83話
「扉だ」
暫く歩いた先に、またも扉が現れた。今度のは大きくて、分厚い。
「用心しろよ」
「うん!」
トキが重い扉を押し開けた。瞬間、冷気が体に挿し込んだ。
「氷だ……」
扉の先は、壁面も床も氷で覆われていた。恐る恐る足を踏み入れる。ザラザラしているので、滑る恐れはなさそうだ。
「ひんやりはしてるけど、凍えそうな程じゃないね」
「入ったばっかだからだ。長い事居れば最初の試練の時みたいに寒さがキツくなってくる」
「そうね。なるべく早く抜けましょう」
氷を踏みしめながら前に進む。上を見れば、天井も氷だった。地下なのでその先に太陽はないはずだが、明るく照らされている。別の光源があるのだろうか。遠くの氷はキラキラと輝き、近くの氷は玲奈たちを反射させた。その氷の鏡に、ちらりと映るはずの無いものが見えた。
「えっ!?」
「どうした」
「……今、氷の中にかみなりの尻尾みたいのが」
「はあ? 尻尾?」
「見間違いじゃなくて?」
「……分かんない。一瞬だったから」
尻尾がゆらりと映って、目を瞠った時には煙のように消えてしまった。辺りを見回すも、当然、かみなりはいない。玲奈の勘違いかもしれない。
「迷宮だから何が起こってもおかしくはないが、囚われるのも良くない。とりあえず進むぞ」
「……うん」
促されて、止めていた足を動かす。氷を凝視するも、映るのは四人だけだった。ナシュカがその現象を分析しだした。
「見間違いじゃないとしたら……かみなりが消えたのは、レナの魔石に戻ったんじゃなく、この氷の中に閉じ込められたからかもしれない」
「……そんな」
顔面蒼白の玲奈の肩に、ナシュカは優しく手を置いた。
「あくまで可能性よ。魔石にいる可能性だってある。心配なのは分かるけど、ここに長くいるのは危険。探してる暇はない」
「……うん、わかってる」
ここで探したいなどと我儘を言うことはできない。でも、玲奈の中で懸念は募っていく。トキも沈痛の表情で押し黙る中、リュウは諭すように声を出す。
「お前、あの猫もどきをペットみたいに思ってんなら、考えを改めとけ」
「改めろって……、どういうこと」
「魔石から動物が産まれるなんて聞いたこともない。形こそちっさくて非力に見えるが、相当な力を秘めてる。それがお前に良い顔をし続けるとは限んねえ」
かみなりが何者なのか。得体が知れない生き物であることを、改めて突き付けられる。トキは玲奈に目配せをした。
(分かってる)
かみなりは、玲奈が『破滅の子』だからこそ産まれた生物である可能性が高い。誰も聞いたことがない、玲奈にだけ起こった事象となればそう導くのが自然だ。
(もしくは、お母さんの力に何か関係があるかもしれない)
かみなりは、時を戻したことを知覚した。つまり、玲奈の中の母の魔力が、かみなりにも流れている可能性がある。だからこそ、玲奈にはかみなりが敵対する物になるとは思えないのだ。
それらを言える筈もなく、玲奈は、「気をつける」とだけ答えた。
氷景色の中、次に現れたのは、下り坂と大きなソリだった。
「これに乗ってくのね」
「怖ぁ……」
斜面は中々の急勾配。ソリは四人が丁度乗れる大きさだ。
「行くしかないな」
「放り出されないように、しっかり縁を掴めよ」
「うん。魔力使った方がいいよね」
「レナの魔石なら大丈夫だけど、私は魔力の残量も頭に入れないと。いざという時まで使わないでおく」
玲奈以外の三人は、まだ魔石を砕かないようだ。前方にナシュカとトキ、後ろにリュウと玲奈が座る。体重のバランスを取ってこうなった。左隣のリュウが、玲奈の手を取った。
「え、なに」
「ふっ飛ばされないよう掴んどく」
「……うん」
ぎゅ、と手を握りこまれて、変な緊張感が走った。ふわっと頭に浮かんだのは、逃げるために抱き合うフリをした、あの夜。玲奈は耳を赤くしながら、必死に平静を装った。
その緊張は好か否か、ナシュカがソリのストッパーを外したと同時にすぐさま消え去った。
「いゃあああああっ!!」
突風が顔面に吹き荒ぶ。それだけ速度が付いているということだ。ビュンビュン風が空気を切る。拘束なしにジェットコースターに乗っている状態だ。玲奈だけでなく、三人も顔を青くしている。
「速度落とせねえのか!」
「どうやって!」
「いやああああ落ちるううううっ!」
「しっかり掴めアホ!」
さっきは照れていたリュウの手だが、それどころではなく、必死の思いでしがみつく。玲奈は絶叫系が苦手だ。涙を浮かべて胃がひっくり返るような浮遊感に耐える。涙は風で飛び散り、後方へ流れた。それは氷の地面にぶつかると、染みることなく、跳ね返って空中をてんてんと舞った。




