勇者との出会い
「まったく…ベルも心配症だな。ちゃんと睡眠をとれ、寝室で寝ろなどと」
口うるさい侍女長の顔を思いだしてひとりごちる。
だいたい私は不死なのだぞ。極論をいってしまえば睡眠など必要ない。私が眠るのはこの身体がまだ普通だったころの、いわば習慣だ。
何より人間との戦争が激化の一途をたどっている今、王たる私がする必要もない眠りで時間を浪費する訳にもいかん。そう考え、一週間ほど不眠不休で執務室にこもっていたのがベルにバレた。
『魔王様ッ! いったい何をやっておられるんですかッ!』
『ベ、ベル!?』
『ご自身の身体も省みずにこんなことを…!』
『いや、ベル。お前も知っているだろ? 私は不死だぞ? 別に――』
『黙らっしゃいッ!! 言い訳など聞きません!! 私の目が黒い内はこんなことは断じて許しません!!』
そのまま耳に痛い苦言を呈され、朝までキチンと眠りなさい、後で様子を見に行きますからねと執務室を追い出されてしまった。
ベルの奴、普段は優しくてよく気が利く優秀な奴なんだがな。いかんせん怒った時が恐すぎる。その迫力に恐れをなしたドラゴンが逃げ出したという噂もあながち嘘ではないかもしれん。
…まあ、多少やりすぎの感はあるものの、あいつの行動は私を案じてのものだ。不死の私にはそんな気遣い無用のものなのに、いつも私を普通として扱ってくれる。
「…本当に出来た臣下だよ。私にはもったいないぐらいだ」
気恥ずかしいから本人には言わないがな。
ふと気が付くと、いつのまにか寝室の前にたどりついていた。考えごとをしていた無意識の状態でも、身体に染み付いた習慣というものは道を間違えないらしい。
まあ、臣下にいらん心配をかけるのは、王として失格だからな。今夜のところはベルのいうとおり、朝までグッスリと眠るとしよう。肉体的には問題はないが、仕事続きで疲弊した精神を休めるのに睡眠以上に適したものはない。
「――ん?」
そこで妙な魔力を感知した。寝室の中からだ。
「ベルの奴…またぞろ睡眠魔法でも仕掛けたか」
そんなに私は信用がないか? これは明日にでも文句を言ってやらねば。
「…いや、待て。これは…違う…!?」
感知した魔力から創り出される魔法の気配は、今まで感じたことのない異質なものだった。
なんていうか、例えるならば、そう、激しく燃える真っ赤な炎なのに手をつっこんだら凍傷になったというか、あるいは一寸先も見えない暗闇なのに目が眩むほどまぶしいというか。
…自分でも何を言ってるんだかよくわからんが、とにかくそんな感じの形容しがたいチグハグな魔法の気配がする。
不審に思い、寝室の扉をそっと開き、中をこっそりと窺う。
…唖然とした。
…私の寝室に大穴が空いている。
…何かの見間違いかと思ったが、大穴から差し込む月明かりは綺麗に抉られた床も天井も浮き彫りにしている。
なによりも、大穴の縁に立って夜景を眺めている奴がいた。先程の奇妙な魔法の気配はこいつの仕業か。
というか今気づいたんだが、私がこれから眠るはずだったベッドがどこにもないぞ?
ベッドがあったはずの場所は、壁に空いた大穴から直線上にある。状況から察するに、侵入者が何らかの魔法で壁ごとベッドを消し飛ばしたというところか。
おい、なんてことをしてくれるんだ。ちゃんとベッドで寝ないとまたベルに小言をいわれるではないか。
などと冗談はさておき、真夜中に誰にも知られず忍び込みこんな高威力の魔法でベッドを吹き飛ばすなど、十中八九、私狙いだ。
最近は馬鹿正直に正面から仕掛ける勇者ばっかりだったから、油断していた。まさか、暗殺者を送り込んでくるとは。人間も結構やるものだな。
「あ、待てよ。何か討伐の証拠持ち返った方がいいのか?」
どうやら件の暗殺者は私を仕留めたものと思っているらしい。なにやら証拠となる物品を探しているようだ。
「何か魔王が身につけてた武器だか王冠だかないかな…」
「王冠ならばほら、そこにあるぞ」
「あ、ホントだ。ありが…と……?」
親切に位置を教えてやると、そいつはサビついた機械兵のように、ギギギという音がピッタリなほどゆっくりと振り向いた。
暗殺者は、ややひきつったような表情を浮かべた人間の若者だった。
部屋に照明は点いていないが、外から差し込む光だけで十分だ。
月明かりに照らされる短い黒髪。こちらを見つめる鳶色の瞳。人間にしては整った顔だ。身に着けているのは簡素なチェニックだが、腰には一振りの長剣を携えている。おそらくは侵入のための身軽な格好なのだろうが…こういってはなんだが、暗殺者というよりもそこらの駆け出し冒険者にしか見えんな。
だが、誰にも気づかれることなく、ここまでたどり着いたのだ。その実力は確かだろう。
「ふむ、レディの部屋に勝手に侵入りこんで随分と豪快な模様替えをしてくれたようだな。私の部屋の窓はこんなにも大きくなかったはずだが」
あとベッドもあったはずだが。
「ちょっと窓が小さいなと思ったからさ。これでだいぶ見晴らしがよくなったはずだ」
「なるほど、匠の技術という奴か。素晴らしい腕前だ。よければ名前をお聞きしてもよいかな」
「いや、名乗るほどのものじゃないんで」
「名乗ってもらわなければ困る。きちんと聞いておかないと墓石に名前が刻めないだろう?」
私を殺しにきたんだ。当然、逆に殺される覚悟はできているのだろう?
「名前を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀じゃないか?」
これは驚いた。どの口が言うか。
「暗殺者に礼儀を問われるとは思わなかったな」
そう返すと、暗殺者は、確かに、と納得した様子で頷いた。意外と素直だな。
「名前くらいならいくらでも名乗ろう」
相手も確認のために聞いたのだろうし。
「私の名はフェルネート。第17代目の魔王だ」
「…………」
おい、そんな露骨に嫌そうな顔をするんじゃない。心が傷つくだろ。
「私は名乗ったぞ。次はそちらの番だな。名無しの暗殺者として一生を終えたくはないだろう?」
「…暗殺者呼ばわりはやめてくれ。俺はこれでも一応勇者なんでね。名前はアッシュだ」
一瞬、耳を疑った。こいつ、勇者の称号持ちだったのか。そのくせ、寝込みを襲うとは…、卑怯というか合理的というか。
「驚いたな。最近の勇者は戦闘そのものをスルーするとは」
「省けるものはショートカットするってのが信条でね」
「ほう、では今の状況は大変不本意だろう」
「いや…そうでもない」
「?」
暗殺者、じゃない、勇者は剣を鞘から抜き放ち、構える。
「俺は無駄な戦闘を回避したいだけで、戦う力がないわけじゃない」
その言葉を裏付けるかのように、勇者の全身から魔力がゆらゆらとゆれるオーラとなってたちあがった。
「今ここで、お前を倒せば任務完了だ。後は無駄な戦闘はしない」
「大した自信だな。本当に私に勝つつもりか?」
「勝てるさ。俺にはそれだけの力がある。もっとも全力を出したらあんたを巻き込んじまうかもしれない」
――何だ? 勇者の言葉に引っかかりを感じる。まるで、ここにいる私達以外の第三者に話しかけているような――
「だから――後ろのあんたはそこから出てくるな!」
「!?」
勇者は私ではなく――私の背後に向かってそう言い放った。
まさかベルの奴か!? 慌てて背後へと振り返ろうとしたその瞬間――
ドスッ
私の胸から異音が聞こえた。
見ると、仄かに紅い煌めきを放つ剣が胸の中心から生えていた。
剣を投擲されたのだと気付くと同時に、その勢いで私は倒れる。
剣の突き刺さった箇所からは、全身が灼けるような熱を感じた。
この剣、炎属性の金属ヒヒイロノカネか。おまけに光属性を付与する魔導文字まで刻まれている。とことんまで不死殺しに特化した剣だ。これならば大抵の不死を殺せるだろう。
だが――私はその例外だ。
「…やったか? あっ! いやダメだ、何を口走っているんだ俺! こんな場面でこんなことを言ってしまうと大概…」
そう、往々にしてやってないよな。
ゆっくりと身を起こしす。その際、廊下を確認したが、誰の姿もなかった。どうやらただのフェイクだったらしい。会話で注意をひき、意識を別へと逸らした隙をつくとは…戦術的には正解だが、とことん勇者らしくないなコイツ。
「あまり感心できんな。ろくにムードもつくらないまま、レディの身体にこんな無粋なモノを突き刺すとは。女心が分からない奴はモテないぞ?」
「あいにく、そういうのには疎くてね」
「それはいかんな。では私がレクチャーしてやろう。何、気にするな。模様替えの礼だ」
「いや、悪いけど時間の都合がなくてさ。今日のところはお暇させっうぇ!?」
逃走しようとした勇者がつんのめる。その足に、腕程の太さの茨を巻きつかせたからな。木属性魔法、拘束茨縛。
「勇者なら知っておくべきだったな。覚えておけ、魔王からは逃げられない」
もう、あまり意味はないだろうがな。なぜなら、もうひとつの魔法を準備済みだから。炎属性魔法、太陽裁閃。
「ではまずレッスン1だ。まあ、これは男女問わずだが、プレゼントが有効だ」
「プレゼントってひょっとして、その手に掲げてる太陽みたいな巨大な炎球のことじゃないよな?」
「第2に、プレゼントは大きければ大きいほどいい。単純な大きさのことじゃあないぞ? 気持ちの問題だ」
「じゃあ何で炎球は膨張を続けているんだ?」
「第3に、相手が拒否しても遠慮している可能性がある。ちゃんと自分の思いをぶつけることだ」
「俺は遠慮していない! 本気で嫌がってるんだ!」
「そして4つめ。プレゼントを渡す際に自分の思いを相手に伝えること。このようにな――くたばるがいいッ!!」
爆音と業火が部屋を支配した。




