46話
日が一番高く昇る瞬間。迷宮への挑戦者たちが、扉の前にたたずんでいた。扉は迷宮の端に位置し、ゴツゴツした岩でできている。開くときにはゴゴゴと大きな地響きと揺れが起こる。
「追手はいなそうだな」
「うん」
透明状態であっても、ずっと緊張感は拭えなかったが、杞憂で終わったようだ。
迷宮は、一つのチームを通すごとに扉を開閉するようだ。前の者たちから順に、迷宮へ吸い込まれていく。
「さ、行こう皆」
「うん!」
先導するナシュカに付いて、扉を潜る。頑強な扉は、一番後ろのトキを通すと、また大きな音を立ててガシャンと閉じた。
扉の先は、暗く、遮蔽された空間のようだ。そして、一番に感じたのは、その温度。
「寒っ……」
三十度近い外とは、まるで別世界。季節をまたいだかのようだ。
「ンだこの冷気」
「ひんやりしてるね……早めに出た方がいいかも」
「これ……なんだ、鉄か?」
トキが叩いたのは、壁。外観はピラミッドを思わせる土壁だったが、目の前の壁は金属製だ。
「ねえ、先に入った人たちいなくない?」
「同じ所から入っても別の場所に飛ばされてんだろ。迷宮は魔術の宝庫だ」
つまり、ここでは常識外のことが当たり前に起こっている。それを頭に入れて臨まねばならないということだ。
「分かれ道よ」
先頭のナシュカの前には、三つの道があった。
少し時間は戻り、サディの屋敷でも日が昇っていた。
「サディ様! レナが」
「……!」
ヤザンの報告に、サディは玲奈にあてた部屋へ向かう。荒れた形跡はなく、何も変わりない。ただ、玲奈の姿はない。
「……侵入の可能性は」
「私がずっと控えていました。まず間違いなく、本人の意思かと……気付けず、不甲斐ないです」
「……とりあえず、探そう。レナが行けそうな所と言えば……ここに来るまでに会ったという協力者か? 行方が知れないと言ってたが」
「向こうから連絡を取れるとは思えません。レナは回路石を持ってませんでした」
「そうだな。どこかで落ち合う場所を決めていた可能性はあるが、検討はつけられない。彼女単独の行動とすれば、この国から逃げる道……」
「迷宮ですか」
「一番可能性が高いのはそこか。すぐ向かえ」
ヤザンは首肯し、姿を消した。そして、サディはもう一人を呼びつけた。
「シャロフ」
「……はい」
「……どうした、顔が真っ青だが」
「っ……俺」
「何やら理由在りのようだな。レナ絡みか」
「…………はい」
「話せ」
「……一ヶ月前、王都に出向いた時のことでした」
シャロフは暫く、行方知れずになっていた空白の時間がある。サディの命で、王宮の事情を把握すべく、王都へ潜っていた期間のことだ。
この時、シャロフはサディが玲奈を招き入れようとしていることは、まだ知らぬ身であった。サディから出された命は、「破滅の子を捜索中の、王宮の動きを探ってこい」だ。破滅の子と宣告された少女は、予定では昨日、城近くに転移されてくるはずだった。だが、未だに見つかっていないという。
(しかし、なんでサディ様は破滅の子なんぞに興味があるのかね)
身を潜めながら、王宮の周辺へ潜り込む。シャロフはサディの護衛。サディが不在の中、王宮には入れない。
サディの立場は複雑だ。王子でありながら、兄――ロアンに、常に警戒の目を向けられている。ロアンは既にこの国の宰相として、政治においても軍備においても、実権を握りつつあった。サディに重要な情報を回さないように根回しされている。
サディが王宮に来ても、自室から長く離れれば、どこからかお目付け役がやってくる。『破滅の子』の審判においても、サディは入室を赦されない予定だ。もっとも、それが開かれるかは、当人が確保されるか次第だが――
まずは王都の酒場で情報を収集する。曰く、破滅の子は現れるとされた時刻に姿を見せなかった。衛兵が王宮の裏で怪しい物音を聞いた。女性の後ろ姿を見たという証言もある。転移が果たされなかったということではないようだ。
最も、転移が失敗したのでは、などと大っぴらに言えば、実行役である神殿が猛反発するから、口には出せないが。
転移の時刻から一時間後には、既にロアンは王都の検問を始めたが、それも空振り。一晩経ち、市民の家宅も含めて、王都の徹底捜査に乗り出している。
(つまり、王宮は空っぽってわけだな)
普段張り付いている衛兵は、破滅の子探しに外へ駆り出されている。ならばと、シャロフは大胆に王宮内へ潜入した。
(これだけ兵が少なきゃ、だいぶ奥まで行けるな)
王制審には、王族のほか、神殿の長、神官長が出席する。
(王族は難しくとも、神殿の情報を得られれば……)
前しか見ていなかったシャロフは、背後を取られたことに気付くのが遅れた。気配を察知し、咄嗟に距離を取ったが、相手が一枚上手だった。
「ぐっ!」
「大人しくしろ。抵抗するなら足を折る」
うつ伏せに倒れたシャロフの背に、スラッとした男がのしかかっている。
(コイツは、ロアン殿下の……クソ、俺の顔も知られてるな)
サディの部下が王宮に入り込んでいたことが、ロアンに伝わってしまった。こちらの素性を知られている以上、逃げたとしてサディの弱みとなることは確実だ。
(そもそも逃がしてくれそうにないか)
諦めて体の力を抜くと、連行され、牢にぶち込まれた。




