92話
話が終わると、九垓は「リュウ!」と大きな声を出した。リュウは直ぐに現れた。
「暫く、この子の護衛をしなさい」
「分かりました」
「見知らぬ土地だし、気心知れた人間の方がいいだろう。リュウとは迷宮で随分仲良くなったんだろ?」
玲奈に向けて言われた言葉は、リュウが否定した。
「顔見知り程度です」
「んー、お前は相変わらず素直じゃないねえ」
「もう行ってよろしいですか」
「あー、はいはい。ゆっくり休ませてあげな」
リュウに促され、玲奈はぺこりとお辞儀をして、部屋を後にした。
二人と入れ違いで、紅那が部屋へ入る。
「陛下……、あの娘は」
「破滅の子だ。予想通り」
「……本当に宜しいのですか」
「リスクはあるが、それ以上の対価を得られるかもしれない。良い投資だ」
「ならば、せめて監視は違う者が適任です。奴の過去は、あなたが一番ご存じのはずでしょう。何をしでかすか」
「俺はアイツを信用してるよ」
九垓が意見を曲げないと悟り、紅那は黙って低頭した。九垓は水晶を覗き込む。そこには、金色の靄が渦巻いていた。
玲奈はリュウに連れられ、枢晶宮の通路を進んでいく。
「陛下と何話した」
「え」
「俺には言えないか」
「……逃げてきたって言ったでしょ。知っちゃったら、面倒に巻き込まれるよ」
「今更だ。俺はお前の護衛を命じられた。何から守ればいいのか、知らなきゃろくに守れもしない」
「……ちょっと考えさせて」
「俺の気はそう長くねえぞ」
リュウに、玲奈の秘密を言うべきか。九垓に知られた以上、九垓の命に従うリュウに隠してても、あまり意味はない気もする。考え込む玲奈の頭を軽く叩くと、「今はいい」と言う。
「ほら」
「あっ、私の」
渡されたのは、サディに貰った魔石だ。
「あとどれくらい使えるか分かる?」
「使用者には感覚で伝わるはずだ。段々すり減ってくのを感じたことは」
「ない」
「なら、まだ半分以上は魔力を蓄積してる」
「半分……」
「高級魔石は、その感覚も明確に伝わる。一級となれば尚更」
「……やっぱり、リュウも一級魔石を持ってたんでしょ」
経験したような口ぶりだった。トキは迷宮でも、リュウは実力を抑えているのではと疑っていた。リュウは少し躊躇って、ゆっくり口を開いた。
「昔の話だ。今はそうもいかない」
「……どういうこと?」
「お前が話せば、俺のことも教えてやるよ」
「あっ、ズルい!」
「お互い様だ」
リュウが案内してくれた場所は、寮になっている区画らしい。扉が立ち並んでいるのを見ていると、通路の向こうからナシュカが飛び出てきた。どうやら玲奈を待っていたようだ。
「レナ! 大丈夫だった!?」
「うん、ここに居させてくれるって」
「よかった。で、あんた何したのよ」
「えーっと」
ナシュカにも、何の事情も説明していない。リュウに言うならば、ナシュカにも伝える方がいいだろうか。リュウは溜息をついて、「後にしろ」とナシュカを諌めた。三人で奥へ進む。
「レナの部屋はこんな奥なの?」
「こいつは曰く付きだからな。一番安全な所にぶち込んどく」
(ぶち込む……)
ぐねぐねと廊下を行くと、突き当たりでリュウは止まって、ドアのノブに手を翳した。扉がブーンと音を立てて、カチャリと独りでに開いた。
(えっ、指紋認証?)
「何それ、どういう仕組み?」
不思議に思ったのは玲奈だけではなかったようだ。
「俺が使ってた部屋だ。俺が発した魔力と反応して開く」
「そんなことできるのね」
「お前は部屋へ戻れよ。部外者だ」
「あら、随分な言い方ね」
「俺がこいつに付き添ってるのは顔見知りだからじゃねえ。陛下の命だからだ」
「……分かった、今は引いてあげるわよ。あんた、ここではかなりいい身分のようね。本当、なんで迷宮に入ったわけ?」
「言う必要はないな」
ナシュカはその返答は想定内だったようで、話題を変えた。
「レナはこれから下働きに出るの?」
「さあな」
「え、私どうなるの?」
「今、対応を練ってるとこだろ」
考えれば、逃亡してきたなどと告白したのはつい先程。玲奈の処遇は今まさに、九垓が考えているところだろう。
「部屋を出る時は俺が付き添う。これ持ってろ」
「何、これ」
「回路石だ。俺が持ってるのと対で、強く握れば俺の石が反応する」
「反応?」
「やってみろ」
ぎゅ、と握り込むと、リュウのズボンのポケットが光った。リュウが取り出した石は、チカチカしている。
「なるほど」
「私も部屋に戻るね。レナ、また明日」
「うん。ありがとう、ナシュカ」
ナシュカに別れを言うと、リュウに続いて部屋へ入った。
「昨日一足先に付いて、掃除してあったから丁度いい」
「リュウがここ使う筈だったんだよね。ごめん、使わせてもらっちゃって」
「別に俺はどこでもいい。用があるから、後でまた来る」
「うん、分かった」
リュウが出て行って、部屋に一人きり。ベッドにどさりと倒れ込んだ。
(これからどうしよう……)
考えなければいけないことは沢山あるが、寝具の柔らかさを感じると睡魔に負けて、あっという間に眠りに包まれた。




