91話
「……うん、いいだろう。秤は以上だ」
「なっ……、陛下! この娘も良しとするのですか!」
「心眼が決めたことだ」
「逃げてきたなど宣うものを……罪人であれば、スラジと揉めることに」
「僕も考えなしじゃないよ。きみ、名前は」
「玲奈です」
「そうか。レナ、少し話をしよう。皆下がれ」
「罪人と二人になどできません」
「大丈夫だよ。僕がこの子にどうにかされるとでも?」
「……分かりました。全員下がれ」
紅那は不服な顔をしたものの、諦めたようで部下を連れて出ていく。トキとナシュカもいなくなった。
九垓は首だけ上に振って、後ろのリュウに問いかけた。
「お前は彼女の事情は知ってるのか」
「何かあるということは察しましたが、詳しくは」
「ならお前も下がれ」
「……陛下」
「これまでの道中で話さなかったということは、お前は彼女の信頼を得てないということだ」
「……分かりました」
食い下がったのは一瞬で、リュウも退出し、部屋には九垓と玲奈二人きりになった。
緊張の糸が、ぴんと張り詰めた。
玲奈は二人きりで、九垓と見つめ合っていた。
「安心していい。心眼はきみを受け入れ、秤は終わった。この場で君が何を話そうとも、話さずとも自由だ。その上で問うけども……。レナ。きみは、罪を犯したのか」
「いいえ」
「では、なぜ追われてる」
「冤罪です。でも、それを証明できる力はありません。それで、迷宮に逃げました」
「そのかけられた嫌疑を僕に話す気はない? 味方してあげられるかもよ」
「……でも、敵になるかもしれない。正直に話した後、助けてくれる保証がありません」
「そう?」
九垓は立ち上がると、玲奈のすぐ近くまで寄ってきた。衝撃的な言葉は囁くように落とされた。
「僕としては、破滅の子に手を差し伸べたいと思ってるんだけどね」
「な……!」
(っ、なんで気付かれて)
「お、当たりか」
「っ」
カマをかけられたのだ。顔にサッと赤みがさした。
「恥じる必要はないよ。どっちにしろ、心眼は嘘を見破る」
「……どうやって、それを」
「スラジの中枢に知り合いがいてね。容姿の情報は回ってこなかったけど、年ごろからして違和感ない」
玲奈が思ってるより、事態は深刻だった。既に、他国の支配層には情報が伝わっている。
(私をどうする気……。スラジに売る? それとも)
「僕は表立ってスラジと敵対するつもりはない。かといって、味方をする気もない」
「……スラジの王族は、私を探してます」
「きみがここにいることは、向こうはまだ知らない。その間は、ここにいるといい。きみの秘密が漏れないように努めるよ」
「……もし、スラジが気づいたら」
「うーん、そうだね。さっき言った通り、表立ってスラジと敵対するつもりはない。けど、向こうが勝手に弱ってくれるなら都合が良い。レナが生きていれば、それだけでスラジにとっては国が荒れる原因」
「……つまり、暫くは匿ってくれるけど、バレたら向こうに連行されるってことですか」
「いやいや、突き出すなんてしないよ。ここに留まられるのは困るけど、国外へ逃げる協力は惜しまない。その後、レナがスラジを滅ぼしてくれるかもしれないし」
(真に味方とはいえない。でも、今の最善は、ここで身を潜める。それしかない)
葛藤する中、九垓は玲奈を興味深そうに見回した。
「それにしても、レナには本当に国を滅ぼす力があるの?」
「……分かりません。そんなことする意思なんて、全くないです。でも、宣告は絶対だと言われました」
サディに、玲奈は国を滅ぼすことになると言われたのはしっかりと覚えている。
「宣告ね」
九垓はテーブルの瓶を傾け、グラスに葡萄酒を注いだ。ひと舐めすると、「レナも飲む?」と言われたが、そんな気になれないし、そもそもお酒は飲めないので首を振った。
九垓がグラスを揺らし、思案に耽る。玲奈は恐る恐る尋ねた。
「……私は、本当にスラジを滅ぼすことになるんですか」
「真に貴類のお告げならね」
「それってどういう……」
「スラジでは、宣告は神官長に下されるという。その後人づてに神殿、そして王族へと伝わっていく。宣告を曲げる余地はいくらでもある」
「……私への宣告は、真実じゃないかもしれないってこと……」
「そう。そして同時に、真実かもしれないということも、心に留めておかねばならないよ」
「…………」
玲奈は黙って頷くしかなかった。




