9話
トキと別れた瞬間は、笑顔を見せた玲奈だったが、一人になると途端に心細さに襲われる。
(早く行こ……)
目立たない格好になった。もう大通りに出ても、怪しまれない。ドキドキと胸を鳴らしながら、明るい道へ出る。
(……大丈夫、見られてない)
注目を浴びることなく、市場の人の波を掻い潜っていく。出店が減っていき、市場の終わりに差し掛かった所で、人だかりが出来ていた。何だ、と眉を潜め近づく。
「ここは通行禁止だ! 王城から罪人の逃亡の触れが出ている!」
「っ」
(そんな)
市場の出口は既に封鎖されていた。
「罪人は十七の娘だ。年頃の娘は尋問を行う! 身元を証明できる者がいればすぐ終わる! 該当する者は全員、向こうのテントまで来い!」
衛兵が声を張ると、ざわめきながらも反対の声を出す者はいなく、玲奈と同じ年頃の娘は近くの連れと一緒に衛兵について行った。
「オイ、あんたも行ったほうがいいんじゃねえのか」
「あ、私は……」
後退りした玲奈の腕を、若い男が捕まえた。
「向こうに連れがいるので、一回戻ります」
何とかごまかそうとするも、男は玲奈の腕を離さなかった。
「衛兵さん! この女、逃げようとしてるぜ!」
「っ!」
声を張り上げられ、咄嗟に男を突き飛ばすも、逃走むなしく一瞬で衛兵に取り囲まれた。
「怪しいな」
「一緒に来てもらおうか」
「っ、違うんです、向こうに連れがいるので」
「それが本当なら後で解放してやる。まずは来い」
(ああ……)
* * *
「この子が、宣告の大悪女、『破滅の子』か」
(三回目……)
玲奈はがっくしと項垂れていた。あの後、隠し持っていたローファーが見つかり、異界の物に違いないと糾弾されて処刑場まで連れてこられたのだ。
(あれ持っていっちゃ駄目だったか……でも、裸足でずっと逃げるなんて無理じゃん……)
頭上では、王族たちがゴニョゴニョと何度か聞いた話を繰り返している。
まだ、逆廻の詳しい条件が分かっていない以上、長居はできない。会話の隙に口を挟む。
「あの、ここはどこなんですか」
「ここはスラジ王国の王都、イオリスだ」
「予言って、誰が」
「予言ではない。宣告だ。貴類の意思を神殿の導士が伝え聞いたもの」
「導士……? さっき、母も導士だと」
「そう。そなたの母上も、優秀な導士だった」
「導士って何ですか」
「父上。罪人に応えるのはもう十分です。早く牢へぶち込むべきかと」
「陛下。知りすぎても、彼女には辛いだけかと……」
「うむ、そうだな……」
(駄目だ、ここまでか)
玲奈の疑問をぶった切ったのは、やはりというか、ロアンだった。その憎しみに満ちたような顔を最後に焼き付けて、玲奈は逆廻を発動した。
「もう大丈夫か」
「……、トキ…………」
「ん?」
目の前に、トキがいる。服を着替えた後だ。この後玲奈は、ロメールへの同行を頼んで、断られる。
「そっか……」
「……レナ? まだ気分悪ぃのか」
(ここに戻ったということは、運命を変えられる分岐点が、ここということ。その地点まで、逆廻は時を戻せる……としたら)
玲奈がすべき事は、トキを説得し、ロメールに付いてきてもらうことだ。
「もう少し休むか」
「あっ、ううん、ごめん。大丈夫」
「……そうか」
「私、トキにお願いがある。図々しいと思うけど」
「何だ」
「私これから、ロメールに行きたいの。でも、理由あって、私は王族から罪人として追われてて、簡単には行けない。トキに、協力してほしい。お願いします!」
頭を膝に付くほど下げて、トキの反応を待つ。
「罪人? 王族って……何やったんだお前」
「……何もしてない。冤罪だよ」
「何の罪に問われてる」
(言ったら、王城に突き出される? 分からないけど……でも、言わないと、説得も何もない。トキを信じたい)
何の打算もなく、玲奈を救ってくれたトキ。その人柄に縋って、口を開いた。
「私は、この国を滅ぼすという、『破滅の子』だと宣告を受けた。王城に捕らえられたら、一年後に死刑になる」
「破滅の子……! お前が……?」
「……知ってるんだ。街の人は皆?」
「……いや、城勤めでない者は、知るものは少ない。何せ十数年前の告げだ」
「そっか、なら何でトキは」
「あんま大っぴらには言えない仕事で金を稼いでる。その宣告のことも、詳しくないが聞いたことはある」
大っぴらには言えない仕事。王族にはバレたら不味いようなものであれば、トキが玲奈を突き出す可能性は低いだろうか。
「俺が知ってる話じゃ、破滅の子は、異界に送られたって話だが」
「合ってるよ。違う世界から、いきなりここに飛ばされてきたの」
「成程な。さっきの格好も、こんなとこ彷徨いてた理由も分かったよ」
衝撃が収まったらしい。玲奈に質問が矢継ぎ早に飛んできた。
「……ロメール行ってどうするんだ」
「ナウファルという酒場で、店主に会う。協力してくれるみたいなの」
「誰からそれを?」
「城で会った人。理由があるみたいで、私を助けてくれたの」
「城の中で……お前が生きてたほうが、都合が良い人間……」
トキは考え込んだ。答えを待つ時間は、随分と長く感じられた。
「ナウファル……聞いたことねえな。ま、行けば分かるか」
「え……」
「いいぜ。協力する」
「ほ、本当に!? でも、何で」
「俺にも事情がある。破滅の子が本物だってんなら、生きててもらった方が得だ」
どうやら、トキに事情を話すのは当たりだったようだ。協力を取り付けられて、満面の笑みが溢れた。




