50話
「むしろ、サディの本音を知れて、良かった。何も知らないまま、サディにお母さんの能力を話してたら……」
取り返しのつかないことになっていたかもしれない。他人に自分の運命を委ね、なすがまま、自身の命運を握られていたかもしれない怖さを想像し、ぶるりと震える。
「私は私の意思で、生き抜いていきたい」
「そうだな」
その先に、またサディが協力してくれることもあるかもしれない。全てを委ねる気はないが、意固地を張って変に遠ざけることだってすべきではない。当初のショックから落ち着いた今は、そう思う。
「サディのところを離れたのは、正しかったと思う。あそこにいたまま、私が自分の未来を選択できたとは思えない。サディの操り人形になるだけだった。でも、またいつか……、会えたらいいな」
「ああ」
(その時は、お礼を言いたい。それと、勝手に出ていってごめんなさいと、謝って)
「謝らなくても良いんじゃないか。お前だって傷ついたんだ、お互い様だろう」
「なによ、主人にそんなこと言っていいの?」
「俺は生憎、お前の心の中にしか存在しないんでな」
「う、そうだった」
「だから失恋の恨み節くらい、ここで吐いておけ」
サディを恨んでない。しょうがないことだった。でも、少しくらい、傷ついた心の吐露をしても、ここなら誰も聞いてない。
「怒ってることがあるだろう」
彼にはお見通しだ。なんたって、このヤザンは玲奈の心の鏡。ヤザンに促され、玲奈は振り絞るように吐いた。
「気持ちを勝手に推し量られるのは、いくらサディでも、嫌だった」
「当然だ」
「なによ、すぐ消える泡のようなものって、馬鹿にして」
ヤザンは黙って頷く。
「そりゃ、好きな人のために国を滅ぼそうって思う人からしたら、ままごとみたいに思えたのかもしれないけど、でも」
声が震えだし、涙が滲んだ。
「好き、だったのに……」
彼に救われた。姿を見たら元気が湧いて、話せたら嬉しくて。そんな思いを踏みにじられたようで、悲しかった。
しゃくりあげると、ヤザンの手のひらが頭に乗る。それは玲奈の願望が現れた姿に他ならなかった。
(……私、ヤザンにこうして貰いたかったんだ)
その体温は、馴染み深く、心にすっと溶けていった。
ヤザンに、暫く頭を撫でてもらってる内に、涙は収まっていた。
「……落ち着いたか」
「うん。ありがとう」
「俺に礼を言う必要はない。俺はお前の心の鏡。レナ自身」
「それでも、あなたの前で吐き出せてよかった……なんか、凄くスッキリした気分!」
「それは何よりだ」
「……」
「さあ、もう行け」
気付けばミトラは消えて、辺りは、元のひんやりした壁だった。ただ、先程のように閉じられてはいない。前方から、光が差し込んでいる。
「開いてる……」
「お前は試練を達成した。よって扉は開かれた」
「……試練ってなんだったの?」
「今の自分を認めること。レナは冷静に己の今を認識し、悲観することなく、歩みを進めていた」
「魔術にそんな判断ができるの?」
「判断をしたのは魔術じゃない。お前の心の鏡である、俺だ」
「……でも私、自分に自信なんて全くない」
「そんな自分の現状を受け入れられているということだ。これから、多くの困難に行き当たる。どう乗り越えていくか、楽しみにしてるよ」
「……うん」
ここを出ても、迷宮は続く。困難が待ち構えているのは必然だ。壁の中にいるヤザンへ、さよならを告げる。
「ありがとう。現れてくれたのがヤザンで良かった」
「ああ……いつか、本物に礼を言えるといいな」
「……うん! じゃあね!」
手を振って、光の射すほうへ歩みを進めた。
「ぅ、眩しっ……」
「……レナか?」
「っ、トキ!」
出口の先には、トキがいた。
「トキだけ?」
「ああ。二人はまだ中だ」
「中……皆、バラバラに閉じ込められてるの」
「恐らくな。後ろを見ろ」
トキが背後を指差す。歩いてきた道を振り返ると、四つの扉が並ぶ。左から二番目、右端の二つは空いていて、残り二つは閉じている。きっと、閉じてる二つの扉の中に、二人はいるのだろう。
「こんな隣同士にいたんだ……」
「ああ。俺は一番後ろにいたが、突然お前らの姿が見えなくなって、見渡したら閉じ込められていた」
どうやら、皆同じように閉じ込められたようだ。
「レナも自分を認める試練を出されたか」
「うん、それも同じ」
「てことは、あいつらもだろうな……リュウはまだしも、ナシュカが時間かかってるのは意外な気もするが」
確かに、高い能力を持ち、美人で快活な彼女が、この試練からまだ出てこないとは不思議だ。しかし。
「心の中で何を思ってるかなんて、端からは分からないからね」
「まあ、確かにな……」
脳裏には、サディとミトラが浮かんだ。それを切り替えるように、また振り返った。出口の先から細い道は消え、先程覆われていた金属の壁もない。
「森……だね」
「二人でロメールに逃げたこと思い出すな」
「確かに」
辺りは木で覆われており、天から木漏れ日が差し込んでいる。さっきまでの肌寒さは消え、汗ばむくらいだ。
「向こうに川もあった。二人を待つ間、食糧取ってくる」
「分かった。私もこの辺で木の実探しておくよ」
「ああ」
トキは左に折れていく。耳を澄ませれば、川のせせらぎがした。玲奈は扉が見える範囲を動きながら、二人を待った。




