60話
「――――――ッッッ!!」
「リュウ!?」
「大丈夫!? 何があったの?」
リュウは水の壁の前に、膝をついていた。ゼェハァと荒い息を、何とか落ち着ける。
(……死んで、ねえか……ここは……)
「戻った、のか」
「え?」
「……どう見えてた」
「えっと、リュウが上まで飛び上がったあと、滝の向こう側に姿が消えて……暫くしたら、急にドサっ、て音がして、気づいたらそこにいた」
玲奈は見たままを伝えた。リュウはそれを聞くと、続けて喋りだした。
「滝を越えてったら、後ろから水の手が現れて、掴まれて、意識を失った。気づいたら、ここにいた。意識を失ったら強制的にスタート地点。崖登りと似たような魔術がかかってんな」
リュウは冷静に分析するが、玲奈はそんな気には到底なれない。
「それって……魔術がかかってなければ、死んでたってことでしょ……、なんでそんな無茶をっ」
「リスクを取らねえとここをクリアするのは無理だ。怪我なかったんだし、結果オーライだろ」
「あんたねぇ……結果オーライともいえるけど、レナの言う通り。死んでた可能性もあったのよ」
女子勢の苦言に、トキも続く。
「お前は良いのかもしれないが、死なれて残された俺たちはどうする。四人いないと出来ない試練が出てくんだぞ」
「そう言ったって、滝から手が生えてくるなんて予想つくわけねえ。遅かれ早かれこうなってただろ」
「お前な」
「……もうやめましょ。今は無事を喜んで、次の作戦を考える方が建設的」
トキはまだ不服そうだったものの、ナシュカに頷いた。三人は、次の戦略を話し始めた。玲奈は一人、まだ心臓がバクバクとして平常心に戻れないでいる。
(今回は助かったけど、次は誰か、死ぬかもしれない。私が巻き戻せば、問題ない……の?)
玲奈が大量出血すれば、アウトだが、玲奈さえ無事ならば、逆廻は使えるはず。誰かが大怪我をしても、死んでも、元通りになるのか。しかし、こればかりは試しようがない。
(……もしかしたら、死だけは覆らない、なんてことがあるかも……)
そう思うと、やはり慎重を期すしか、道はなかった。
水の壁は高さ三十メートル。厚さ五メートル。越えた向こうは激流で、真下には滝壺がある。躯術で体を強化すれば、滝壺に落ちるのは一見問題なさそうだが、その前に、滝の中から水の手が現れ、行手を阻まれる。壁の終わりは断崖絶壁で、これ以外に道はない。
唯一の希望は、失敗しても死なず、水壁の下に戻ること。
「さ、どうするか」
「水の手はどのくらい追ってくるの?」
「さっきは滝から一メートルも離れてなかった。三、四メートル離れたらいけるかもな」
「まずはそれを確認しよう」
ナシュカが飛び上がるが、頂点までは届かない。
「高いなぁ……、どうしよう」
「環術を使うしかないな」
「うーん、しょうがないか。スタート地点に戻っても、魔力は減ってるのよね」
「ああ」
(ナシュカで駄目なら私、絶対無理では)
ナシュカは少し考え、最適解を即座に導き出した。
「途中で、足場の一点だけ、水を凍らせる。それくらいなら魔力の消費量はそこまでじゃない」
「……確かにな。それなら、上までは行ける」
(なるほど……それなら、私もできるかも)
ナシュカは一息いれると、壁の上へ向かって跳躍した。壁の上部で失速すると、自身の体に桃色の光を纏う。そして水の壁の一部が、パキ、と音を立てた。
「凍った……」
そこを踏み上げて、もう一度跳躍する。壁の頂点を遥か高く越し、すぐにナシュカの姿は見えなくなった。
数分後。リュウと同様、ナシュカも突然、地面に出現した。
「ハァっ、ハァ……!」
「ナシュカ! 大丈夫?」
ナシュカはそ荒い息のまま、ぐったりと座り込んだ。疲弊は当然だろう。溺れて意識を失うまで苦しんだ、直後なのだ。
(さっさと立ち上がってたリュウがおかしいんだ)
ナシュカは暫くへたり込み、やっと顔を上げた。
「大丈夫、だけど……これ、精神的にきついかも……」
「暫く休んどけ」
「うん……」
「距離を取っても駄目だったか」
「うん。五メートルくらい開けたんだけど、水の手は伸びてきた。距離があれば大丈夫って線はなし」
「……どうするか」
「俺も一度やってみる。何か案を見つけられるかもしれない」
「なら、私も」
玲奈は挑戦しようと決心するが、リュウが待ったをかける。
「水を凍らせるのは、風を操るより、かなり難易度高ぇぞ」
「えっ」
「風を起こすのは、そこにあるもんを移動させるだけだが、凍らせるには状態を変化させる必要がある」
「……練習する」
玲奈はリュウの指導のもと、水を凍らせる環術に挑戦した。




