61話
――結果。できそうな感覚は、全くなかった。
「…………」
「駄目だな」
「待って! 諦めないでリュウ! 私頑張るから!」
「お前がどうってより、状態変化は環術の中でも難しいんだよ。ここに時間割くより、別の方法考えた方が良い」
「…………」
一方、その間にトキとナシュカは、何度か水の壁に挑戦していた。二人も水の手から逃げる突破口が見えず、苦戦している。深刻な表情で話し合いをしている所に、そもそもこの壁の高さを越えられない、と相談するのは気が引けた。
(また私だけ、皆より遅れてる)
リュウには無理だと言われても、何もせずにはいられない。何とか追いつこうと、進展が見られない中でも魔術の練習を続け、一日が終わった。
夜ご飯を終えると、皆から離れ、一人になれるところへ来た。
(崖登りの時みたいに、何とか私にできる方法を見つける)
一時間程、そこにいただろうか。どれも上手くいかなかった。凹む気持ちも勿論あるが、いつまでもそうしてはいられない。気を取り直し、今日は一旦休もうと腰を上げる。
(……ん?)
皆の元へ戻る道すがら、微かな物音が聞こえた。迷宮に入ってから、動物は目にしていない。玲奈は深く考えず、その物音に近づいた。
(何だろ……)
「――っ!!!」
視界に入ったのは、一組の男女が、抱き合う姿だった。
「ぁ……、トキ……」
「ん……」
二人の熱い口付けの音が、生々しく森に響いた。玲奈に背を向けるトキの首元に、ナシュカの白い腕が回っている。
頭で考えるより先に、玲奈の足はそこから離れた。
(びっ……くり、した……)
「戻ったか」
「あ、うん……」
リュウの姿にほっとする。
「早く寝て回復しとけよ」
「そう、だね」
「……どうした、お前」
「いや、何でも! おやすみ!」
心ここにあらずといった玲奈の様子に、リュウは怪訝な顔を見せた。慌てて誤魔化し、寝入る体勢になる。横になってからも、目の裏に、先程の光景が焼きついて離れない。
(そっか……ナシュカ、言ってたもんね……)
トキかリュウ、どちらかと恋愛関係になってもいいかと、確かに聞かれた。あれは、ナシュカの冗談ではなかったのだ。
そして、恐らく誘われたトキは、断ることなく、頷いた。
(そりゃそうか。あんな美人で、魔術の腕も抜群で。断る理由がない)
そう思う理性と裏腹に、どこかトキへ落胆する自分を感じていた。
(比べないでいいって言ってくれた。でも、もし私が好きだって言っても、トキは頷かないんだろうな)
ナシュカと比較しないでいい。玲奈には玲奈の、良い所があると、そう励ましてくれた気持ちは嘘だったと思わない。だが、ナシュカを魅力的な女性だと思う気持ちも、しっかりとトキは持っていて。それは、多分玲奈には抱かない気持ちなのだろう。
どうしたって、落ち込む自分がいた。
(……前も、こんな気持ちになったことあったな)
玲奈は、懐かしい記憶を、思い出していた。
中学二年生、夏。
席替えで後ろの席になった男子と、好きなバンドが同じで、よく話す仲になった。彼は目立つタイプではなかったが、細身ですらっと手足が長く、良く見れば整った顔立ちをしていて、玲奈は彼に恋をした。
二学期になって席が代わると、話す頻度は減ってしまったが、たまに一人でいるのを見かけると、うきうきと話しかけに行って、その会話を大事にして。バンドの新譜の話で盛り上がって、古いアルバムを貸し借りした。
彼も、少なからず、玲奈のことを意識してくれているのではないかと、期待した。
それが勘違いだったと気づいたのは、冬。
「えーっ! 陽菜、高井くんと付き合ってんの!!?」
「ちょっと、声大きいって」
(え……?)
高井、というのは、玲奈が好きな男子の名。そして陽菜は、クラスで一番可愛いと評判の女子だった。付き合ってる、そのビッグニュースに、クラスの女子たちがわっと盛り上がる。
「向こうから告られたの?」
「うん」
「びっくりー! 二人仲良かったっけ?」
「ううん、全然話したことない。たまに部活の時に挨拶するくらい」
「あー、二人ともテニス部だもんね」
「それでオッケーしたの?」
「うん、迷ったけど……、結構格好良いなって」
「分かる、私授業中こっそり横顔見てる」
「隠れイケメンだよね」
「目立たない系だけど、言われると確かに」
「でも高井くんって、そんな積極的なタイプだと思わなかった。告ったりするんだ」
「ねー、意外」
「陽菜の可愛さの前では豹変しちゃうってことじゃない?」
「もう、からかわないでよ」
陽菜は、美人なのを鼻にかけない、穏やかで優しい、良い子だった。
でも、二人は仲良かった訳ではなくて。挨拶するくらいの仲で。それでも彼は、趣味の話で盛り上がっていた玲奈じゃなくて、全然話したことのない、とっても可愛い女子を、いいなと思っていた。
玲奈なんか、眼中になかった。
(結局、見た目なんだ……)
二人の交際はそう長く続かず、学年が変わるころには別れたと聞いたけど、玲奈はその後、彼に話しかけることはなかった。




