58話
(足の裏から、脳まで吹き抜けるように!)
風が巻き起こった。崖の下にいたトキとナシュカは、強い風によろめく。
「うわっ! なに」
「……レナ、あいつ」
トキは目を瞠って、崖にぶらさがる玲奈を見あげた。
玲奈の下から、風が吹き上がるのを感じる。風が体に当たる。
(今だ!)
「来い!」
リュウが崖の頂上から一つ降りたところで待機している。その腕は、玲奈に向け、伸ばされている。玲奈は風に乗って、リュウの手を目掛けて飛びついた。
「あ、っ……!」
(届かなっ……)
リュウの手まで、あと数センチのところで、玲奈の上昇は、ストップしてしまう。反対方向へ滑落していく体。
(だめ……)
「っっ……待てオラァぁぁ!!」
(リュウ!)
見かねたリュウは、下にずり落ちて玲奈の腕を掴まえた。まだ風は吹いている。リュウは殆ど指一本で掴まりながら、反対の腕で玲奈を釣っている。
「っ……」
「クッソ……、投げんぞ!!」
「へっ、ぎゃああああっ!」
文字通り、ぶん投げられた。玲奈は上に吹っ飛び、崖の頂上でうつ伏せにズサッ、と地に落ちた。
「痛たぁ……」
「お前ら、登ってこい!」
崖の上から、リュウが二人に呼びかける。玲奈の様子を固唾をのんで見ていた二人は我に返り、魔石を取り出した。
リュウはトキとナシュカが登り始めたのを見届けると、伸びている玲奈の後頭部に向かって声をかけた。
「大丈夫か」
「うん……めっちゃ痛いけど何とか……」
「お前が届かなかったのが悪い」
「自覚してます。助かりました。ありがとう」
「おう」
リュウは口の端を上げた。玲奈もようやく体を起こし、リュウと顔を合わせる。
「やったじゃねえか」
「……うん。やった」
そこでやっと、笑みが溢れた。
「レナ!」
「あっ、二人とも!」
「間に合ったな」
四人が、崖の頂上で揃った。ということは。
「崖の試練突破だーー!!」
「凄いよレナ! 環術を使ったの!?」
「そう。えへへ」
玲奈の登頂を可能にしたのは、環術。風を巻き起こし、体を軽くし、届かないはずの飛距離を稼いだのだ。
「いつ使えるようになったんだよ。驚いた」
「実は昨日、リュウに教えてもらって」
それは昨日、トキと別れたあとのこと。
(躯術だけじゃ、私にはこの崖は無理)
玲奈の元の身体能力。躯術の出力レベル。二つを掛け合わせた最大値は、見えてしまった。そして、無理だと、悟る。
違う方法を考えなければならない。思い出したのは、ナシュカの提案だ。
『突風を下から起こして、レナの体を上まで運ぶ――』
「突風で体を浮かす……いや、躯術もまだまだなのに無理か」
「そうでもないぜ」
「ひょっ!?」
急に話しかけられ、足が浮いた。
「そんな驚くか? ビビりすぎだろ」
「リュウか〜、もー驚かせないでよ」
不満を訴えるもリュウは気に留めない。
「それより、さっきの」
「ん?」
「環術を試すのはいいと思う。一回やってみろよ」
「やってみろと言われましても……難しいんでしょ?」
「躯術より環術の方がすんなり会得できる奴もいる。今やろうとしてるのは風の操作だろ。細かいコントロールは要らねえし、望みはある」
「へえ……ってか、その口ぶりだと、リュウも使えるってこと?」
「あー……まあ、昔は。今は魔石がないから無理だけどな」
「ふうん」
色々事情があるのは突っ込むまい。それどころではないし。
「って言っても、どうやるの?」
「体内の魔力を、体に纏わせる。体の外と内を魔力で繋げるイメージだ。魔力を媒介に外部環境へ干渉する。今回なら、風を操るわけだ」
「……えっと」
「習うより慣れろだ。やれ」
そして、リュウの指導のもと、環術の習得に挑戦する。
一時間後、崖下の玲奈とリュウを取り囲むように、風が吹いていた。
「よし、できたな」
「……凄い」
「言ったろ。躯術よりやりやすいって奴もいるんだよ」
「…………」
確かに、玲奈が環術の方が適性があったというのも、あるかもしれない。しかし、玲奈がこの短時間で風を操れるようになった立役者は、確実にこの男だ。
(リュウ、凄い。うまくできない理由を、的確に見抜いて、アドバイスして……)
「リュウって、かなり魔術に詳しいの?」
「あ?」
「すっごい分かりやすく教えてくれたからさ」
「お前は単純だから、何に躓いてんのかくらい、見りゃすぐ分かる」
「……うん。もういいです」
「一応できたが、威力はこれが精一杯か。多少は飛べても、頂上まで吹き飛ばせるかっつうと、微妙か」
「……どうしよう」
「しゃあねえな。手伝ってやるよ」
玲奈が風に乗って跳躍したとして、ギリギリ手が届きそうな所。そこでリュウが待ち構え、最後は玲奈を引っ張り上げるという作戦を聞かされた。
「流石に、掴まるもんが何もない所で張り付いてられねえからな。あそこのポイントまでは自力で来いよ」
リュウが指差した場所を確認し、頷く。
そして、今日に至った。
「ま、及第点だな」
「うんうん、結果オーライだよね」
「自分で言うな」
なんと言われようとも、クリアしたのだからいいのだ。
「さ、みんな。まだ先は長いわよ」
「そうだね。行こう!」
喜びも早々に、四人は次の一歩を踏み出した。




