公爵令嬢は悪役令嬢の任務を全うする
ナナ・ブバッティ男爵令嬢に呼び出しを受けたアマリリス・ランボルガーナ公爵令嬢は高位貴族であるが故にその呼び出しを無視することも当然出来た。でもまあ、なんだか最近ナナはアマリリスの婚約者であるアーノルド・メルネデス王太子殿下にご執心の様子なので話を聞くのも一興かと思って呼び出しに応じることにした。
指定場所である学園の空き教室に入るとすでにナナが待ち構えていた。
「突然の呼び出しに応じてくださってありがとうございます。ランボルガーナ公爵令嬢」
ナナの突然の呼び出しの裏には、王城からの呼び出しにより、王太子殿下はじめ、その側近の宰相子息、護衛の騎士団長子息が学園から急遽王城に戻ったという経緯がある。
彼らはナナのいわゆる攻略対象である。ナナは転生者だ。そしてここはお約束、ナナが前世でハマっていた乙女ゲームの世界なのだ。
ナナの目指すは逆ハーエンド。ただしゲームよりも攻略対象の数は控えめだ。ゲームでは攻略対象に大商会の息子や天才的な頭脳を持つ平民の特待生もいたのだが、ナナは平民には興味がなかったためその対象を伯爵以上の高位貴族の令息に絞っていた。そんな彼らが学園を不在にしているため、ナナは今が公爵令嬢と接触するチャンスと踏んだのだった。
「……それでこのようなところに呼び出した理由はなんですの?」
アマリリスは問い質しつつもなんとなく予想はついていた。おおかたアマリリスとアーノルド・メルネデス王太子殿下の婚約の解消をしてくれとかそう言ったことだろう。
ナナがアーノルドや宰相子息マーカス・フェラリア、騎士団長子息ジャニアス・パガニーとベッタリなのは気がついていた。アマリリスは今後の対応をいまだ決めかねており様子見に徹していたため、ナナと接触するのも今回が初めてだ。
ところがナナのセリフは意外なものだった。
「貴女に私をいじめて欲しいのよ」
「…………は? 公爵令嬢のわたくしが男爵令嬢の貴女をいじめるのですか?」
「もう、そうやってすぐに身分をひけらかす! 校章についている石だってルビーかなんかなんでしょ! 見せびらかしちゃって何よ! いいから私のいうとおりにすればいいのよ!」
すでに高位貴族に対する丁寧な口調は吹き飛んでいた。
アマリリスは腕を組んだ右手に持っていた扇子を2、3度小さく開いては閉じた。
アマリリスの着ている制服のジャケットには校章を形どったラペルピンが付いている。ラペルピンには校章のデザインの中央に石が施されており、通常はガラスだが別の石に付け替えることも可能だ。アマリリスのそれは現在ルビーレッドに輝いている。
「身分をひけらかす……というより確認だったのですが。公爵令嬢のわたくしが男爵令嬢である貴女をいじめるとなると、男爵領地に圧力をかけて貴女の家の息の根を止めるか、男爵家と取引をしている商会に圧力をかけて息の根を止めるか、貴女自身を娼館に放り込んで息の根を止めるかと言ったことになるのですけれども……」
変わったご趣味をお持ちですのね?とアマリリスは小首を傾げて尋ねると、ナナは顔色を失った。
「違う違う違う! そんなすごいことじゃなくて! ていうか息の根止めすぎじゃない!」
「狙った相手の息の根を止めるのが高位貴族令嬢の嗜み。中途半端ではやり返されてしまいますでしょう?」
「なるほどー……じゃ・な・く・て! 別に私は死にたいわけじゃないの! 持ち物を壊されたり、王太子殿下に相応しくないと文句を言われたり、噴水に落とされたり、ダンス用のドレスを破かれたりして、アーノルド様の同情を買って好感度をアップしたいのよ!」
転生者じゃない悪役令嬢に言って聞かせるのって大変だ。勢い余って言わなくていいことまでぶっちゃけてしまった気もするが、もうナナにそのことを慮る余裕はなくなっていた。
「貴女がわたくしにして欲しいことはわかりました。それでわたくしが貴女のいうとおりにするメリットは?」
アマリリスは組んだ腕を崩すことなく扇子を小さく開いて閉じてを繰り返し、胸元のラペルピンは相変わらずルビーレッドに輝いていた。
「私に同情したアーノルド様が貴女を断罪する時に罪が軽くなるように言ってあげるから!」
「そもそもわたくしがこのようなことをしなければ断罪される謂れもないのですが? 持ち物を壊したり、ドレスを破いたりなんてしょっぱい意地悪、公爵家の品位に関わります。面倒ですし、息の根を止める方が楽なんですけど」
「ああ、もう全然ゲームシナリオ通りにいかないわ! 悪役令嬢は黙って悪役令嬢の役割を果たしてくれればいいのよっ!」
ゲームシナリオ? 悪役令嬢? さっぱり意味がわからないと言った表情のアマリリスに、ナナは一から説明することにした。
この世界は自分が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界であり、ナナはヒロインであること。アーノルドの婚約者であるアマリリスは悪役令嬢であり、ナナと真実の愛で結ばれたアーノルドに婚約破棄を言い渡され、ナナを虐めたとして処刑を言い渡される予定であること。
「そんなショボい、失礼。チャチな、いえ些細な意地悪で処刑……ですか? あとゲームというのは……?」
「ゲームというのは、あーなんて言ったらいいんだろう? 娯楽です。楽しい娯楽!」
それを聞いてアマリリスの気が変わった。
「わかりましたわ。貴女の言うとおりにいたしましょう」
「やった! お願いね! 処刑なんてことにはならないようにするから!」
ナナは浮かれて教室を出た。
少し夕飯には早い時間ではあるが、攻略対象もみんないないし学園の食堂で夕飯を食べて今日はもう寮に帰ろう、とナナは決めた。食堂にはあまり人がおらず、ナナはゆったりと夕食を取ることができた。せっかくだし、デザートも食べちゃおうかな、とナナが思案していると、普段見かけない男子生徒がオレンジジュースを手にキョロキョロと周囲を見回していた。ナナと目が合ったその男子生徒は言った。
「急に担当教諭に呼び出されてさ、これ飲んでる暇がなくなっちゃったんだよね。まだ口つけてないからよかったら貰ってくれないか?」
よっぽど急いでいるらしく、ナナのいるテーブルにオレンジジュースをことんと置くとじゃっと食堂を走り出た。
ナナは乙女ゲームのヒロインができるほどにはそこそこ容姿が整っていたので、ちょっとした贈り物をされることはままあった。今回もそんな感じなんだろうと、あまり深く気にせずオレンジジュースをありがたくもらうことにした。
寮に戻り楽な部屋着に着替えると自分が思っていた以上に疲労が溜まっているのに気がつく。身体が重い。初対面の公爵令嬢とやりとりしたのだ。無理もないのかもしれない。
今日はもう寝てしまおう。ナナはベッドに入るとことりと眠りに落ちた。
夢も見ずにぐっすりと眠ったナナは、にも関わらず寝起きは最悪だった。なんだか身体がだるい。それでも授業には出なければ。もしかしたらアーノルド達が今日から通学してくるかもしれないし。重い体を無理やり起こしてナナは校舎へ向かう。
「えっと、一時限目は数学だから……」
個人のロッカーから該当する教科書を出す。見たところ教科書に異常は見られない。昨日の今日じゃ流石に教科書を破るなんて無理よね。そう納得したナナは教科書とノートを持ち席についた。ところが、教室に入室したのは数学の先生ではなく魔法学概論の先生だった。
(え、どうしよう……)
ナナは慌てて見回すと自分以外の生徒はきちんと魔法学概論の教科書を準備している。仕方なく先生に間違えた教科書を用意してしまったことを詫びる。
「受ける教科を間違えるなんて弛んでる証拠ですよ。しかし貴女をロッカーに教科書を取りに行かせる時間ももったいない」
先生はそう言って予備の教科書を渡しとりあえず今回はそれで授業を受けるようにと指示をした。
半ば上の空で授業を受けたナナは授業が終わった後もぼんやりと考えに耽っていた。ふと、耳に教室の男子生徒の声が飛び込んでくる。
「はああ、次の授業、行きたくねぇなぁ。俺苦手なんだよ」
「貴族たるもの苦手じゃ困るだろうが」
「好きでも無い子の手を握ってくるくる回って、何が楽しいの?」
「お前、少しは社交というものをだな……」
「まあ、いちいち着替えなきゃならない令嬢達よりはマシか」
「ドレス捌きの練習も兼ねてるからな。貴族令嬢も楽じゃないよなぁ。…って、あれ?」
ナナはおしゃべりをしていた男子生徒達の視線を感じる。
「次の授業あの子制服で出るのかな?」
その言葉が聞こえたナナはハッとして改めて周囲を見渡す。
女子生徒はナナ以外誰もいなかった。
そこでようやくナナは理解した。ナナは今日が火曜日だと思っていたが、1限が魔法学概論で2限がダンスなのは水曜日の時間割だ。なんでこんなことになっているのかよくわからないが、ともあれ今現在のナナがしなければならないのは、一刻も早く更衣室へ出向いてドレスに着替えなければならないということだ。
ナナは即座に席を立ち、淑女にあるまじき速度で更衣室へ向かった。更衣室にはもう少ない人数の女生徒しかおらず、ナナは人目を憚ることなくロッカーから自分のドレスを引っ張り出すと猛然と着替えを始めた。
ナナが着替えを終える頃には更衣室にはすでに人影はなく、ナナは猛烈な勢いでダンスの授業のある教室へ走っていった。ダンスの授業は高位貴族がいるクラスと合同で行われる。攻略対象達と一緒に授業を受けられる希少な時間だ。
必死で走ったナナはダンスの授業が行われる教室のドアを慌てて開けたため、それはバタンと激しく音を立てた。
「はあっ、はあっ、間に……合ったぁ〜」
膝に手を置き、息を整える。床に目をやっていたナナはしばらく不自然に静かな教室の様子に気づかなかった。
シン……っと静まり返った教室。
ナナのドレスはアンダーバストから腰まで吸い付くように身体にフィットし、そこからAラインにスカート部分が広がっているダンス練習用のドレスとしてはスタンダードなタイプだ。そしてナナが今着ているドレスの胸元はハートラインのビスチェタイプで、カップ部分は豊かなお胸をホールドするために出来ていた。そう、ナナのお胸がEとかFカップだったら、そのカップは本領を発揮していたのだが。何とも残念なことにナナの本来のお胸は豊かとは言い難かったのでカップは仕事をさせてもらえず、クラムボンのようにかぷかぷ笑っていた(カップだけに)(やかましいわ)。
そんな状態のナナが膝に手をつき前屈みになったことで、本来見えてはいけないバストトップまでもがお向かいにいたクラスメイトたちにお披露目されることとなった。
あまりのことに絶句していたクラスメイト達だが、我に返った男子生徒がポツンと呟く。
「やっぱ、普段は詰め物なのか」
男子生徒のつぶやきを受けて我に返った女子生徒が思わず返事をする。
「当たり前でしょう。見ればわかりますわよ。彼女お金がないのか、ときどきパッドじゃなくてタオル詰めてる時あるじゃないですか。高さも違うし、なんかでこぼこしてるし」
あーあーあーと周囲が納得したと声を上げる。
その頃には流石に息が整ったナナは目線を床から自分の胸元へと移し、クラスメイト達の言葉の意味を理解し、くぁwせdrftgyふじこlp的なよく聞き取れない言葉を叫び、自分を抱えるようにしてしゃがみ込んだ。
呆然としていたダンスの講師がようやく我に返ったが、我に返ったところで何を言うべきなのか全然思い浮かばない。
「あー、 ナナ・ブバッティ男爵令嬢? あ、うん これでいっか。この汗拭き用の布、まだ使ってないからこれで、その、ガバガバな部分をなんとかしなさい」
そこでようやくダンスの授業が始まった。
胸に汗拭き用の布をサラシのように巻いた女と共に。
ナナと踊るハメになった男子生徒は笑いを堪えて変な顔になってしまい、それを見た他のクラスメイトもなんだか笑えてきて、講師もなんとも微妙な顔をしていて、なんだか 笑ってはいけないダンス教室 みたいな風情になっていた。居れば間違いなく何らかのフォローをしてくれるはずの攻略対象達は誰もおらず、ナナはただただ恥を晒しただけだった。
それから数日、持ち物を壊されることはなかったがいつの間にか靴の裏にやたらとすべる液体を塗られて、1人スケート場で転げ回ってる人みたくなったし、噴水に突き落とされることはなかったが、突然スカートの前後の一部分がびしょ濡れになり、「え、やだあの人……おもらし?」みたいに周囲に思われてとんだ恥をかいたりもう散々だった。
そこでようやく攻略対象達が登校してきた。
「みんなああああああ!」
ナナは目に涙を浮かべて攻略対象達に飛びついた。涙ぐんでいたのは半分演技で半分本気。
「どうしたナナ!?」
アーノルド達が心配して訊ねる。ナナはみんながいない間の出来事を、こう、何とか自分がみっともなくないように多少脚色して説明する。おもらしと思われたとかドレスを着たらお胸丸出しとか、やっぱりあんまり言いたくないのだ。乙女ゴコロである。
「犯人に心当たりは!?」
「んー、多分アマリリス様? 私がアーノルド様と仲がいいのが気に入らないみたい。あ、でも証拠があるわけではないですし……」
「証拠だな。よし、今から証拠探しと証人探しだ!」
マーカスとジャニアスが了承の意を示し、それぞれ証拠集めに散った。
翌日、王太子のゴリ押しで全校集会が開かれる。
王太子アーノルドは生徒全員が注目するなか、意気揚々と発言した。
「ランボルガーナ公爵家が息女アマリリス、前へ」
「アマリリス・ランボルガーナここに」
アマリリスは閉じたままの扇子を口元へ添えたままアーノルドと正対した。背後にはマーカスとジャニアス。
「アマリリス、貴様はナナと僕との仲を邪推し、嫉妬のあまりナナへ嫌がらせをした。ダンス用のドレスを破り、通りすがりに足をかけて転ばせ、噴水へ突き飛ばしたりした。これらに関しては証人もいる。潔く罪を認めよ。そして貴様との婚約は破棄させてもらう!」
アーノルドの背後に気が付けば証人らしき生徒達が揃っている。しかしアマリリスは動揺する素振りも見せない。
「ただいまの王太子殿下の発言につきまして幾つかは是、幾つかは否であると申し上げます。ナナ・ブバッティ男爵令嬢への嫌がらせをしたかにつきましては是。ただしその理由である嫉妬のあまりというのは否。さらに嫌がらせの内容につきまして、ドレスを破る、足をかけて転ばせる、噴水へ突き飛ばす、これについては否」
「だが嫌がらせはしたのであろう!?」
「ええ。わたくしがした嫌がらせは、ドレスを作り変える、靴の裏に薬剤を塗って転ばせる、スカートの前後を濡らす、それからナナ・ブバッティ男爵令嬢ご本人がお気付きでないようですが、令嬢の歴史の教科書を別の物と取り替えました。百年ほど前の世紀の大戦と呼ばれる戦争の英雄の肖像画を令嬢のお父様であるブバッティ男爵のお顔にさせていただいたのです。
当家のお抱えの絵師による渾身の出来でしたのに、まさか授業時に教科書を開かないなんて思いもしませんでしたわ」
え、なにそれ見たい。ざわめく生徒達からそのような声が漏れる。ナナの申し出と若干異なるアマリリスの行為に戸惑いつつも嫌がらせは嫌がらせだとアーノルドはさらに言い募る。
「こ、こっちには証人もいるんだぞ!」
「あ、はい。靴裏担当のトーマス・デイムラーです。子爵家ですが商会も営んでおりまして、靴裏に塗るツルツル滑る薬剤をランボルガーナ公爵家の方々と開発いたしました。非常に汎用性の高い薬剤を開発でき、特許も取れましてウハウハでございます。ランボルガーナ公爵家には足を向けて寝れません」
証人というよりも商人で共犯者では……?
「びしょ濡れスカート担当のジョナス・アウディーンです。先ほどのデイムラー子爵令息の功績でスケート場の初心者のように転びまくっているブバッティ男爵令嬢を見ていたのですが、ツルツルと踊るように転びまくっているうちにスカートの、その何と言いますか然るべき部分から徐々に濡れ出しまして……ああ、レストルームに行きたかったのになかなか前へ進めなくてこのような惨事に、と思った次第です」
「ジョナス・アウディーン伯爵令息、証言をありがとう。あれね、うちの手のものがやったの」
「そうだったのですか、てっきり漏ら、いえ、はいなるほど」
漏らしてないわよおおおおおおおっと絶叫するナナの言うことなど誰も聞いていない。
ジョナスに至ってはもはや証人と呼んでいいものかすら疑わしい、とアーノルド達が考えるまもなく
ポール「どうもー。ドレス担当のクラス、代表のポール・メイバッハと」
マルク「ポールの友人、騎士科のマルク・ヴェースマンです」
ポール「この間のダンスの授業で、開始ギリギリにブバッティ男爵令嬢が駆け込んできて」
マルク「ふむふむ」
ポール「膝に手を当てて、ゼイゼイ息を切らしてたら」
マルク「ほおほお。それでそれで?」
ポール「ドレスの、胸を覆う部分?あれなんて言うの?あそこがガバガバで」
マルク「あー、あれなんて言うのかなあ。とにかくブバッティ男爵令嬢のおっぱいがドレスの期待する大きさに見合わなかったってことね。それでクラスのみんなに男爵令嬢のささやかなおっぱいがまるっとお披露目された、と」
クラスのみんながマルクの言葉にコクコクと首を縦に振る。
マルク「それで俺がその話を聞いて訊ねたんです『どうだった? やっぱり生乳だし興奮した?』と」
なんなのその質問?とその場にいた生徒達全員が首を傾げたがマルクは気にする様子もなかった。
マルク「そしたら答えはこうでした。『お前は壁に欲情するのか?』」
会場大爆笑。
ポール「と、とにかく! 僕たちは証言します! 普段のブバッティ男爵令嬢の胸はニセモノである!と」
ポール&マルク「以上です! ありがとうございましたー」
やり切った感で下がる2人。証言するのそっちかい。会場の生徒達の目が座った。
「一応言っておきますけど、マルク・ヴェースマン伯爵令息の質問に答えたのはわたくしではなくてよ」
でしょうね。まあ間違いなく答えたのはポールだろう。
「ブバッティ男爵令嬢のダンス用のドレスを縫ったのは我がランボルガーナ公爵家が抱えるお針子です。どうです?(胸以外は)サイズぴったりでしたでしょう? わたくしがサイズを見切ったのですよ」
誇らしげなアマリリスにアーノルドと取り巻き以外の生徒達はランボルガーナ公爵令嬢、ちょっと可愛いかもと思ったのだった。
証人達の言がまったくアーノルドの思惑とは外れており、むしろアマリリスの味方になってしまっているようでアーノルドは次の手を考えなければならなかった。
「ま、待て! ならば何故。何故アマリリスはナナに嫌がらせをしたのだ? 私を愛するが故の嫉妬であろう?さもなくばこのようなことをする理由がないのだから」
そこの争点で勝ったとて、ではあるがアーノルドはとにかくアマリリスに勝とうと必死だった。
「何故、と問われましたなら頼まれたから、とお答えいたしますわ」
「いったい誰に頼まれたと言うのだ!」
「誰って……ナナ・ブバッティ男爵令嬢にですわ」
アマリリスの返答にアーノルドは少し余裕を取り戻した。
「自分に嫌がらせをしろだなんてそんなことを頼むような人はいない!」
「……まあ普通はそうでしょうね」
アマリリスは衿元のラペルピンを外す。
「あっ、この間とはまた違う石使ってる! 今度はガーネットね! 公爵令嬢だからって自慢げに!」
ナナが叫ぶように言うと、周囲はその不敬にピリッとした雰囲気になるも、アマリリス自身はあまり気にしてないようでおっとりと話を続けた。
「この石は貴女がわたくしに嫌がらせをするように命じた時と同じものですわ。あの時貴女はこの石をルビーだと決めつけ、今はガーネットだと決めつけましたけど、これは魔石ですの。まあ、高価な石であることには違いありませんが、この魔石は魔力を流すとルビーレッドに光るんですのよ」
こんな風に、とアマリリスがラペルピンの石に魔力を通すと石はルビーレッドに輝き出した。
「それでこれをこの魔道具にはめて魔力を込めると……」
壇上の背後にかけられた白幕に映像が映る。ナナがアマリリスに挨拶をし、嫌がらせをするように依頼した全てが映し出されていた。
—— 「突然の呼び出しに応じてくださってありがとうございます。ランボルガーナ公爵令嬢」
—— 「貴女に私をいじめて欲しいのよ」
—— 「もう、そうやってすぐに身分をひけらかす! 校章についている石だってルビーかなんかなんでしょ! 見せびらかしちゃって何よ! いいから私のいうとおりにすればいいのよ!」
ポカンと空いた口が塞がらないアーノルド達。言い訳も思い浮かばず、屈辱にひたすら震えるナナ。
「わたくし達は高位貴族であるゆえに恨みを買いやすく、また誘拐などのリスクもあります。そのため証拠の確保のために録画の魔石を常にラペルピンにつけており有事の際は魔力を流すことで実行犯が誰であるかを録画します」
「でも貴女1人で呼び出しに応じたじゃない!」
「あらもう自白ですか。まあこれだけ歴然とした証拠があるのでしたら仕方ないことですわね。わたくしは1人では行っておりませんわ。隠蔽の魔法を使った護衛を2名連れておりました。貴女の暴言に切り掛かりそうになるのを抑えるの大変でしたのよ」
ナナと向かい合っている時に頻りに扇子を振っていたのは、不敬にいきり立ちナナを切り捨てようとする護衛達に「切らないで! ステイ! ハウス!」と必死に指示をしていたからだった。
「1人は貴女も見たはずよ」
「は?」
ナナは覚えがなくて首を傾げる。
「ほら、オレンジジュース。もらったでしょ?」
「……!」
「ちょっと長めに眠ってもらいたかったので、睡眠薬をちょっと、ね」
かたや必要とあらば躊躇なく薬を盛り、かたやもらったオレンジジュースを何の疑いもせずに飲んでしまう。そういうところが公爵令嬢であるアマリリスと男爵令嬢であるナナの違いなのであろう。
「貴女が寝ている間に今観ているこの映像を学園長に見てもらいたかったものですから」
「は?」
「そしてブバッティ男爵令嬢に対する嫌がらせの予定を計画書に起こして許可をいただき、全校生徒に周知いたしました」
「え?」
「私の方からもいいかな」
「学園長」
アマリリスを始め、ナナとアーノルド達3名を除くすべての生徒が礼をとった。
ロイ・メルネデス学園長。同時に現国王の弟であり、アーノルドから見れば叔父にあたる。
「アマリリス・ランボルガーナ公爵令嬢の言は正しい。彼女から先ほどの映像を見せてもらい、火曜日に臨時全校集会を開き、ランボルガーナ公爵令嬢がブバッティ男爵令嬢に嫌がらせを仕掛けることを周知し、ランボルガーナ公爵令嬢の邪魔をしたり変にブバッティ男爵令嬢を庇ったり、また尻馬に乗って関係のない者がブバッティ男爵令嬢に手出しをすることのないように周知した。
また先ほどの映像においてブバッティ男爵令嬢のランボルガーナ公爵令嬢に対する態度が不敬であると判断し、双方の保護者に映像と共に報告した。おそらくランボルガーナ公爵家はブバッティ男爵家に何らかの措置が取られると思われる。
学園としては学業成績の不振、授業態度の不良と合わせてブバッティ男爵令嬢に一定期間の停学措置、あるいは自主退学の勧告をすべきものと考えている。
またアーノルド・メルネデス王太子殿下、マーカス・フェラリア侯爵令息、ジャニアス・パガニー伯爵令息の3名についてはブバッティ男爵令嬢との学園風紀を乱す行いが看過できないものとして以前各家に報告をあげており、それに対して各家においてよくよく言い聞かせ反省文を書かせたとの報告を受けていたが、学園に復帰してすぐにこのような事態を引き起こしたこと、今後の各家の対応に期待する。
ちなみに国王陛下はこれ以上やらかせば王太子の地位は剥奪するとおっしゃっていた。ああ、今更慌てても無駄だ。君たちの監視の者は既に報告に走っている。
——残念だ」
それまでかろうじて立っていたアーノルド達3名はとうとう耐えきれず膝から崩れ落ちた。
「なん……何なのよっ!!」
声の主はナナだった。ナナはアマリリスに向かってさらに言葉を募った。
「確かにあたしがあんたに嫌がらせを頼んだわよ! でもそれみんなに知れ渡ってたら意味がないことくらいわかるでしょ!」
アマリリスは小首を傾げてナナの金切り声を聞いていた。
「え、でも別に内緒にしろなんて言われてませんし、保身のために周囲に了解を得るのは当然では?」
ナナが知る前世の乙女ゲームについて何も知らない悪役令嬢には一から十まで懇切丁寧に説明しなければならなかった。悪役令嬢であるアマリリスは特に指示がなければ勝手に動いていた。そもそもアマリリスがナナに従う必要もないのだ。
「だったらなんであんな凝ったマネするのよ!? ちょっとドレスを破ったり、足を引っ掛けるくらいでいいのにっ!」
「嫌よ。そんなつまらないこと」
「え?」
「だって貴女これは娯楽、楽しい娯楽だと仰ったじゃない。ですからやってみようかと思ったまでです。退屈でしたし。ただドレスを破いたり足を引っかけたりなんてつまらないからわたくしなりにアレンジしたのよ」
アマリリスは退屈していた。
アーノルド達はナナと共になんだか楽しそうに学園生活を送っていたが、それはアマリリスにとってまったく興味をそそられなかった。一応婚約者ではあるので、こちらに責を問われないためにしばらく様子見した後なんらかの注意喚起をしなければならないのだがそれもまた面倒で。ズルズル後ろ倒ししていたところでのブバッティ男爵令嬢からの呼び出しである。そこでこれは楽しい娯楽なのだと言われたので乗ってみたまで。
「アマリリス……」
そこへ床に崩れ落ちたまま立ち上がることのできないアーノルドが慈悲を乞うようにアマリリスを見上げる。
「アーノルド殿下、いえアーノルド様。申し遅れましたが婚約破棄謹んで承りますわ。退屈な婚約でしたけど、最後はまあ多少の暇つぶしにはなりましたかしらね。では。今後お会いすることはないでしょうけど、お元気で」
その後の話を少ししよう。
ブバッティ男爵令嬢は自主退学か、一定期間の停学かということだったが学園長がブバッティ男爵を呼び出して、停学を選んだとして復学しても今回のやらかしを全校生徒が知っているので貴族としては既に終わっていること、学習意欲も低いためこのまま学園に通っても何の意味ももたらさないことを淡々と告げた。
ブバッティ男爵令嬢のランボルガーナ公爵令嬢に対する不敬についてはランボルガーナ公爵家が全て取り仕切ることになっており、学園としては事実を正確に公爵家に報告するのみにとどめている。
アーノルド達3名についてはアーノルドは王位継承権の剥奪、ランボルガーナ公爵令嬢との婚約はアーノルドの有責にて破棄、他の2名に関してもそれぞれ側近としての立場は無くなり、後継者も弟達に変更となった。学園は卒業しないと貴族としての立場がなくなるため、2週間ほどの停学の後、他の生徒から侮蔑の視線を浴びながら再度通うことになった。
そんな彼らを横目にアマリリスと数十人の有志が学内のカフェテリアで興味津々にアマリリスの持ってきた件の歴史の教科書を見つめていた。アマリリスは肖像画の描き替えを行なったと言っていたが正確には歴史上の英雄の肖像画をブバッティ男爵の肖像画にした教科書を新たに作ったのだった。そのためブバッティ男爵の肖像画が載った教科書はアマリリスのものと決定したため、普通の歴史の教科書と肖像画部分を比較しようと集まったのが今回なのだった。
「肖像画の線のタッチは本来のものと区別がつかないですね。実にすばらしい」
「当家で支援している画家ですの。とても優秀ですのよ」
「さすがはランボルガーナ公爵家でいらっしゃる」
英雄の肖像画を描いた画家の筆致を見事に再現したその絵はまぁるい頭とふくよかな身体の人の良さそうなおじさんが描かれていて英雄のキリリとした風貌とのギャップが激しい。
「ブバッティ男爵のお姿を拝見しに画家はわざわざ男爵領まで出向いたそうですわ」
「なるほど。ずいぶんと意欲的だったのですね」
やっていることは男爵令嬢に対する嫌がらせだったのだが。
「この方がブバッティ男爵……」
「なるほど……似ているのでしょうか?」
「…………さあ?」
よく考えたら誰もブバッティ男爵に会ったことがなかったので似ているかどうか教科書を見ている誰にも判断できなかった。
「やはりブバッティ男爵令嬢に教科書を開いて感想をいただきたかったわ……」




