68話
(――ッ!)
ハッと気付くと、またも、リュウとギドリーを見送ったあとだった。間一髪、湖に打ち付けられる前に逆廻したのだ。
意識を現在へ戻すと、玲奈はすぐに魔石を取り出し、走り出した。
「リュウ――――! 助けてッ!」
「はぁっ!?」
後ろでアルガンが慌てふためく声が聞こえた。そして、ワンテンポ遅れて玲奈を追ってくる気配。
(捕まったらアウト……! 気づいてっ……)
「リュウーーーーッッッ!」
「待てこの!」
少しずつ距離を詰められる感覚がする。六級持ちと言っていたが、玲奈に比べれば、遥かに躯術に長けている。必死に走り続けるも、終に後ろ髪が捕まり、引っ張られて地面に打ち付けられた。
「いっ……!」
「オイオイ、どうしたの急に。俺なんかした? 気に障ったなら謝るよ」
(女の髪引っ掴みながらよく言えるな!)
「……離してよ」
「急に悲鳴上げて逃げられたら、俺もびっくりしちゃってさあ」
(捕まったら、もうどうしようもないの……?)
諦めかけた玲奈だったが、俯いた先、光った魔石を見て心に光を灯す。
(いや、魔石がこの手にある内は諦めない!)
魔術の腕は向こうの方が上でも、まだ反撃の余地はある。玲奈は密かに風を起こしにかかる。そして掌の下にある砂利を掴んで、風と一緒にアルガンの目へぶちまけた。
「ッ! てめっ」
腕の力が弱まった隙に、アルガンの肘を狙って下から叩き上げた。
「ぐぁっ!」
(よし!)
肘ががくんと折れて、拘束が解けた。すかさず足に魔力を移し、走り始める。同時に、自分の真後ろから追い風を起こした。
一瞬でなく、継続的に躯術と環術を使うのは初めてだ。できるかどうかは分からない。でも、やらなければ。
「オイ! ざけんな待て!」
追いかけてくる声はまだ近くない。森の方角へ走る。
「リュウ! リュウーッ!」
(いない! どこまで行ったの!)
いや、ギドリーとアルガンの計画を思えば、連れて行かれたという方が正しいか。それなら、玲奈たちの声が聞こえないくらいには奥へ行ってしまっているのだろうか。
(そんな……)
森に入ると、木があちこちに伸びていて、全力疾走はできない。速度を落とさざるを得なかった。
(やばい、捕まるっ……いったんどこかに隠れて)
目についた茂みの中へ飛び込んで数十秒後、ガサゴソと音がした。アルガンが来てしまった。
(気づかないで……)
息を潜め、身を小さくする。心臓のドクドク鳴る音がやけに響いた。
(ここに飛ばされてきた日みたい……)
思い出す余裕などないというのに、こんなことを思ってしまうのは、現実逃避の一環だろうか。
(…………足音、聞こえない)
アルガンは遠ざかってくれたのだろうか。気配を感じないことを確認する。
(行った……?)
いつまでも待ってはいられない。リュウを探しに、と腰を上げた玲奈は、後ろにかかる黒い影に気づき、絶望に目を染めた。
「見ぃつけた」
「ヒッ――――」
首に手がかかる。絞められていく寸前で、玲奈は時を戻した。
* * *
(……どうしたら)
また時を戻した。隣にはアルガンが座り、落ち着き払った顔で佇んでいる。その姿が得体のしれない化け物のように恐ろしく、生唾を呑む。
(さっき、戻ってすぐに走り出した……最善を尽くしたのに駄目だった……私、アルガンに勝てないの……)
敵意を持って魔力を奮う人間に、勝てる力が玲奈にはない。
(六級持ちって言ってたけど、アルガンは強い……いや、石の等級と実力に直接の関係はないのか)
魔石の等級は、高いほど高価。それを買えるだけの危険な仕事をこなしたという裏付けだが、玲奈のような例外もある。
「あ……」
(そうだ。それを利用できれば、もしかしたら。勝てないなら、戦わない方法を……)
玲奈は少し考えた後、アルガンと目線を合わせ、顎を引いて背筋を伸ばした。
「どうした?」
「話がある」
「……なに、急に?」
「私たち、七級持ちっていうのは、嘘なの」
「嘘?」
「本当は……」
玲奈は懐から魔石を取り出した。輝きの深さに、アルガンは貴重さが分かったようだ。
「っ、それ……」
「分かる? 面倒事を避けるために偽ってたんだけど、あなたを見てたら考えが変わった」
「え……」
「私の魔石を奪うつもりでしょ」
「っ!」
図星を突かれたアルガンは驚愕する。小さく、「なんで」と呟いた。
「魔力、ずっと張り巡らせてるよね」
「っ、あんた……」
「視線、気配……見てたら分かった」
アルガンが一歩後退る。浮かぶのは怯えだ。
(怯えてる相手に、襲ってはこない……)
玲奈が狙われたのは、舐められたからだ。玲奈一人なら行けると踏まれ、リュウと引き離された。強者と思われるべく、芝居を続ける。
「このまま泳がせてもいいかと思ったけど……一つ提案がある」
「……なんだよ」
「私たち、仲間と逸れたって言ったけど、あれも嘘。本当はケンカ別れしたの」
「は、なんで」
「馬鹿らしいけど、痴情のもつれ」
「迷宮で、生きるか死ぬかってときに?」
「だから、馬鹿らしいって行ったでしょ。勿論、完全に別れてしまうのはリスクが高すぎるから、落ち合う日時は決めて、一度別行動を取ることにしたの」
「……まあ、賢いとは思えないけど、男と女ってのはそんなもんか」
「そうかもね。……で、提案だけど、仲間を交換して私たちと一緒に組む気はない?」
「俺らが、あんたらと……?」
「険悪な関係の中進むぐらいなら、相手を替えたい。アルガンたちからすれば、実力ある人間の方が利があるでしょ」
「そりゃそうだけど……」
「……すぐに決めろとは言わない。私もリュウに相談したいし、一度合流しない?」
「……ああ、分かった。ここは暑いし、森に入って二人を追おう」
「うん」
アルガンから二人を追うと言ってくれたのは助かった。やはり、呼ばないと帰ってこないような所まで行っているのだろうか。涼しい顔をしながらアルガンの隣を歩くも、内心は早鐘が鳴り立てていた。




