62話
彼が陽菜を好きになったみたいに、トキも、当たり前に、ナシュカを良いと思ったんだろう。
(昔は、それを不公平だと思ったけど……)
目を瞑っていたら、いつの間にか寝ていた。起きると、トキもナシュカも、いつも通り、雑魚寝している。それを目に入れて、そっと立ち上がり、川に顔を洗いに行く。
(今は、違う)
美人は得だ。何もしなくても、異性から好意を寄せられて、優しくしてもらえて。しかし。ならば、美人じゃない玲奈は、努力しただろうか。魅力的に見てもらえるように、何かしたか。
何もしていない。その癖に、僻みだけは一丁前で、そんな人間を、誰が好きになるというのか。
(変わりたい。待ってるだけじゃ駄目だ。自分で、自分を変えなきゃ)
玲奈は、水壁の端まで歩くことにした。何か進展の糸口を見つけるためだ。
「着いた……ここが終わり」
水の壁の途切れ目は、底の見えない、真っ暗な崖に繋がっていた。つまり行き止まりだ。
(やっぱりこの壁を越える以外ないか)
後ろを向くと、水壁から十メートル程離れた場所に大きな樹木が一つ、生えていた。
(あそこに登れば)
ものは試しと、躯術を使ってするすると登っていく。一番上まで登ると、壁の頂上とほとんど変わらない高さだった。ここから壁までは十メートルくらいだろうか。そのくらいなら、玲奈の力で跳躍できる筈だ。
(皆に言っといた方がいいかな……)
普通なら、落ちたらタダじゃ済まない。でも、玲奈には逆廻という奥の手がある。そもそも、この距離なら玲奈の力でも届く。そして壁に到達すれば、その後失敗しても、逆廻に頼らずとも、命の保証もある。
(私も、一人で……)
いつまでも、足手まといのままでいたくない。守られるだけなのは嫌だ。
(ナシュカみたいに……)
同じ性別。同じ年頃。でも、ナシュカは自分とは、全く違う存在だった。実力で皆を引っ張る彼女に、少しでも追いつきたい。
玲奈は意を決した。大きく踏み込み、水壁の上へ向けて跳躍する。跳び上がった瞬間、かくんと足が折れた感覚がした。
(え……?)
躯術で強化された筈のバネは、十メートルの先の水壁に遠く及ばず、木の下の硬い地面へ体を投げ落とした。
『魔力切れっつって、ショートを起こすことがあんだよ』
(魔力切れ……!)
やらかした、そう思うのも束の間、失敗を悟り玲奈は目を瞑る。同時に、鋭い声が鼓膜を切り裂いた。
「レナッ!!!」
トキの声だ。カッと目を開ければ、真下までリュウが駆け寄っていた。玲奈を受け止めんとする姿に、一瞬迷ったものの、逆廻せずにリュウの腕へ落ちていった。リュウはそれを難なく受け止めると、ドサ、と地面へ落とした。
「痛っ」
「っ…………この阿呆!!」
「ひっ」
トキが追いつくや否や、玲奈に暴言を吐いた。
「何一人で無謀なことしてんだ! 気付いてなきゃそのまま死んでたぞ!」
「……ごめん」
失敗しても時間を巻き戻せば大丈夫、とは誰にも言えない秘密だ。玲奈は叱責を飲み込むしかない。
「何もできねぇんだから大人しくしてろよ!」
「っ……」
その言葉は、玲奈の心に重くのしかかった。
「……トキ、言い過ぎよ」
「この位言わなきゃ分からないだろ」
座り込む玲奈を冷たい目でひと睨みすると、トキは背中を向けて去って行った。
(何も出来ない……か)
その通りだ。足を引っ張ってばかりで、三人の役に立つことはできず、やっとの事でへばり付いてここまで来た。それが嫌で、自分を変えたいと思っての行動だったが、結局、迷惑をかけて失望されてしまった。
「……レナ」
ナシュカが玲奈に合わせてしゃがみこんだ。
「あいつ、熱くなりすぎね」
「……何もできないのは、事実だから」
「私はそうは思わないけど」
そのフォローに何と返せばいいか、言葉が出てこないでいると、ナシュカは玲奈と目をしっかり合わせた。
「本音だよ。崖を登れたのもレナの力。今だって、皆を頼らずに頑張ろうとしてるの、私はいいことだと思うよ」
「……そう、かな。結局、迷惑かけてる」
「そりゃ、結果は良くなかったけど。甘えてばっかじゃ、何もできない人間になる。それが嫌で頑張ってるんじゃない。リュウも同意見?」
「否定はしねえけど、一言声かけても良かっただろ」
「まあ、それはそうね」
リュウは玲奈に目線を向けた。
「勇み足。突っ走りすぎ」
「……うん。ごめん」
「分かってんならいい。そもそも、俺はあんま強く言えねえし」
「確かに、リュウは昨日似たようなこと言われたばかりね」
「……でも、俺は覚悟はあった」
「覚悟?」
聞き返すと、リュウはどこか暗い目で、玲奈に忠告した。
「死ぬ覚悟を持ってねえんなら、突っ走るのはやめとけ」
(それって……)
そう言うと、リュウも背中を向けて行ってしまった。リュウの言ったことも気になったが、今は、トキのことが先決だ。
「……どうしよう、トキに謝らないと」
「レナは怒られた後、ごめんって言ってたじゃない。その後のはどう見てもアイツの言い過ぎよ。放っときな」
「ええ? こんな状態なのに?」
「あのね。あんた、あんなこと言われて悔しくないの?」
「……悔しいよ」
何もできないのは事実だけど、だからできるように頑張ってるんだ。
『何もできねぇんだから大人しくしてろよ!』
その鋭い棘は、胸に深く突き刺さった。
「レナが反省すべきは、誰にも言わないで危険なことをやろうとしたこと。で、今あんたがすべきことは?」
「……やってみたい事があるの。ナシュカ、見てて貰えない?」
ナシュカは「そうよ」と言わんばかりの顔で頷いた。




