56話
日は大分傾いてきた。三人は寝床と食糧を探しに、玲奈から離れて行った。
「よし……!」
玲奈の特訓が始まった。
「ハァ、ハッ……」
「おい、飯だ。今日は切り上げろ」
「……うん」
リュウが呼びに来たのは、日が暮れた後だった。二時間程の練習の成果は、芳しくなかった。顔の晴れないレナに、リュウは何も聞かない。
「根詰めすぎるともたねえぞ」
「うん。でも、頑張らないと」
「……とりあえず、今日はもう飯食ったら寝ろ」
その気遣いに、返事はできなかった。
食事は、木の実が中心だった。少し崖からは離れるが、川もあって、ここで足止めをくらっても食事には困らなそうだ。
「さっき、食糧探しがてら探したんだけど、別の道はなさそうだった」
「だよね……」
「どうにかしてあの崖をクリアするしかないな」
「一個、行けそうな案があるんだけど」
ナシュカは案があるという割には微妙な表情だ。ビビりながらも、「何?」と問う。
「私とトキで、環術を使うのよ。二人で突風を下から起こして、レナの体を上まで運ぶ」
「……できるだろうが、人一人、二十メートル飛ばすとなると、三等魔石が半分以上は尽きるな」
「それが問題。まだ迷宮は先が長いと思えば、なるべく使いたくはないわね」
「……成程」
環術は強力な現象を引き起こせるが、魔力の消費が大きい。
(私の一級魔石ならそこまでは減らないんだよね)
と考え、思いつきで発言する。
「私の魔石を使ってもらったら良いんじゃないの?」
その提案は、三人のギョッとした顔を引き出した。
「お前、本当よくそれで迷宮に来たな」
「え、だめ?」
「レナ、それはできないのよ」
「できない?」
「魔石には占有権がある。占有者しか、その魔力を使えない。占有権を移動するには、占有者を屈服させて奪うしかない」
(屈服って……また物騒な)
玲奈は眉を顰めた。
「例えば、私がこの魔石をトキにあげるって宣言しても、移らないの?」
「移らない。魔石は貸し借りができないんだ。両者が闘い、勝ち負けがついて初めて、魔石の占有権は移る」
「そっか……あれ、私この魔石、人から貰ったんだけど」
「それは、まだ誰も占有者がいない状態だったのよ。出回ってる魔石も全部そう。神殿で作られて、まっさらな状態ってこと」
「へー」
(そういえば、魔石は売り物になってるのか)
一つ知識がついたが、事態が良くなった訳ではない。
「実際、お前の魔石なら、魔力のストック気にせず環術使えるけどな」
「え、そんなに? 三等級で、半分くらい使っちゃうんでしょ」
「一級の魔力貯蔵両は二級、三級とは桁違いなんだよ。数倍とか、そんなもんじゃない」
「値段もね」
「……これって、もしかして凄い貴重なの」
「とんでもなく」
宝の持ち腐れ。それは誰に言われずとも、身に沁みて感じていた。
(ていうか……勝手に持ち出したの、やばい?)
そう思ったところでどうしようもないのだが、サディに「ごめんなさい」と胸の中で呟いた。
ご飯を食べた後、玲奈は少し離れ、森の中で魔力の練習を再開した。
(足にある魔力を、一気に指に……)
ヤザンに習ったことを思い出す。魔力を扱うには、精神統一。深呼吸。胡座をかき、姿勢を真っすぐ伸ばして目を閉じる。
(――今!)
ピリッと痛みを感じながら、魔力の移動を試す。何度も何度も。少しずつ、速くできるようになっていく手応えを、感じていた。
翌朝。早速、崖に挑戦する。
(あそこまで、一気に飛んで……!)
「くっ!」
指のかかりが、昨日よりは良くなったように思う。しかし、そこにぶらさがるには至らない。ズザザザ、と崖を滑り落ちる。
「痛っ……、たた……」
「大丈夫か」
「うん」
昨日から何度もこれを繰り返してるおかげで、両腕は手首から肘まで血が滲んでいた。
(座ってる時は結構上手くいってたんだけど)
「飛んだり跳ねたりしてる時に、魔力を移すのに集中できないんだよなぁ……」
「……魔力の移動か。素早く行うのは慣れがいるからな」
「二人はどうやってるの?」
「うーん……今は無意識にやってるのよね。最初は苦労したと思うんだけど、もうかなり昔のことで……」
「そうなんだよな」
二人は唸った。玲奈がぶつかってる壁は、初歩の初歩なのだと思い知る。
「今は全身同時に魔力を巡らせてるし」
「同時に?」
「ある程度慣れたらそうするのよ。最初から魔力を生きわたらせて、発動のスイッチを切り替える感覚かな」
「私もそうやったらいいのかな?」
「こっちの方が難易度は上だぞ」
「……そうだよね」
「良いじゃない。切羽詰まってるんだから何でもやってみようよ」
「う、うん」
ナシュカに背を押され、魔力を全身に行き渡らせることを意識してみる。
(全身に……)
指の先から、足の先まで魔力を巡らせることを意識する。崖の下で、脚をためて飛び上がった。視線を狙いに定め、手を伸ばす。
ガシッと岩を掴んだ掌は、玲奈の体重を見事に支えきった。
(できた!? やった!)
「凄い!」
「やったな」
下で二人が喜ぶ声が聞こえる。
(これなら!)
一段成長した玲奈は、速度を上げて崖を登っていった。
(……マジ?)
うまく行ったと喜んでいたのも束の間、次の試練が待っていた。初めて訪れる、崖の上部。そこは、目を凝らせど、玲奈が掴めそうな岩が見当たらないのだ。
(どんなに跳躍しても、ここから天辺までは届かない……どうしよう)
そこで考えあぐねていると、三十分が経ってしまったようで、玲奈は地上に戻ってきていた。
「うまく行ったじゃない!」
「うん、最初は順調だったんだけど、上の方、つるっつるで掴めるものがなくて」
「新たな障壁か……」
「確かにこの崖、上に行くにつれて難易度は増してく。私たちも、あそこをレナを引っ張ってくのは厳しいか……」
「うー……どうすれば」
「お前でも何とかなりそうなルート探してやるよ」
そう言って、リュウは玲奈が何も言わぬうちに、崖に飛びつき、ぴょんぴょんと登っていった。
「大したバネだわ」
ナシュカは感嘆をもらした。中腹に着くと、崖を横滑りしていき、道を探してくれている。十分程うろうろした後、戻ってきた。
「大差はないが、多少は感覚が狭いルートがある。あの辺り、奥から登って斜め右に進んでけ」
「うん」
少し休憩した後、リュウに教えてもらったルートの攻略に挑んだ。
「ハァ、ハァ、ハァッ……」
「レナ、今日は終わりにしよう」
「でも、もうちょっと」
「魔術を長時間使い続けてると、魔力切れっつって、ショートを起こすことがあんだよ。突然魔術が発動しなくて、怪我するリスクが高い。お前みたいな初心者がよくやる」
「……分かった」
たっぷり丸一日。夕刻になり視界が悪くなって、この日はお開きとなった。
(駄目だ……)
登る時間は、どんどん慣れていき、速くなってきている。ただ、残り三分の一というところで、ぴたりと足が止まってしまう。半ばダメ元で飛びついてみると、何回かに一度は届いて進めることもあるが、その低い確率が続くはずもなく、途中で滑落する。
(痛いし、疲れた……)
頭から落ちるような危険な時は、迷わず逆廻をしようと決めているからか、落下への恐怖はそこまでない。トキとナシュカもフォローしてくれる。
「さ、ご飯にしよう。疲れた時こそ、いっぱい食べて回復しなきゃ」
「うん。ありがとう、ナシュカ」
「何もしてないわよ」
(……かっこいいなあ)
美人で、スタイルが良くて、性格も良くて。非の打ちどころがないとはこういう事だろうか。憧れると同時に、自分の体たらくが情けなく、落ち込んだ。
(結局、どこにいたって、私は上手くやれない)
どうしたって、ネガティブになる気持ちが抑えられなかった。




