プロローグ
俺の声は届かない
必死で喚いて
必死で叫んで
でも、届かない―――
*******
「……はぁっ…… きっつ」
立漕ぎの脚を思わずとめそうになる。
澄み切ったスカイブルーの空。それに映えるやけにでかい入道雲。燃え盛る太陽。うるさすぎるセミの鳴き声。
「あぁ…… あとちょっと」
体中から汗が噴き出している。気持ち悪い。
「ぁあああー!!」
それでも気合で坂を上りきった。
それにしても、何が楽しくて夏休みの最終日まで塾に行かなきゃいけないんだろうか。
いつだって大人は勝手だ―――
坂を上りきってしばらく直進。二つ目の曲がり角で左に曲がる。そこからまた、直進。あと200メートルくらいだろうか。
左には公園、右には住宅地が広がっている。
ふと、自転車を漕ぐ足を止めた。
「ここは……」
この辺の地理なら体が覚えている。確か2日前までは空き家だった。
決して広くはないがおしゃれな洋風の造り。窓の位置から察するに、一階建てだ。小奇麗なガレージには、いかにも高そうな外車が停まっている。
家の中からはピアノを弾く音が聴こえた。
「あれ、これなんだっけ……。そうだ、『月光』だ」
クラシックなど少しも興味はなかったが、さすがに知っていた。
でも、なんか変だ。
始まったと思ったらすぐ止まる。また聴こえる。またすぐ止まる。それの繰り返し。
別に上手か下手かなんてわからない。でも何か引っかかった。
何だろうこの引っかかるものは。
まるで―――
「ゴオオオォォーー……」
飛行機の轟音でピアノの音が聴こえなくなる。ふと我に返り、慌てて携帯電話を取り出す。
「やべえぇーー!!」
遅刻ギリギリの時間だった。いつの間に聴き入っていたんだろう。
帰りに表札を見た。風峰さんだった。