88話
「……え?」
その先は、少し前に見た景色だった。暗闇と、金色に輝く煌めき。その正体。
「っ、かみなり!!」
「ハァ!?」
玲奈の視線の先にいる者を、リュウも見た。かみなりは金色に煌めく檻の中に閉じ込められていた。まだ底は見えない。二人は奈落へ落ち、かみなりは二人の頭上に取り残されていく。
「どうしよう!」
「どうもできねえだろ!」
「っ……そもそも、このまま落ちていって大丈夫なの!?」
「知るか!」
「ああ、もう……っ」
諦められずに上を見上げれば、トキとナシュカが飛び込んで来るのが見えた。
「その檻を掴んで!」
「っ、分かった!」
玲奈の咄嗟の叫びに、トキは反射的に応えた。檻へ手を伸ばし、その手に取る。空中に浮いていた檻は、トキの手に落ちた。
四人は暗闇の中を落ちていく。下を見ると、真っ白い光の穴が段々と大きくなっていた。上からナシュカの弾む声がした。
「あれが出口よ! 間違いない!」
「ほんと!?」
「ああ! 真っすぐ行け!」
四人は光の穴へ、吸い込まれるように落ちていった。
不思議な感覚だった。体が光にまるっと包まれ、視界は白一色だ。どちらが上か下か、まるで感覚が掴めない。光の海を泳ぐように進んだ先に、暗い出口が見えた。
「痛っっ……! たた……」
ドサ、と尻を打ち付けた。薄暗い洞窟の中にいるようだ。薄っすらと、三人のシルエットが見える。
「みんないる!?」
「ああ、お前が最後だ」
「よかった……着いたんだ」
「ええ、もうここは胡王国よ」
玲奈の胸には、安堵と達成感が膨らんだ。しかし、すぐにそれは萎んでいく。トキの申し訳なさそうな顔で、察した。
「かみなりはいない、か……」
手の中の檻は、空っぽだった。
心配ではあるが、檻を持ち出せたことで、玲奈はいくらか気が楽だった。檻に閉じ込められ続けている状態は脱せたのだ。
(姿は見えないけど、一緒に外に出られてる。きっと)
よし、と口の中で呟いて、気持ちを切り替えた。
「ここからどうするの?」
「まずは下働きだ。年に二度ある登用試験に受かれば官吏になれる」
そうなれば、豊かな生活が待っている。それを目指して、スラジの貧しい若者は迷宮へ挑むのだ。玲奈の目的は違うが、まずは皆についていき、正体を隠しながら、無事に生活できる安寧の場所と時間が欲しい。
「とりあえず、王都に向かう必要があるわよね」
「ああ。進もう」
体は満身創痍だが、進む足取りは軽やかだった。しかし、それも洞窟を出るや否や、ピタリと止まった。前方に、人影を見つけたのだ。
「迷宮の達成者とお見受けする」
低くしゃがれた声が、その男が歳を重ねていることを思わせた。武具を着込んだ男たちが、十人程連なっている。緊張が走る玲奈たちを見て、男は幾らか柔らかな声を発した。
「いや、驚かせてしまってすまない。私は胡王国、楠暢地方の長、河肖だ。貴殿らを傷つける意思はない。我らは王都への案内役として参った」
「案内役……」
「その割には重装備ね」
「どのような者たちがやって来るかは分からない以上、身を護る術だ。ご理解頂きたい」
「こっちはこの国のこと全く分からないし、王都へ連れてってくれるなら助かるわ。すぐ出発するの?」
「いや、まずは私の城へ来てもらい、魔石や衣服を検めさせてもらう」
「魔石を取り上げる気?」
「王都で手続きを終えるまでの間だ。武器を持った外国人をいきなり中枢へ迎え入れることはできない」
トキとナシュカは渋い顔で、小声でやり取りをした。
「信頼できるの」
「そのくらいの警戒はあって不思議じゃない。そもそもこの人数に対するには、魔石は尽きかけだ。従うほかない」
「……そうね」
玲奈はそこで初めて、最後の試練で獲得した魔石は消えていたことに気づいた。一方リュウは何も言わず、玲奈の後ろで俯いている。
「分かった。あなたに従うわ」
「話が分かるようで何よりだ。ここからそう遠くない……んんん?」
武人たちに付いていこうと歩みだした時、河肖が声を上げて、リュウにつかつかと歩み寄った。
「いやはや……驚いた。貴殿は」
「人違いだ」
「間違いない! ヒリュウ!」
「…………」
「ヒリュウ?」
「あれが?」
「行方知れずのヒリュウ?」
「迷宮から出てくるとは……死んだと聞いていたが」
兵士たちのざわめきの元は、リュウのようだ。気づかれたリュウは、居心地悪そうに体を縮こませた。
「知り合い、みたいだね?」
「……まあな」
「役人と面識があんのか? なら、なんでまた迷宮なんかに」
「……色々あんだよ」
話す気はないようだが、リュウには事情が色々あるようだ。それは玲奈も同じなので、深くは突っ込むまい。
「これは、陛下がお喜びになるに違いない。すぐに鴉を飛ばさねば」
「……ハァ」
(陛下?)
玲奈だけでなく、みんなギョッとした。
「え!? 国王と顔見知り!? もしかしてリュウって偉い人?」
「んなわけねえ。ただの部下の一人だわ」
「顔を知ってるくらい近しいんでしょ?」
「そういう配置にいただけだ。おい、行くなら早くしてくれ。全員クタクタだ」
「おお、それは申し訳ない。なに、ヒリュウ殿と旅路を共にしてきたとあらば、秤も問題ないだろう」
そして兵士たちが慌ただしく動き始め、玲奈たちは近くの城まで連れていかれた。




