86話
リュウは自分の秘密を除いて、三人へ状況を説明し終えると、魔石を渡す。
「これがあれば……!」
「お前は要らねえだろうけど持っておけ」
「うん……これ、何等級のものか皆分かるの?」
「正確には分からないけど、この輝きの深さは相当上位に違いない」
「これなら、環術も躊躇いなく使える」
「光明が見えてきたか」
「開けるわよ」
ナシュカの確認に、首肯する。扉を開けると同時に、トキとナシュカが魔力で突風を化け物へぶつけた。
「今だ、行け!」
化け物が怯む隙に玲奈が中へ突入する。
「うわっ……」
鱗しか見えなかったそれを、しっかりと目視する。頭部は猫科の生き物に近いフォルムだ。胴体は爬虫類のように長く、鱗で覆われ硬質な印象をもつ。脚はあまり大きくないのに対し、先程吹き飛ばされた尾はかなり太ましい。そして、背中にはこぢんまりと羽が付いていた。全身、黒く染まる中、ギロッとした目だけが赤く爛々と輝いていた。
「ボサっとしてんな、死ぬぞ!」
「ごめん!」
一瞬足を止めてしまった玲奈は、慌てて部屋の隅へ向かい、柱に飛び登ってしがみついた。その頃、突風の魔術に慣れた化け物は体勢を立て直し、息を大きく吸い込み体を反らせて腹を膨らませた。
「なんか来るぞ!」
化け物の喉奥に、エネルギーが溜まって塊が形成されているのが見える。その塊は、赤黒い。トキがナシュカと連携をとる。
「ナシュカ! 水出せ!」
「了解!」
二人が水を噴出させるのと、化け物からマグマのように煮える塊が飛んでくるのは、ほぼ同時だった。宙でぶつかった二つは弾けて、辺りに広がった。一面が、あっという間に火で包まれた。
「ヤバッ……」
「退避!」
既に玲奈の視界は火しか捉えられない。リュウはその体を攫って、入口に飛び込んだ。玲奈たちが戻ると同時に、トキが扉を閉めた。ナシュカは溜息を落とした。
「参ったわね……あんな狭いとこで火吹かれたら何も出来ない」
「水源のないここじゃ、あの威力が限界だな」
そもそも、環術は近くの物質を操るものだ。
「あの……水が無いのに、さっき何で水が出せたの?」
「無いって言っても、大気中には水のもとが満ちている。それを魔力で操ったのよ」
「相当魔力を消費するけどな。高等級の魔石じゃないと出来ない芸当だ」
「大気の水を……」
玲奈は扉に目を向けた。向こう側は静まり返っている。
「なんで扉は焼けないんだろ?」
「あの扉の表と裏で時空が遮断されてる。逃げ出すとき、向こう側の扉は焼けていた」
ここにいると、火の海の気配はまるでない。扉の僅かな隙間は最初に来た時と同じく、僅かな白い光が漏れているだけだった。
「あの火で焼け死んでたりしないかな?」
「自分が吹いた火で死ぬとは思いにくい」
「さっきと同じことやっても無駄よ。どうする?」
「水じゃ無理があるな。風の方が威力は出せる。リュウとレナも加わってくれ」
扉を開けると、火は殆ど収まって、僅かに床に煙が燻るだけだった。化け物は侵入者を認めると、またも息を吸い込んだ。
「来るぞ!」
四人は連なり環術を繰り出す。重なった風は竜巻になってマグマの塊とぶつかる。
「風で押し返せ!」
火は空気を含めば強くなる――が、あえて風で対抗する。正確には、これしか術がない。
「アイツに矛先を向けろ!」
消すことはできなくても、炎をあの化け物にぶつけられればいい。未動きを取れなくなったところで、ゲートに辿り着ければクリアだ。化け物が低く唸る。足止めは上手くいっているようだ。
「いいぞ!」
「ゲートは!?」
「あれだ!」
それは、まだ化け物の足元にあった。
「もっと動かさなきゃ駄目ね」
「風はこれが最大だ。どうする」
次の一手を思考する最中、先に動いたのは向こうだった。巨大な尾を上へ大きく振り上げたのだ。
「不味い!」
「上に行って!」
散り散りになると、元いた場所にめがけ、尾が叩きつけられた。ズドン、と大きく打撃音を立てると、部屋全体がグラッと大きく揺れる。
「っ……!」
「ぐっ……柱がっ……!」
捕まっていた柱がミシミシと音を立てる。そちらに気を取られた一行は、風の威力が落ちていることに気づくのが遅れた。化け物の目が、ギロリと剥き、もう一度、尾が振られる。
玲奈が掴んでいた柱が、すとんと抜ける感覚がした。
「え……」
反射で下を向けば、床がごっそり落ちていて、下は何も見えない暗闇だった。
「レナッッッ!」
落ちていく最中、暗闇の中に、金色の煌めきが見えた。




