77話
仮病を続けるのもそろそろタイムアップのようだ。立ち上がり、扉をくぐった。玲奈が口を開く前に、かみなりが鳴いた。
「ンミャー! ミャ! ミャー!」
「え、なに?」
「何だって?」
「危ない匂いがするから、そっちのタイルは通るなって」
「かみなり、そんなことが分かるの?」
「いつの間にそいつの言ってること分かるようになったんだよ」
「あー、いつの間にか……」
適当に誤魔化しながら、三人を安全な方へ誘導する。
「こっちの右端通ればいいのね」
「あっ、待ってそこは!」
「え」
咄嗟の静止虚しく、ポーンと音が鳴り、光った。
「はっ!? 足が動かねえ」
玲奈の前にいたリュウの足ががくんと止まった。
「どうなってんだ?」
(あっ――)
トキがリュウに近づこうと足を一歩踏出した瞬間、更にポーンと音がした。
「あああ……」
「なんだ? また光った」
「え!? 動かないんだけど!」
今度はナシュカの足が張り付いてしまった。玲奈は項垂れた。先程までで、全てのタイルを確認できたわけではない。安全かどうか、不明な所をみんなが踏み抜いてしまった。玲奈の誘導ミスだ。
「どういうことだ?」
「かみなり、ここ駄目だった?」
「ンナ〜」
「あら、ごめん」
かみなりも耳をペタンと下ろして項垂れている。同じく責任を感じているようだ。一つ収穫があるとすれば、これで全部のタイルを確認できた。音が鳴るのは四カ所だ。
(四カ所……全部踏んだら、最後の人は自分がそこで張り付いちゃうのかな……いや違う、暗号を解かないと)
きっと、そう遠くないうちにあのベルが鳴ってしまう。そして火が来る――。三人が話し込む中、玲奈はとっくに見慣れた暗号洋紙を見つけたふりをして、輪の中へ持っていく。
「レナは読めるのね」
「うん、でも暗号になってるみたいなの」
「暗号か……」
「まず、情報を整理しなきゃ。何の数字が書かれてるの?」
「えっと、13・22・35・53・61・35・47・37・11」
「それで全部?」
「うん」
「使われているのは1~7。8、9、0はなしか」
「恐らく、上の文字が暗号を解くカギになるはず。これを意味のある言葉に置き換えたらいいんじゃない?」
「置換式暗号か……でも、ほかにヒントがない」
「だな。解かせるための暗号なら、一つは意味のある鍵を提示するはず」
「他に洋紙があるとか?」
「隅々まで探したけど、これだけだよ」
玲奈は数回経験してくまなく探したのだ。この部屋に暗号として置かれていたものはこれだけだ。棚という棚を開けたが、砂時計やら虫眼鏡やら、舞台の小道具のような小物しかなかった。
「この部屋自体、ミステリー小説とかに出てきそうで変な感じ」
玲奈のぼそっと落とした言葉に、トキとナシュカは息をのんだ。
「「あっ!!」」
「え?」
「レナ、それよ!」
ナシュカがくわっと目を開いた。
「な、なに」
「この部屋、『幻影探偵くらぶ』の主人公の部屋そのまんま!」
「げんえい……? なにそれ」
玲奈だけでなく、リュウもぽかんと呆気に取られている。
「児童向けのミステリーシリーズ! 絵本になってるのよ! スラジの人間ならみんな読んでる!」
「主人公がバディと使う、置換式暗号がある。それを上に書かれてる文字に当てはめれば……」
「意味が分かんのか!」
「ああ……『い・ろ・は・う・た』って書いてある」
「……何のこと?」
三人は首をひねったが、玲奈は手を上げた。
「いろは歌……私、分かる」
「っ、やっぱり! 玲奈の国の言葉なのね! これで数字の意味が分かる!?」
「多分、えーっと」
(いろは歌に、この数字を当てはめろってことだよね。つまりこれは、上杉式暗号)
歴史が好きな玲奈は、すぐにピンときた。上杉謙信の軍師が生み出したとされる暗号。いろは歌を七×七のマスに当てはめて、文字と数字を対応させるのだ。
(13は『は』、22は……)
その時、ベルが鳴った。
「っ!」
(来た……! 早く解かなきゃ!)
「何の音?」
「……何か臭うぞ」
「何かって……」
「ックソ! 火だ! 火が迫ってる!」
「火!? そんな……動けないのよ!」
「この暗号を解くしかねえってことだろ!」
「……分かった! 私が環術で時間稼ぎしておく!」
「俺もやる!」
玲奈は、焦りながらも暗号を解き続ける。
「もう火が見えてる!」
「もう少し耐えろ!」
ナシュカとトキの奮闘を他所に、火はゴォォォと唸りを上げて迫ってきた。今にも、扉を越えようとしている。そして、暗号に向き合い続けた玲奈の脳内は、ようやく答えとなりそうなものに辿り着いた。
(っ、合ってる……!? 分かんない! でもっ!)
玲奈は暗号の答えを叫んだ。




