39話
魔術の習得をクリアした玲奈は、浮かれ気分だった。
「サディにも報告したいな〜。今日はいるんだっけ」
「今日は午後から書斎においでだ。ああ、ミトラ様に後でご用があると仰っていました。こちらは一段落つきましたし、ご夕食の前に行かれては」
「そうなの? じゃあ先に済ませるわ」
「じゃあ私はちょっと休んでるね」
ミトラはヤザンが連れて行くというので、玲奈はシャロフに連れられ、自室へ戻る。
「ふぁ……」
「少し寝るか? 夕食までは時間があるし」
「んー……そうしようかなあ」
部屋に入り、ベッドへ向かう。
シャロフに背を向けたとき。事件は起こった。
「っ!?」
気道が締められ、息が吸えなくなる。かひゅっ、と喉の奥で音が鳴る。誰が。そう思っても、ここにいるのは一人だけ。苦しみながら、後ろを仰ぎ見る。
(なんで)
その男は、玲奈の首を絞めながら、耳元で囁いた。
「お前は川辺で隠れてたのを見つけたと報告する。サディ様に恩があるなら合わせておけ」
「な……」
意識を朦朧とさせながら、玲奈は逆廻を行った。
「ん……」
「ようやく気が付いたか」
「ッッッ!!」
意識を覚醒させた玲奈の目に映ったのは、鮮烈な赤髪。
(ロアン……! なんで! 逆廻は……失敗したってこと?)
シャロフに首を絞められて、時を戻したが、遅かったということか。意識がもうろうとし、不完全な状態では、逆廻は発動しなかったようだ。
身動ぎしようとして、体が動かないことに気づく。座ってる椅子に、縄で括り付けられているのだ。
(ここは……)
処刑場ではなかった。小さな部屋の一室。家具は机と椅子がいくつかあるだけだ。部屋中央に玲奈は座らされ、間近にロアンが座っていた。
すぐに逆廻すべきだろうか。しかし、上手くやればロアンから情報を引き出せる。だからといって、シャロフに襲われるより後に戻されたのでは、玲奈は、ほぼ詰み。
(少しだけ……、この人がなぜ、私を憎んでるのか知れたら)
状況を分析する玲奈に、嘲笑が浴びせられる。
「冷静だな。異界から飛ばされて、理由がわからず途方に暮れるとこだろうが……自分の境遇を分かってるような振る舞いだ」
「……分からないから、教えてよ」
そう伝えた玲奈の髪は、手加減を知らぬ力で鷲掴みにされた。
「っ」
「立場を弁えろ。誰に向かってそんな口をきいてる。この大悪女が。俺の質問に応えろ」
「痛っ……!」
ロアンは力を強め、身を乗り出して玲奈の目前で問い詰めた。
「今まで、どこに隠れていた」
「…………」
「黙り、というのは協力者がいた証拠。さ、名を吐いてもらおうか」
ロアンは、掴んでいた髪の毛を離すと、一転して優しく撫でつけ、耳元で、まるで恋人のように甘く囁いた。
「名を言えば、お前の刑が軽くなるよう計らえる」
(嘘だ)
直感的にそう思った。ロアンの、玲奈に対する憎しみ。それは他の王族たちとは違う。強い憎悪を、玲奈個人に抱いている。刑を軽くなるするつもりなど、毛頭ないはず。
(シャロフが連れてきたのは明白。気を失う前、言ってた)
『お前は川辺で隠れてたのを見つけたと報告する』
「……川辺を彷徨って、隠れてました。突然、首を絞められて、気づいたらここに」
「どこの川だ」
「分かりません、とにかく城から逃げて、ずっと走って、たどり着いた所です」
「……直ぐに口は割らぬ、か。まあいい。時間はたっぷりある。喋りたくなるように仕向けてやろう」
死刑までの間、ロアンは尋問を行う気のようだ。ますます、捕まることはできない。
今、ここに留まる理由は、情報を得ることだ。しかし、玲奈は誰の手も借りずにここに来て、何も知らない事になっている。
「……私は、なぜ追われてるんですか。あなたは、誰ですか」
「フン……それが何処まで演技か知れたものではないが……、いいだろう。教えてやる。俺はスラジ王国第一王子、ロアンだ。そしてお前は、スラジを滅ぼすと宣告された、大悪女、破滅の子。死罪が決定している罪人だ」
「……罪人なら、牢屋に入れるでしょう。ここは、そうは見えません」
「牢にはこの後、ちゃんとぶちこんでやる。ここは俺の書物庫だ」
そう言われて見回すと、確かに壁に沿った棚には、本が敷き詰められていた。
「なんで、書物庫に……」
「……先に、お前と二人になりたかった」
「え……」
どういう意味、と勘ぐったと同時、髪を梳いていた長い指が、玲奈の喉元に添えられた。
「っ!」
「お前と対峙して、話して……、どんな気持ちになるだろうと」
「……ぁっ……」
「……やはり、殺したくて溜まらなかったよ」
添えられていただけの指が、徐々に力を増していく。シャロフの時の二の舞いだ。まだ、あの時よりは、意識がはっきりしている。
(だめ、分かったことは殆どないけど、戻した方がいい)
玲奈は目を瞑った。
「……は似てない。でも、声は……」
寸前、ロアンの憎しみに満ちた囁きが、耳の奥に焼き付いた。
「少し寝るか? 夕食までは時間があるし」
「……ハッ、ハッ……ハァ……っ」
「レナ?」
「っ……」
逆廻で戻った先は、サディの屋敷の中。今、玲奈はシャロフと二人きりだった。
(っ、ここに戻るの……? もう、ヤザンたちは居ない)
何だかんだと理由をつけてシャロフと二人きりになるのを避けたかったのに、この時点に戻ってしまうとは。頭をフル回転させ、状況を分析する。
(ここからヤザンを追いかけるのは、怖い。後ろを見せた途端、また襲われるかも。とにかく、誰か)
「――あっ! あの!」
「? はい」
咄嗟に見つけたその人に、助けを求めるように声をかける。
「お風呂入りたくて……! 今から付いてきてもらえませんか!」
「承知しました」
常日頃、身の回りの世話をしてくれるメイドさんだ。階段の奥にいるのを見つけて、駆け寄った。シャロフは突然の玲奈の行動に呆気に取られている。
「じゃあ、ごめん! お風呂入ってくるから!」
「お、おう。じゃあ外で警護しとく」
「……うん」
それは断れなかった。いつも、風呂の時はヤザンかシャロフのどちらかがいる。しかし、風呂に逃げ込んだのは、やけっぱちで言ったのではない。
(あそこは、隠し扉がある)
そこをつたって、シャロフに見つからないよう、サディの部屋に行く。そして、助けを求める。玲奈にはそれしか考えられなかった。




