57話
その夜。玲奈は一人で崖の下に座りこみ、星を見上げていた。
(ダメだなあ……)
綺麗な星空に、浄化されるどころか、心は沈みきって浮上には程遠い。三人は、内心玲奈に苛立ちや呆れを覚えているだろうに、ぶつけられはしない。時々リュウが嫌味を言ってくるが、玲奈を傷つけようという意図はなく、からかって遊んでやろうという風だ。
「はぁ……」
勿論有り難いのだが、いたたまれなさも日に日に強くなっていく。
「何しょぼくれてんだ」
玲奈の丸くなった背中に、声を掛けてくれたのは。
「トキ……」
「隣いいか」
「う、うん」
トキは、体が触れるか触れないかという所に腰を下ろした。仄かに感じるトキの体温に、玲奈は安心を憶えた。
「落ち込んでんの」
「……そりゃ、落ち込むよ。一人飛び抜けてダメダメで、足引っ張って」
「魔術覚えて一ヶ月も経ってないんだから当たり前だ。そもそも、勝手に違う世界に連れてこられて、レナは腐らずよくやってるよ」
「……ありがと」
励ましてくれている。その気持ちが嬉しく、そして、自分の情けなさも痛感する。
「ナシュカと比べてんのか」
「えっ」
「顔に出てた」
「ええっ」
ナシュカにも気づかれただろうか。不快な想いをさせただろうか、と不安になる。
「向こうは気にしてなさそうだったから、安心しろ」
「……うん」
トキには、玲奈の考えはお見通しのようだ。このパーティーで唯一、玲奈の事情を知ってる人物でもある。久しぶりに二人きりになったのもあり、弱音がぽろぽろと溢れた。
「何でもできるし、美人だし……羨ましいなあって」
「妬みってやつか」
「うっ」
(その通りなんだけど、ストレートに言う……)
「まあ美人ではあるよな」
「……トキもそう思うんだ」
「……そりゃ、あれは誰が見てもそうだろ」
ジトっとした目で見ると、トキは少し照れたように顔を逸らした。励ましに来たのか、追い打ちをかけに来たのか分からなくなってきた。
「そうじゃなくて」
「うん?」
「比べないでいい。あれは異常種と思え。あんな奴もそうそういない」
「……うん」
「レナはさ、初めて会った時は何もできなくて、助けたのは成り行きだった。けど、一緒にいる内に、助けたい、って思うようになった。お前、凄い頑張ってるから」
「……うん」
「気づいてないだろうけど、そのひたむきなとこ。レナの良いとこ」
「…………でも、頑張っても、出来てない」
「まだ結果は出てないけど、何とかなる。そうやって頑張ってる奴みたら、周りは手助けしたくなるもんだ。少なくとも、俺は」
「…………」
何も返せないレナの頭に、トキは優しく、触れるように、そっと手を置いた。暫し、二人は沈黙の時間を過ごした。玲奈がゆっくりと呼吸していると、トキが立ち上がった。
「戻るか?」
トキから言われて、少し考える。
「もうちょっとここにいる」
「……そうか。早く戻って寝ろよ」
「うん。ありがと」
トキを見送って、玲奈は立ち上がった。崖を見上げる。
『頑張ってる奴みたら、周りは手助けしたくなるもんだ』
(言ってもらったんだから、頑張らないと)
玲奈は崖から目を移し、サディに貰った魔石を見つめた。
* * *
次の日は、曇りだった。
「雨降るとまずいな。滑りやすくなる」
「うん」
(早めに行かないと)
体力を回復し、万全な状態だ。雨の不安はあるものの、日が出てないということは、汗をかきにくいという利点がある。コンディションが良いうちに。
「よし!」
玲奈が登り始めると、少し離れた所からリュウも続いて登りだした。少しでも時間を多く残すため、先に玲奈から登ることにしたのだ。
順調に中腹まで辿り着く。
「ふぅ……」
脚を折りたたみ、最大限の跳躍で上へ飛び上がる。
(いける!)
狙い通り、数メートル先の岩に手がかかった。最初の難関はクリアだ。集中が、研ぎ澄まされているのを感じる。その次も、次の突起も、見事掴み、順調に上へ登っていった。
(あとちょっと……!)
「リュウーー!」
「おう! こっちは問題ねえ」
玲奈の呼びかけに、上から声が返ってくる。
「よし……」
(心臓バクバクしてる……落ち着け……落ち着いていけば、やれる……)
「おい、あんま悠長にしてる時間はねえぞ!」
「分かってる!」
目を瞑り、空気の流れを読み取る。今日は、昨日までより、湿った風が揺蕩っている。イメージする。




