94話
玲奈は夢を見ていた。
目の前に、小さな丸い頭が見えた。あれは……かみなりだ。おいでと呼ぶと、軽やかに駆け寄ってくる。ふわふわの毛を撫でると、嬉しそうに喉を鳴らした。かみなりが通ってきた道には、金色の光が舞っていた。
場面が変わった。
腕の中にはかみなりを抱いたまま。サディの屋敷から逃げてきた玲奈は、ボロボロの吊り橋から落ちそうになった。ふわりと吹いた風が、玲奈の体を持ち上げてくれた。玲奈が再び駆け出した後の夜空には、金色の光が瞬く。それは一塊になって、猫の姿を象った。
「あの時の……あれは、かみなりが助けてくれたの?」
「ンナー」
かみなりは得意げに鳴く。
「そうだったんだ……ありがとう。助てくれて」
「マ!」
「ねえ、今どこにいるの? やっぱり、魔石の中?」
ンニュニュ、と発しながら、かみなりは首を振った。
「え! 違うの? じゃあ、どこに……まさか迷宮にまだ」
「ンナナナ!」
「あ、それも違うの」
再び首を振ったかみなりは、前足で下の方を指した。
「ん?」
「ンマー!」
「下……地面? 地中? ……分かんないけど、近くにはいない?」
「ンー」
かみなりはこてんと横に首を傾げた。どっちなのだろう。
「ねえ……あなたは、何者なの」
かみなりが首を後ろに反らし、目を細めて「ンナー」とのんびり鳴いた所で、玲奈は目を覚ました。
(今のは……)
玲奈は魔石を見つめて、一度、机の引き出しに閉まっておくことにした。
「起きたか」
「……もう! 女子の部屋に入るなら声かけてよー」
「そんなこと言ってられる立場か、お前」
ぼーっと机に向かっていると、いつの間にかリュウが近くに座っていた。
「つうか今更だろ。散々近くで寝泊まりしてきて」
「それはそれ!」
「勝手に入られたくないんなら、戸を叩いたらすぐ起きろ。五秒返答がなければ開ける」
「五秒……」
起きてる時はまだしも、朝は難しい。玲奈は寝起きはいい方だが、五秒は無理だ。ここは諦めるしかないようだった。
「その魔石を閉まっておくのは賢明だな。懐に入れていても、共同生活していたら、どこから目をつけられるか分からない。それは目立つ」
「うん……ずっと持ってたから、心許ないけど」
「俺が側についてるから、心配しないでいい」
「……ありがと」
「で、お前が何から逃げてきたか聞かせてもらおうか」
(どうせ、王様から聞けるんだし……完全に味方になってくれるとは思えないけど……)
逡巡するも、玲奈は自分の隠し事を伝えた。時を戻せることは勿論、隠して。リュウは驚きを見せない。
「……もう知ってるんでしょ」
「ん」
「なら、聞く必要なかったじゃん」
「お前から聞くことも必要だ。あいつも知ってたのか」
「トキ? うん、成り行きだけど、迷宮に入る前、スラジの国内で逃げてる時に事情を話して、助けを求めたの」
リュウは相変わらず、人の名前を呼ばないポリシーがあるみたいだ。玲奈の名は、一度だけ呼ばれた。逆廻を使ったため、それを今のリュウは知らない。
「スラジでお前を手助けしたのは第三王子か」
「…………」
「当たりだな」
ポーカーフェイスというのは頭から飛び、素直に驚いた玲奈に、リュウは薄く笑った。
(しまった、隠すべきだった……?)
どっちの方がいいかは咄嗟に分からないが、ちゃんと考えてから答えを出したかった。
「離れた理由は? 第一王子の追手が迫ってきたか」
「……」
「お前を守るためには、向こうの情報はあったに越したことはねえ」
「……頼って、いつまでも助けてくれる保証なんてないでしょ」
「向こうで色々あったんだな。根は甘っちょろい癖に、警戒心だけ一丁前」
「……そうかも」
「お前が言わなくても調べるだけだ。うちの情報網ならそう時間はかからねえ」
「……」
「分かってないだろうけど、これは国のためじゃねえ。お前を守るために言ってんだぞ」
「…………」
玲奈は、見極める様にリュウを見つめた。二人に、緊張が走る。
「リュウのこと、教えてよ」
「あ?」
「私が言ったらリュウも教えてくれる約束でしょ」
「……」
「リュウのことを知らないから、リュウを信じていいかも分からない」
「……分かった」
リュウは一度、目をきつく閉じた。




