63話
しかし、結局、木の天辺から水壁へ移ろうという試みは上手く行かなかった。
「圧倒的に出力不足ね」
「ぐぅ……」
「躯術の効力をこっから二段階は上げないと無理ね」
玲奈は魔術をまだ十分に扱えていない。皆が超えられる壁を超えられない。それは、一夜漬けで手に入る代物ではない。
「別の手を考えなきゃか」
「なら、一度皆と合流して……」
合流、の言葉にギクリと体を跳ねさせた。
「ちょっと一人で考えてちゃダメ?」
ナシュカは呆れ顔をした。
「だってこのまま戻ったらまた、大人しくしてろって言われるじゃん……」
「…分かった。なら、私もここにいる」
「ありがとう。ごめん」
「全く、手のかかる子ね」
ナシュカの言い様は、まるで姉のようだった。
ナシュカは玲奈が視界に収まる所で、水壁の攻略に挑んでいる。その傍ら、玲奈は壁の下で水とにらめっこだ。何度失敗しても、試行錯誤は止めなかった。大人しく、皆の助けを待つだけは、できない。
一方で、トキのことはずっと心に引っ掛かっていた。関係を修復したいけど、ナシュカの言う通り、玲奈は一度謝ったわけで、ここからどうしたらいいというのか。
「今日はもう終わり。晩御飯にして、明日に持ち越そう」
となれば、流石にトキと顔を合わせることになる。不安な表情がありありと出ていたようで、ナシュカは笑っていた。
「大丈夫よ。アイツ結局、レナが心配なだけなんだから」
四人で火を囲み、気まずい夕食を取る。今日の成果を一通り話してしまうと、後は雑談くらいしかすることがない。いつもは取り留めない話に花が咲く所だが、本日は静まり返っていた。
「…………」
「…………」
(怒ってる)
盗み見たトキは玲奈と目線を合わせようとしない。据わった目が怒りを感じさせる。話しかけようとするも、何を言ってもまた怒らせてしまいそうで、そのまま口を閉じた。
黙々と食べ進めるので、何時もより早く食事が終わった。ナシュカは空気を変えるように手を一つ叩いた。
「明日の戦略を練りましょう。レナ、考えがあるんでしょ」
「……うん」
「まだ懲りてないのか」
トキが玲奈を静かに見つめた。
「そんな言い方ないでしょ」
「俺はレナと話してる」
「辞めろよ。みっともねえぞ、お前」
トキの強い口調に、リュウも待ったをかけた。トキは益々苛々とする。
「関係ないだろ。入ってくんな」
「四人でパーティー組んでんだから、関係ないはねえだろ」
トキはリュウを睨むと、黙って席を立ってしまった。
「私、行ってくる」
玲奈は立ち上がる。
「大丈夫かよ。アイツ、気ィ立ってんぞ」
「……うん。でも、行かないといけないと思うから」
玲奈は、トキを追いかけた。
「っ、トキ!!」
「……」
「ごめん! 昨日のことも、今までずっと……心配かけてばっかりで、ごめん」
「…………」
玲奈はしっかりと直角に頭を下げた。そのままでいると、たっぷり時間を置いてから、冷たさの取れた声がかけられた。
「頭上げろ。俺も悪かった。昨日は完全に言い過ぎた……さっきも熱くなってた。ごめん、レナ」
「ううん」
見上げたトキは、バツの悪そうな顔をしていた。ようやくの雪解けに、玲奈からは笑みが溢れた。
今日一日、距離を取りながら、トキのことを考えた。彼は玲奈が時間を巻き戻せることは、知らないのだ。大怪我、下手したら死ぬかもしれない玲奈の行動に激怒したのは、迷惑だからか。違う、心配したから。
(本気で心配してくれたから、本気で怒らせた)
リュウが危険な行動を取った時、玲奈も肝が冷えた。感情をコントロールできたのは、リュウに万一のことがあっても、逆廻という、何とかできそうな手立てを持っているからだ。
「言い訳に聞こえるだろうけど、何もできないなんて、思ってない」
「うん、大丈夫。実力が足りてないのは、本当だから」
「でも、それを補おうと努力してる。それを手助けしたいって、お前の良い所だって言ったのは俺なのに、否定してごめん」
玲奈は首を振った。トキの気持ちは、十分伝わった。今度は、玲奈が気持ちを伝える番だ。
「私、皆……特にナシュカに、劣等感があって。何とか追いつきたいって、そう思って、無茶しちゃったの」
「……俺も、リュウに対抗心が少なからずあるから、分かるよ。お前には比べないでいいとか言っといて、格好悪いけど」
思い返すと、確かにトキはリュウにきつい。
「信用するなって言ってたのもそういう気持ちがあったから?」
「……どうだろうな。腑に落ちない所があるのは本当だけど、苦手意識がそうさせてないとは言い切れない」
(トキもこんなこと思うんだ)
劣等感や苦手意識。トキのように格好良くて、優秀な人でも、玲奈と同じような感覚をもつのだ。
「トキは……あんまり、感情に振り回されない人かと思ってた」
「買いかぶり。感情を完璧にコントロールなんてそうそうできない」
「……うん」
共感してくれると思うと、気が楽になって、玲奈は自分の不安やもやもやした気持ちを、次々とぶちまけていった。トキは静かに耳を傾けてくれた。
「……で、考えがあるって言ってたな」
「……うん」
「大丈夫。無茶が過ぎると思ったら、止める」
「分かった」
玲奈は、トキに話した。




