59話
「しかし、景色が変わらないわね」
「うん……結構歩いてるよね」
崖登りの試練を突破してから丸2日。ゲートに向かい歩き続けているが、特に何も起こらず、ひたすら似たような森と草原を見ている。
「足痛ぁ……」
「休むか?」
「ううん、ごめん。そこまでじゃない」
トキが心配してくれるのだが、皆の歩みを止めたいわけではない。
「平気なら言うなよ」
「ちょっとくらい良いじゃん。まだ平気だけど、痛いは痛いの」
「軟弱」
「リュウと比べないで!」
その後の小休憩時。二人になったタイミングで、ナシュカがこそっと耳打ちする。
「レナはトキとリュウ、どっち派?」
「どっち派? 何の話?」
「男として、どっちが魅力的かってこと!」
「……!? どっちもそんな風に見てないよ!」
「あら、そうなの? 二人ともタイプは違うけど相当良い男じゃない。目移りしちゃわない?」
「めっ……」
「正直になりなさいって。二人に伝わるわけじゃなし」
(そんな風に、全く見てない……は、嘘だけど……)
だって、ナシュカの言う通り、二人はめちゃくちゃイケメンである。玲奈が困ってる時に、さっと駆け寄って助けてくれるトキ。からかいながら、玲奈の緊張を解してくれるリュウ。平常時ならば、恋に落ちていたかもしれない。
ただ、今は命をかけて迷宮に挑んでいる真っ只中で、その余裕はない。そして、理由はもう一つ。
「……私、失恋したばっかで」
「なら尚更でしょ。失恋を癒すなら次の恋よ」
「そんな気になれないよ」
良い終わり方ではなかった。何なら、始まってすらいなかったものを、強制シャットダウンされて、蓋をしている感じだ。
格好良い。優しい。そういう異性の一面にはしゃぎはすれども、恋愛に踏み込むには、傷は新しく、まだ痛い。
ナシュカは玲奈の表情を見て、「ふーん」と考えこむ。
「じゃあ私、どっちか行ってもいい?」
「……え?」
何を言われたのか、聞こえたけれど、処理が出来なかった。ナシュカは、にっこりと微笑んだ。その姿は、息を呑むほど美しかった。
何か言わなきゃ、と半端に開けた口は、トキの声によって遮られた。
「そろそろ行くぞ」
「はーい。行こう、レナ」
「……、うん」
(冗談? それとも)
ナシュカが本気だったとして、玲奈に止める権利などない。それでも、止めてほしい、そう本能的に思った。
(恋愛する気ないとか言っといて……)
トキとリュウが、ナシュカに取られると思うと、咄嗟に危機感や嫌悪感が浮かんだ。取られる、なんて、まるで二人が玲奈のものかのようだ。
(私に、そんなこと言う資格なんてないのに)
ナシュカに言い寄られたら、トキもリュウも、悪い気はしないどころか、応える可能性は高いだろう。
玲奈が感じていた、ナシュカへの劣等感。それが、どんどんと、色を濃くしていた。
* * *
先の崖から歩き続けて三日。ようやく、次の試練が現れた。
「今度は滝か」
「これはまた……高いわね」
三十メートルを超える水の壁が、四人の前に立ちはだかっていた。
「水がどれくらい厚いのか分からないな」
「一回超えてみるしかないか。これはリュウでも魔術を使わないと無理よね」
「水は蹴って登れないからな。でも、まだ一度も魔石使ってねえし、身体能力なら俺が一番だろ。行ってくる」
リュウが名乗りを上げた。前の崖登りを見ていれば、止めるものはいない。気休めにもならないだろうが、玲奈は声を掛けた。
「気をつけてね」
「ん」
リュウは躊躇うことなく、魔石を砕き、助走をつけて上へ跳躍した。
「高い!」
玲奈は思わず歓声を上げた。リュウの体は三十メートルの水の壁の天辺を容易く越した。
(厚さはそこまでじゃねえ。三、四メートルってとこか。向こう側は……)
壁の向こう側は、真下に向けて激流が落ちている。その下の滝壺は、流れはない。リュウは上空へ向かいながら、下を見下ろした。
(滝壺に落ちれば怪我はしねえな。越えるか)
少し迷ったが、リュウは決意した。リスクはあるが、このまま戻ったら、魔石を無駄に消費しただけになる。上空で反動をつけて体を傾け、水の壁の向こうへ乗り出した。どうせ、いつかは行かなきゃいけないのだ。
滝にのまれないように距離を取って、落下していくリュウは、上空から刺した影に、すぐに気づいた。
「なっ、」
上を仰いだ時には、遅かった。影の正体は、背後からリュウの体を捕まえると、滝の中へその体を引きずり込んだ。
「っ……!!」
(クソっ、解けねえ)
それは、水だった。水が人の腕の形を模し、リュウの腹を引き寄せ、逃さない。なす術なく、リュウは水の中へ引き込まれた。必死にもがくも、全く力は緩まない。
(っ……、意識が……)
体内の魔力は、使い切ってしまっている。再び魔石に手を伸ばそうとするが、水の腕に手を絡め取られ、どうしようもない。
(……そうか。やっと……、俺は……)
息が続かなくなり、リュウは意識を失った。




