73話
「その子、名前は付けないの?」
「名前かあ……付けたほうがいいのかな」
「ずっと猫って呼ぶのも微妙じゃない?」
「そいつ、猫じゃないしな」
「付けてほしい?」
「ンマー」
「ほら、うんだって!」
実際の猫の気持ちは勿論分からないが、流れに乗って名前を考えることにする。
「猫か……ミケ、タマ……、ポチ、は犬か。えーと」
ペットを飼ったことがないので、メジャーなところをブツブツと唱えていく。猫はきょとんと玲奈を見つめると、お気に召さなかったのか、肩から飛び降りてととと、と先を歩き出す。
「あ」
その後ろ姿を見て思いついた。
「かみなり」
「マ!」
猫はくるんと後ろを向いて玲奈に向かって鳴く。
「カミナリ?」
「あの稲妻模様か?」
「単純」
「いいじゃん、分かりやすいでしょ! ねえ? かみなり」
「ンナァ〜」
「ほら、気に入ったって!」
「まあ、レナがいいんならいいんじゃない?」
イマイチ評判は良くなかったが、無事に名前は決まった。
「かみなりー」
「ンマァッ?」
「かっ……かわいい」
名前をつけると、途端に愛着が湧いてきた。透き通った金色の目は丸っこく、ちょこんと付いた鼻と口もキュートの体現だ。
「そんな得体の知れんもんによく可愛いとか思えんな」
「また、そんな捻くれちゃって。可愛いものは素直に愛でなきゃ損だよ」
「魔石から出てきた猫もどきをか?」
「もう、折角名前つけたんだからちゃんと呼んであげてよ」
リュウと軽い言い合いをしていると、トキがじっとかみなりを見ていた。
「どうしたの?」
「……いや」
「ふふふ」
「え、なになに」
どもるトキと反対に、ナシュカが含み笑いをする。何か掴んでいそうなナシュカに問うと、彼女は悪戯めいた魅惑的な表情でトキにずいっと距離を詰めた。
「トキ、猫が好きなんでしょ」
「っ……」
「図星ね」
「えー! そうなの? もっと早く言ってよー」
「そいつ猫じゃねえだろ」
「リュウは黙ってて! なんで分かったの?」
トキは顔を赤く染め視線を逸らしている。表情を変えないクールな男だが、猫に弱いとは意外な事実だ。
「ずーっと視線が追ってるもの。すぐ分かるわよ」
「へえ〜、トキってば可愛いとこあるじゃん!」
「……そういう反応をされるから言いたくなかったんだ」
「女ってのは隠すと余計に五月蝿くなんだよ」
「あら、経験者のような口ぶりね」
リュウはうげ、と舌を出した。
「でもリュウの言うことは一理あるかも。普通に猫好きなんだ、って言ってくれればそうなんだ、で終わる話じゃない?」
「……誰にも話したことなかったから、言おうと思わなかった」
(あんまからかうとかわいそうだし、この辺にしておこ)
ナシュカはまだニヤニヤとトキを見つめていたが、玲奈は先に船から降りた。
「飼ってたことがあるの?」
「いや、街の野良を見つけて、たまに可愛がってたくらいだ。懐っこいのを撫でるくらいしかしたことない」
「へえー、じゃあかみなり抱っこする?」
「えっ」
トキが爛々とした目で玲奈を見返す。
「……いいのか」
「うん。普通の猫と違って重くないけど。かみなり、トキに抱っこしてもらう?」
「マー」
「いいって。おいで」
「ンマー」
「お……おお……」
トトっと駆け寄ってきたかみなりをトキに渡すと、恐る恐るその体毛を撫で、抱き上げた。ふわふわの背中を通り、額に手を近づける。かみなりはその手に頬ずりした。
「うっ……」
「……泣くんじゃない?」
ナシュカが言ってるのはかみなりではなくトキのことだ。そのくらい、トキは感極まっているように見える。一通り堪能したらしいトキは、そっとかみなりを地面に下ろした。
「レナ……ありがとう」
「いや、そんなお礼を言われることでは」
「一生の思い出だ」
「大げさな……」
「ンナ!」
「逆に、リュウは猫嫌いなの?」
ナシュカは、微妙にかみなりと距離を取るリュウに聞く。
「そういう訳じゃねえけど……、その猫もどきは近づきたいとは思わない」
「えっ、何で?」
こんなに可愛いのに、と思いつつ、かみなりを見ると、心なしショックを受けているように見えた。
「かみなりはリュウが好き?」
「ナー!」
「うんだって。嫌ってたらかわいそうだよー」
「近づけんなって」
本当に嫌がっていそうなので、大人しく引き下がる。嫌がらせをしたい訳ではない。
「なんか……ソイツ……」
「ん?」
「いや……、何でもない」
リュウとかみなりは、距離を取りながらもじっと見つめ合っていた。
「まあそのくらいにして、早く行きましょ」
ナシュカの一声に、ようやく四人は止まっていた足を進め出した。




