃんと使い、成績もバカにされない程度にはキープしていた。

 ある日、言葉も通じない金髪の子どもが家に転がり込んできた。それを追ってか、奇妙な化け物も。

 化け物に襲われ、殺されたかと思ったのに、気が付けば自分は五体以外の器官を使いこなしてその化け物を殺し返していた。

 俺も、化け物だったのだ。

 成り行きとはいえ見捨てるわけにもいかず、子どもを守りながら化け物と戦う生活が始まった。

 戦いが過酷さを増せば増すほどに人間離れしていく体と、全力を出して生きられることへ歓喜を覚える心に、俺は恐怖した。このままでは、俺は本当に人間ではなくなる、と。

 戦う理由がほしかった。

 そんな折、言葉の通じ始めた子どもは、どこか遠い世界から飛ばされてきた王族だと名乗った。

 子どもには、身を守る力が必要だった。俺には、力を律する正義が必要だった。

 子どもは誓った。

 正しき王であることを。

 俺は誓った。

 正しき騎士であることを。

 あるときは守り、あるときは叱り、自分なりに真人間になれるよう導いたつもりではある。

 結果、子どもはいつからか俺を慕うようになった。

 それを今更悔いている。もっと冷たく接していればよかったのかも知れない。

 すがって、救われてしまった俺が、その支柱を言いなりにたぶらかし、揺るがすことなどできようはずもないのだ。

 なにより、俺は化け物なのだから。


  ◇  ◇  ◇  ◇


 ドレスは馴染まない。

 着ない生活が一時期当たり前で、今も体の動きを妨げない戦装束を着ていることが多いので、窮屈に感じて仕方ないのだ。ドレスより剣だ、と嬉々として兵舎を走り回っているアレステア姉様の気持ちが、今は少し分かる。

 ついでに言えば、劣等感にも襲われるのでイヤだ。

 アレステア姉様は着飾れば恐ろしいほど様になるのだが、私の場合、背丈が足りない。そして絶望的なまでにボリュームが足りない。貴婦人がたと比べれば、見劣りして仕方ないのだ。

 一重咲きの花のような、細身で簡素な白いドレス。侍従は渋ったが、装飾は羽根を広げる真紅の鳥を象ったブローチひとつだけ。飾り立てるだけ余計に、自分の貧相な体型が惨めになりそうだからだ。

 そんなわけで、晩餐会はいつも通り終始憂鬱だった。

 ひとしきりの出し物が終わり、思い思いの談笑が始まる中、私は王侯や貴族の誘惑やら縁談やらをかわしながら窓際を縫って探し回る。こういうとき、普段悩みの種である小柄な体は利点に裏返る。

 黒騎士はいつでもどこでも完全武装なので、こうした催しの会場に姿を見せることはない。人ごみを好まない性格的なものもあるが、この国の周辺にはまずいない黒髪の持ち主であり、また王族のある人物にそっくりなので、素顔をさらそうものなら政治レベルで話がややこしくなってしまうのだ。

 小声であっても、呼べばきっと黒騎士は現れる。しかし何となく、自分で探したかった。

 ふと、覚えのある声を聞きつけ、迎賓館の庭先へ出る。

 若い夫婦が、黒騎士と談笑していた。

 式典用の鎧をまとった金髪の男は、王立騎士団のひとつを率いる「翠龍将」アルナーダ・アイジオン卿。

 隣にいる、黒みがかった茶色の髪を短く切りそろえた細身のドレス姿の女性は、ナオ・アイジオン。

 二人とも、私や黒騎士と同じ、異世界からの帰還者だ。黒騎士とナオは厳密には「帰還」ではないのだが、この際それは置いておこう。

 私の姿を認めるなりアルナーダが膝を屈し、ナオは手を挙げる。

「久しぶり……じゃなかった、お久しぶりでございます、姫」

「こらナオ! ここはニホンではないのだ! 言葉を改めたのはいいが、あともう少しだけ身分を考えろ!」

「よい、アルナーダ。ナオは余の恩人でもある。彼女に無礼な真似はさせぬよ」

「申し訳ございません!」

「ありがとう」

「それにしても、元気そうだな」

「お陰さまで、息災であります!」

「こいつは故郷に戻ってきてから元気すぎて困ってます。色々と」

「う、うるさい!」

 相変わらず仲がよいようで、微笑ましい。

「黒騎士と話したいのだが、よいか?」

「ええ。あたしたちはいいですよ。それにしても、北見君も大変ね」

 ナオの言葉と目線に、黒騎士は軽く肩をすくめてみせた。黒騎士の感情表現は珍しいが、苦楽を共にした仲、それも同郷の人間相手であれば当然だろう。

「くれぐれも姫様に無礼なきようにな!」

「いいから行け、馬鹿」

「馬鹿って言うな!」

「……相変わらずだな」

 黒騎士のアイジオン卿に対する扱いは、初対面のときから驚くほど一貫している。それでも人間関係としては互いに敵意むき出しの状態から背中合わせの共闘を交わすまでに進展を果たしたから面白いものだ。

「それでは、失礼します!」

 アイジオン夫妻が去ってから、周囲を見回し、人がいないことを確かめてから黒騎士に歩み寄る。

「マサカズ、よいか?」

 キタミ・マサカズ。それが黒騎士の本名だ。かつて私は彼の名前を発音しきれず、彼を「アンサズ」と呼んだ。この国へ戻ってから、何と呼べばいいか訊いたところ、黒騎士はそれを覚えていたらしく「アンサズでいい」と答えた。

 何がどう転んだものか、彼はアンサズ・デイーという姓名で呼ばれ、本人も訂正せぬまま今に至っている。

「どうかしたのか」

「その」

 言葉に詰まった。頭の中の整理もつかぬままに来てしまっていたのだ。何を言えばいいのか、皆目見当もつかない。

「しばらく、そばにいたい」

「主命とあらば是非もない」

 予想通り過ぎてため息が出た。

 黒騎士の横に並び、空を見上げる。星の並びは、ニホンと違う。だが、いつか並んで星を見たことが思い出される。そのときは、何を語ったのだったか。

「……む」

 泣いた気がする。思い出さない方がいいかもしれない。

 何とはなしに渋い顔をしていると、不意に頭が重くなった。黒騎士の大きな手が、私の頭上に置かれたのだ。かすかに前後するそれは、髪にくせのつかない絶妙な力加減でゆっくりと、私の頭をなでている。

 こうされるのは、好きだ。やけに温かくて、ことさらに大きく感じる手に、包まれているような気になる。

「う……ぬ」

 考えたら、これは抵抗すべきではないのか。

「主」

 頭をなでられて喜ぶなど、まさに子どもの所業。求婚すべき男性へ向ける態度ではあるまい。

「主」

 しかし、この誘惑は実に断ちがたい。これが。これが大人の女になるということなのか。

「……ん?」

 ふと、見下ろす黒騎士と目が合った。ひょっとして、今まで呼ばれていたのだろうか。

「な、なんだ?」

「飛ぶか。ちょうど今なら人目もない」

「珍しいな、汝から言い出すとは」

 いいぞ、と答えると、頭上から手が離れ、にわかに隣で赤い光がふくれ上がる。

 光が晴れた時には黒騎士の姿は隣にない。骨のような鎧のような、鳥を思わせる意匠。結晶質の赤く巨大な体躯が、刃のような羽根の先から幾重にも広がる柔らかな網に風をはらみ、上空に音もなく静止していた。

 第九守護龍〈心臓皇帝(コル・ドラコニス)〉。アイジオン卿を含む王立騎士団の長六人、それらを束ねる筆頭騎士、王――王国の要が盟約を交わす王国の守護龍八体に続く、新たな龍。

 そして、黒騎士のもうひとつの姿。

 赤い体から赤い紐が無数に伸びてくる。血の王とも呼ぶべき力を持つ〈心臓皇帝〉の血管だ。外殻の内側に張り巡らされ全身から放たれるそれは彼の意のまま、時に岩を貫き、時に高所から落ちる人体を無傷で受け止める。

 柔らかな血管は私の胴や膝をからめとって持ち上げ、広々とした背の中央へと収めた。そこには私の体型に合わせた専用の玉座がある。

 守護龍顕現の赤い光に集まってきた晩餐会の参加者を眼下に、赤い龍は飛翔する。

 風を切り。

 薄雲を破る。

 加速は激しいが、柔らかく細かな血管網が私の体をしっかりとつかまえ、冷風からも守っているため、不安はない。

 淡く大きな月を間近に、空は静かだった。

【詫びがある】

 静かな声がした。

「詫び?」

【思えば重荷を背負わせた。正しき王であれと、幼いお前に頼りどおしで悪かったな】

「何を言うのだマサカズ。余など最初から汝に頼りきりだったではないか」

【そうか……そうだな】

「そうだ。汝がいなければ、今の余はない」

【それは買いかぶりだ。俺はただ怖かった。化け物の力で自分を見失うのが】

「化け物などと。仮にそうでも半分だけであろう」

 押し込んだ言葉に応えてか、笑みの気配がした。

 邪龍は、人を容れない代わり、人にとりつくことがある。ある邪龍がとりついたのは、ニホン人との混血児を宿したエレイザント人だった。結果生まれたのが、本来ありえざる半人半龍、キタミ・マサカズだ。

 彼の母は、私やアイジオン卿よりも先に、そしていかなるズレによってか、二十年近く過去のニホンへ飛ばされた筆頭騎士、王姉レアノート。優秀な龍使いを祖に持つ王統故に、彼は人としても龍としても強大な力を持つに至ったのだ。

【俺はお前にすがっただけだ。そして、お前がきちんと応え続けてくれていたからこそ、勝手に神か何かのように祭り上げかけていた。あいつらに叱られたよ】

 あいつらというと、アイジオン夫妻だろうか。

「何を言われたのだ?」

【化け物だとか変な意地を張るな、だと】

「意地? おかしなことを言うのだな」

【今更だが。俺を恐ろしいと、気持ち悪いと思わないのか】

 する、と新たな血管が膝元から伸び、私の頬をなでる。

「本当に今更だ。余を、それを踏まえず求婚した暗愚とでも思っていまいな」

 手を添え、自らもそれに頬を寄せる。木の根のような細かな分岐が束ねられた一房は、羽毛のように肌触りがよい。

【なるほど、それは悪かった】

「では、婿になるな?」

【断る】

「な、なぜだっ!?」

【お前がまだ幼いからだ】

「……待てばよいのだな?」

【お前に相応しい相手が見つかるならそれに越したことはない】

 何はともあれ、肯定なのだろう。どうにもひねくれた感情表現が多いが、それくらいの呼吸は理解できている。

「その言葉を聞けたのなら十分だ。ゆめ忘れるでないぞ」

【ああ。今後ともよろしく頼む】

「うむ。さて、夜も更けてきたことだ、そろそろ地上へ降りよ。汝には伽……はまだ早いのであろうから、膝枕を命ずる。無論人の姿でだぞ」

【承った】

 声と共に、赤い龍は高度を下げ始めた。


  ◇  ◆  ◇  ◆


 エレイザントの史書には、こんな一節がある。


『救国の姫君は美しく成長し、後に多くの子をもうける。彼女を娶ったのは、黒衣に身を包んだ騎士であった。白き姫と黒き騎士は、生涯離れることがなかったという。』

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