6話
窮地に陥った玲奈に、救いの声がかけられた。
「こっち」
「え……」
その声に顔を上げるや否や、長い腕が玲奈の腰を拐った。
「わっ、何」
「静かに」
金糸が視界で揺れる。衛兵ではなさそうだった。かろうじて見える横顔から、蜂蜜のような黄金の瞳が涼やかに輝いていた。
「助けてあげるから、大人しくついておいで」
「へ……」
信じていいのかは分からない。でも、それに縋るしか、今の玲奈に選択肢はない。
(敵だったら、また時間を戻せばいい)
そうやって自分に言い聞かせ、彼に付いていく。彼は隠すように玲奈を抱えながら、一本道だった壁の一部を手のひらで押した。すると、そこはギギ、と鈍い音を立てて向こうへの道を開かせた。
「えっ」
「衛兵はここの隠し通路を知らない」
「……あなたは、一体」
「入って、静かに」
背中を押され、壁の向こう側へ移動する。隠し通路を閉じるとすぐ、手を引かれて死角になってる場所へ押し込まれた。直後、閉じた壁の向こう側にチャカチャカと、衛兵たちの武装の音が鳴り響く。
「いないぞ!」
「一本道だ、この先にいる! 進め!」
声が小さくなると、「行くよ」とまた腕を取られた。小走りで、ぐねぐねと道なき道を逃げて行く。
「あの、これどこに行ってるんですか」
「城の外。きみが生き延びるには、一旦ここから離れるしかない」
「城……」
あの処刑場のような場所には、王族と思わしき人達がいた。ここは彼らの本拠地、住処だということか。
「あなたは」
「サディでいい。きみは?」
「玲奈です」
「レナ、時間がない。手短かに言うよ」
「は、はい」
サディと名乗った男は、開けた草っぱらに出ると、ようやく足を止めて、玲奈に向き合った。
(わっ……かっこいい……)
正面からまじまじと見て、その美しさに驚く。切れ長の黄金の瞳に見下されると、息がし辛くなった。玲奈より頭一つ分背が高く、身長は百七十センチ半ばほどだろう。ふわりとした金髪の髪は、先端が癖で跳ねている。王子様みたい、と夢見がちなことを思ったが、サディの言葉で現実に引き戻された。
「俺はこの先、ついて行けない」
「えっ! な、なんで」
「今日はきみのことで城がゴタゴタしてる。俺は目をつけられちゃっててね。城の外に出るのはまずい」
「でも、私これからどうすればいいのか、全く」
「そうだろうとも。それでも、今はきみの力で逃げ延びるしかない」
それはショッキングな発言だったが、下を向いている時間など、この世界は、玲奈に与えてくれない。
「いい? ここを出たら、ロメールという街へ行け。ナウファルという酒場がある。そこで店主のエゼルという男に、『ヤザンの遣いで、葡萄酒を受け取りに来た』と言うんだ」
「ま、待って。ロメールの、ナウ、なに?」
「ロメールの、ナウファルという店」
「ロメールの、ナウファルで、エゼルに『ヤザンの遣いで葡萄酒を受け取りに来た』」
「そう、合ってる。忘れるなよ」
どっと伝えられた情報を、必死で脳に叩き込む。サディはそれを尻目に、草や石をかき分け出した。そこから出てきたのは、木の板だった。ガタガタと揺すってその板を外すと、玲奈がギリギリ通れる程の地下通路が下に伸びていた。
「ここから城の外に行ける。路地裏に出るけど治安が悪いから、さっさと明るいところへ走れ」
「うん」
「じゃあ行きな」
その言葉に従い、背を向けた玲奈だが、もう一度振り返ると、最後にサディに聞いた。
「あ、あの……また会える?」
「レナが生き延びれば、必ず」
「……ありがとう。助けてくれて」
サディは手をひらりと返した。玲奈が通路に伸びた梯子を下っていくと、板が戻され視界が暗くなる。サディが玲奈を隠してくれたのだ。
「……行かないと」
玲奈が行ったのを見届けて、サディは草で完全に通路を覆い隠すと、足早に去っていく。
(また会えるといいけど……さて、彼女の運命はどっちかな)
「殿下! サディ殿下! こちらにおいででしたか!」
「危なかったな……時間切れか」
遠くから走ってくる護衛、という名の監視役を視界に入れ、サディは目を細めた。
「今日は大人しく部屋にいてくださいと申したでしょう! 私がロアン殿下に睨まれてしまいます」
「はいはい、悪かったね」
この男は、兄――ロアンの部下だ。サディが王城に居る間のお目付け役。サディ自身の腹心も、何らかの監視がつけられてるはず。今は大っぴらに動けない。
(頑張れよ……、レナ)
サディにできるのはここまでだった。




