34話
魔術習得への進捗はイマイチだった。
(血管に魔力を入れる……注射のイメージで、ちくっと……)
魔力を針のように尖らせる感覚を持ってみるが、その切っ先はぐにゃんと折れて血管に押し返された。
「ハァ……」
「レナはなんというか…………、不器用だな」
「溜めていうことがそれなの?」
「まあ、焦らずに行こう!……っても、結構やってるし滅入っちゃうよなあ」
「うう……シャロフは優しいね……」
「なんだその目は」
誰かさんと違って、と胸中で付け加えた言葉は、視線で伝わってしまったようだ。てへ、とかわいこぶって誤魔化すも、ヤザンの態度は軟化しなかった。
「レナは甘いモン好きか?」
「うん」
「お、じゃあ料理長に言ってなんか作ってもらうよ。ご褒美があればもう少し頑張れるか?」
「頑張れる! やった〜!」
見事な飴だ。
「さすが! ムチばっか振るってても靡く女の子なんていないもんね」
「甘ったれをぶくぶく太らせても成果が出るとは思えん。努力を促すのが支援するということだ」
「昭和の時代の考えだなあ。私の時代じゃパワハラ扱いだよ」
「パワハラ?」
「指導という建前のもと精神的に虐待受けましたって訴えられちゃうの」
「……俺はお前の世界には行けないな」
「ぶふっ」
ちょっと落ち込みつつ大真面目に言うので、申し訳ないが笑えた。シャロフもニヤニヤ笑いながら付け加えた。
「俺も最初はヤザンにかなりきつく扱かれたっけなあ」
「シャロフもヤザンに教えてもらってたの?」
「そう。俺がサディ様の護衛になったのは、ヤザンの少し後なんだ。それまで魔術は最低限だったから、大変だったよ」
「ふーん、どうしてサディのとこに?」
「ああ、俺はビサセリスって地域の出で、家は普通の商店やっててさ。王族とは縁もゆかりも無いんだよ」
シャロフは、サディとの出会いを玲奈に語りだした。
シャロフの父は呉服店をやっていて、店はそれなりに繁盛していた。シャロフもまもなく成人を迎える。当然の如く、父の跡を継ぐつもりだ。妹も、嫁入りするまでは一緒に店を切り盛りする予定だ。
朝起きて朝飯を食べようと居間へ行くと、父と母がひどく深刻げに顔を合わせていた。
「ああ、起きたかい。おはよう」
「はよ……なんか、朝飯って感じじゃないな?」
「いや、今日のパンも美味いぞ! 早く食べなさい!」
「気になって食えねえよ。なんかあったのか」
両親が顔を合わせ、父が頷く。
「マドレー氏から手紙が来てね……店が儲かってるようだから取立歩合を上げると」
「ハァ!? またあの粘着野郎かよ!」
マドレーとはこの辺の地域の管理を任されている有力者で、督使という役職についている。督使は貴族が務める、地方総督の部下に当たる。地方一帯の管理を国から任された総督に代わり、税を回収し、総督へ献上する。
これまでビサセリスでは領民と督使とはうまくやっていたのだが、一年前、督使が病気で伏せがちになり、まだ二十代半ばの若さで息子のマドレーが跡を継いだのだ。それから、事態は急変した。
代替わり後の評判は酷く、四方八方に難癖をつけては恨みをかってるような奴だ。そして、困ったことにシャロフの妹、マリカに色目を使ってくる。妹がいくらその気はないと言っても、聞く耳をもたない。そして、マリカが靡かない腹いせのように、こうして家に嫌がらせしてくるのだ。
「余計嫌われるって分かんねえのか? 馬鹿だから分かんねえのか」
「コラ、口が過ぎるわよ」
「ケッ」
「しかし、どうしたものか」
「俺が直接言ってきてやる」
シャロフは、両親の制止を振り切って、マドレーの元へ訪れて正面から言ってやった。
「いい加減、家に粘着すんの辞めろよ」
「マリカが俺のこと意識してくれるようにアピールしてんだよ」
ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべる男に反吐が出る。
「妹には恋人がいんだ。諦めて幸せを願うってのが男だろ」
「ハッ、さすが軟弱モンはぬるい生き方してんな。全部かっさらって自分のモンにすんのが真の男なんだよ」
「それで? 妹の幸せはどうでもいいのかよ」
「俺のモンになりゃ幸せになるにきまってんだろ。金も地位もある。顔もいい。愛だの恋だのに浮かれんのは一瞬だ」
「……お前の考えは分かった。帰らせてもらう」
(……コイツに何を説いても無駄だ)
帰りすがら、考える。マドレーは話が通じない人間だ。説得して聞くようなら、こんな真似はするまい。マドレーの手綱を握ることができる者に訴えるしかない。
(……総督へ懇願するしかない)
一市民が総督へ直接、会いに行くなど非常識なことだ。門前払いされるだろう。両親も反対する。下手を打てば、今より酷い事態に陥る可能性だってある。
(でも……今のままじゃ、皆不幸になる)
誰にも話さず、自分一人で乗り込めば、罰を受けるとしても自分だけのはずだ。
(総督は話の通じない人じゃないと聞く)
シャロフは覚悟を決めた。




