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どうやら私は破滅の悪女らしい  作者: りらこ


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42話

 ここから迷宮まで行く道筋は、頭に入っている。ヤザンと一緒に、国中の地理を勉強して、人目につかない道を教えてもらったのだ。走りながら、その人を想う。


「ヤザン……」


 本音は、彼にはお別れをいいたかった。あの屋敷で、誰よりも近くにいてくれて、魔術を、生き延びる術を、教えてくれた人。


(そうだ、ヤザンが言ってたのって……)


『サディ様を裏切ることになるかもしれない』


 きっと、ヤザンはサディが何で玲奈を助けたのか、わかっていたのだ。いざという時は玲奈を切り捨てるという意思も、恐らく。


(これも裏切ったことになるのかな……)


 勝手に屋敷を離れ、一人出てきた。今後どうなろうと、サディが助けてくれたことを公言するつもりはないが、その玲奈の思いが伝わるはずもない。玲奈が、サディのことを分からなかったように。


 息を切らして走りながら、サディのことを想う。王宮で助けてくれたあの時。迎え入れてくれたあの時。いつも真っすぐに手を引いて、こっちだと、道を教えてくれた。優しい笑顔が、声が、思い起こされる。


『それはすぐに消える泡のようなものだよ』


(……勝手に決められるのは、辛い) 


 サディに想いを察せられていたのは勿論、恥ずかしい。でも、玲奈の居ないところで想いを測られていたのは、もっとずっと、悲しかった。

 

 雛鳥のように、後をついて盲信して。彼こそ、玲奈を救ってくれる白馬の王子様なのだと、勝手に、思い込んでいた。王子様には、心に決めた相手がいたのに。


(馬鹿みたい)

 

 玲奈の走った道に、涙の跡が残っていた。



 * * *



 一時間ちょっと走った。段々、道が川から逸れて、森の中へ続いていく。


(怖いけど……行くしかない)


 足元の不安定さが増し、スピードを落として小走りで行く。風が木の葉を揺らし、ザアザアという音が玲奈を追ってくるような感覚になって身震いする。


(気づかれてませんように)


 祈るしかない。気付かれたら、逃げきれるとは思えない。朝になったら必ず確認が入るから、それまでに迷宮へ辿り着きたい。


(地図上だと、朝までにはつけそうな距離だったけど……)


「ん? 木が……」


 視界が開け始めた。森は終わったのだろうか、と伺う。木々が無くなって、玲奈の前に現れたのは、吊り橋だった。


「うわ、崖……底が見えない」


 向こう側へ続く道は、三十メートル程、ぽっかりと穴が空いていた。そこに頼りなく掛けられた、吊り橋。こちらと向こう岸に、木の杭が打たれている。


「大丈夫なのこれ……」


 耐久性に不安がありありと見られる。しかし、進まない選択肢はない。大回りしようにも、すぐに見える範囲には、回り道はなかった。


「……行くか」


 大きく、深呼吸する。魔力が足元へ通っているのを感じる。


(大丈夫……最悪、落ちたら逆廻すればいい)


 大きく足を引く。最大限の魔力を使い、地面を飛び跳ねる。一歩目、二歩目は順調だった。三歩目くらいで、足を踏み入れた時に、大きくぐらりと揺らぎ、体のバランスが横に崩れる感触があった。しかし、そこから方向を変えて引き戻すのは、玲奈の反射神経では間に合わない。


(もう行くしかない!) 


 体勢を立て直し、足を動かし続ける。ぐらぐら揺れ続けながらも耐えていた吊り橋だが、半分まで差し掛かった時、玲奈の後方で、ぷつん、と無情な音がした。


「――ッッッ!!」


(切れた!)


 足元が、がくんと宙ぶらりんになった。そんな中でも懸命に目の前の木の板を駆ける。水平だった板は斜めから、垂直に角度を変えつつあった。


(行けるとこまで!)


 絶えず走り続けた甲斐あり、あと数歩で崖を越えられる。しかし、そのあと数歩が、遠かった。


「きゃっ……」


 終に吊り橋は完全に崩れた。


(――戻す? っいや、まだ!)


 視界の端に、吊り橋の縄を捉えた。玲奈は咄嗟に、魔力を手の先へ集めた。


「うっ……」


 まだ、息はつけない。――が、玲奈の体は一応安定していた。何とか目の前に来た縄を掴んで、崖の縁にぶら下がっているのだ。


(良かった……魔力の移動、うまく行った)


 咄嗟に、強化する場所を足から指先にした。おかげで、玲奈の体重を握力だけで軽々と支えられている。


 逆廻は切り札であるが、時を戻さなければどうしようもない、という場面以外はなるべく温存しておきたい。何せ、無限に使える訳では無く、あと何回戻せるのかも、分からないのだ。


(このまま、上に登れば)


 まだ耐えているものの、こちらの縄もいつまで持つか怪しい。素早く、かつ慎重に、玲奈は縄を手繰り上へ登っていく。


(あとちょっと……)


 あとほんの少しで、指先が、崖の上にかかる。ゴールが見えた時、二度目の無情な音を聞いた。 


「あ……」


 ぷつん、という音と共に、玲奈の体は頼る場所を無くした。


(落ちるっ……! 駄目だ、戻――)


 その時、ふわっ、と体が軽くなった。

   

「――あれ?」


 気づいたら、玲奈は崖の上に座り込んでいた。


「え!? え? っなに、なんで!!?」


 理由もなくきょろきょろと辺りを見回す。


「今、絶対落ちたはず……」


 崖下に落ちる筈が、崖の上にいた。お尻の方から、ふわりと風に押し上げられたような感覚だ。


(風……? いや、そんな突風が吹いた感じはなかった)


 へっぴり腰になりながら、崖の下を見る。真っ暗な闇が広がっていた。再び、視線を上げる。その先の暗闇に、金色の粒子が、チカチカと瞬くのが映った。


「……今の、何だろ」


 目を凝らしたが、一瞬のうちに消えてしまった。


(気の所為……? それか……)


 根拠はないが、玲奈は何となく、母の力かもしれない、と思った。


(……今は進もう)


 名残惜しさを感じながらも、玲奈は崖に背を向け、また走り出した。


 玲奈の背後。暗闇に、金色の煌めきが、チカチカと舞っていた。 

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