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どうやら私は破滅の悪女らしい  作者: りらこ


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49話

 まずは情報をと、壁をノックするように、コンコンと叩いてみる。


「呼んだか?」

「へ……」

「ノックしたのはお前だろう」

「…………」


 玲奈に話しかけたのは、壁の中に投映された、よく知った顔。


「ええええええっ!? な、なんで!?」

「煩い。そんなに叫ばれたら鼓膜が割れる」


 尻餅をついた玲奈に、ハァ、と呆れたように溜息つく。その反応もよく知っている。


「ヤザン……?」

「いつまでひっくり返ってる。立てるか」

「あ、うん」


 思わず素直に返事してしまったが、いやいやと思い直す。ヤザンがここにいるわけない。


「……あなた、誰」

「ヤザン。聞かずとも分かるだろう」

「見た目も、喋り方もそのものだけど……でも、違うでしょ」

「まあ、そうだな。この世に実在する俺ではない」


 そう語る姿も全て、記憶の中のヤザンそのもの。


「それはそうだろう。俺はレナの心の鏡」

「鏡?」

「そう。レナの生い立ちも、性格も、家族も友人も、悩みも恋心も手に取るように分かる」

「は……」


 呆気に取られる内に、ヤザンの姿のそれは語りだす。


「普通の女子高生だったのに、こんな世界に飛ばされて殺されそうになっている。哀れなことだ。時を戻す能力など要らないから、さっさと元の世界へ帰してくれ……。自然な感情だ」

「っ、なんで」


 なぜ、誰にも言ったことのない秘密を知っている。


「だから言っただろう。俺は心の鏡だと」

「……私のこれまでの経験や感情を、あなたは全部知れるってこと」

「そうなる」

「それを、誰かに話すつもりなの」

「そんなことはできない。俺は魔術で作られた。この『 星路塔(せいじとう) 』に入った人間にしか見えない幻。レナが外に出れば、俺も消える」

「えっ、外に出る方法があるのね!」

「勿論、ある」

「教えて……って言っても難しそうだけど」

「それはレナ次第だ。お前が試練を乗り越えれば、道は開く」

「試練?」

「お前の弱さを認める試練だ」

「え……キャアッ!」


 突風が吹いて、目を瞑った。フワッと浮遊感がして、目を開けると、玲奈は浮いていた。隣には、壁から抜け出したヤザンがいる。目の前には窓。その中には、懐かしい景色。


「教室……?」


 あの日、飛ばされる前の、高校の教室の様子だ。


『玲奈ー、今日あたしたちカラオケ行くけど、一緒に行く?』

『あー……私今日は麻友子と約束してんだ! ごめん、また!』

『そっかー、じゃあまた今度ね』

『うん、誘ってくれてありがと! また明日!』

『ばいばーい』

『じゃねー』


 必死に目をそらして見ないふりした、二人の、冷ややかな視線。それが、今の玲奈に、突き刺さる。ヤザンはそのナイフを更に内へぐりぐりと押し込んだ。


「なんで誘いを断った? 馴染めないレナと親しくなろうと、親切に声をかけてくれたのに」

「それは……」

「二人といると疎外感を感じてしまう。二人といても楽しくない。二年になってから、クラスはいつも憂鬱」

「……」


 それは、間違いのない、玲奈の真実。


「麻友子にも言われただろう。避けていては何も変わらない。お前はいつまで経っても彼女たちに溶け込めず、憂鬱な一年を送るのだと」

「……分かってる」


 彼女たちを避けたのは、玲奈の逃げだ。


「そうして逃げてどうなる。楽になるなら逃げることは時に有効な手段だ。だが、また翌日になれば、彼女たちと同じクラスで落ち着かない時間を過ごすことになる。レナの行動は、レナ自身を苦しめている」

「……ヤザンの言う通りだよ。私は目の前の一瞬の苦痛から逃げたくて、問題を先送りにしてただけの馬鹿なやつだ」

「……向こうへ戻ったら、どうする」

「仲良くなれるよう、頑張るよ。自分から声かけて」

「ほう」


 


 場面が変わった。次に眼下に映ったのは、ミトラと玲奈が話しているところだ。二人はすぐ近くにいるのに、一枚膜を隔てたようにぼんやりとしていた。



『元々、昔から彼をよく知ってるの。母同士が仲よくて』

『あなたさえよければ、私のこと、姉妹(きょうだい)と思って甘えてほしい』


「彼女に思うところがあるだろう」

「……」

「ここは俺しか聞いていない。吐き出したほうがいい」

「……憎んでないよ。私を助けたいって言ってくれた言葉は、嘘じゃなかった」

「それは本心か? サディの寵愛を受けて、お前の気持ちにも勘づいておいて、何も知らぬふりなど酷い女だろう」

「……そりゃ、羨ましいとは思ったよ」


 可憐に笑うミトラを見つめ、ボソリと呟く。


「サディに好きになってもらえたらって思ったよ。それは悪いことなの」

「何も悪くない。素直な感情だ。その先に、彼女への怨恨は募ってはないのか」

「……そんなの、ミトラにサディの気持ちを止めることはできないんだから、しょうがないじゃん……」

「では、サディ様へは」

「……それは」


 サディの姿は、今見ても華やかで美しく、魅力に溢れていた。


「俺が言った通り、サディ様の言動に、失望しただろう」

「失望……はしてないよ。聞いた時はショックだったし、悲しかったけど。浮かれてた私が馬鹿だったの。サディのせいじゃなくて、私のせい」


 元の世界にいた時の玲奈では、そうは思えなかっただろう。


「この世界に来て、他人は期待通りにならないってこと、勉強したから! 知ってたはずなのに、恋に浮かれて、サディに全部話そうとした私が馬鹿だったって話!」

「……そうだ。他人は思い通りにならない」

「うん」


 サディとミトラの笑いあう姿を、目に焼き付けながら、玲奈は頷く。


「自分の意志で変えられるのは、己だけだ」

「そう。だから、私変わりたい……この世界を生き抜くためには、今までの私じゃ、駄目だって分かった」

「ああ……。思い通りにならないからと、サディ様を憎まなかったお前は……、偉いよ」

「……ありがとう、ヤザン」


 正確にはヤザンの形を模した魔術だが、その暖かい言葉は、胸に響いた。

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