30話
「留守にしてて悪かったね」
「結構長かったね。どこ行ってたの?」
「王宮」
「おっ……」
「敵の本拠地だね」
不敵に笑う姿を見ても、今度ばかしはつられず、むしろ口は引き攣った。
「敵情視察してきたよ。レナがここにいることは、今のところ気づかれる様子はない。ロアンは兵を王都の外に派遣し始めた。何が何でもきみを捕まえる気で息巻いてる」
ロアン。赤髪の、第一王子だ。処刑場でも一際厳しい言葉を浴びせられた。直接会ったことは、逆廻によって無かったことになっている。かなり気になるところだが、しれっと尋ねてみる。
「息巻いてるって……ロアンは、私に恨みがあるの?」
「どうかな。想像できることはあるけど、憶測にすぎない。俺は奴の幼少期を直接知ってるわけじゃないし……」
「ふうん?」
「まあ今はあいつの心情を気にしてるほど余裕じゃないかな。レナに紹介したい奴もいるし」
「紹介?」
「護衛を二人つけるって言ってたの、覚えてる?」
「あ、そういえば……」
ここに来てからヤザンの他に会うのは、食事や風呂の準備をしてくれる女性だけ。それも最小限でやっているようで、同じ顔の人しか見ていない。
「もう一人は、レナを迎える日の朝から、王宮周辺の情報収集に行かせてた。けど、予定を過ぎても帰ってこなくてさ」
「えっ、まさか私のことがバレて」
「それならこんなに悠長にしてないよ。あいつはその時、レナがここに居ることを知らなかったし」
「そっ、か。もう帰ってきたの?」
「ああ。王宮近くで検問を避けてたら帰るに帰れなくなったみたいで、向こうの伝手を頼って身を隠していたらしい。中央に行くついでに持って帰ってきた」
まるで物のように言う。この辺りは、親しみやすくても権力者の片鱗がうかがえた。
「入ってこい」
「ハ」
音もなく現れたのは、ヤザンよりひと回り小柄な青年だった。
「シャロフだ。仲良くしてやって」
「うん、よろしく」
「おう! こちらこそよろしく」
シャロフはニカッと笑った。快活な雰囲気で、サッパリしたいい人そうだ。特に警戒心はもたなかった。その様子にヤザンは物申したいようだ。
「お前……俺の時と随分様子が違うようだが」
「え? そんなことないよ?」
「ったく、しらばっくれて」
「ふーん? 二人は結構仲良くなったみたいじゃん」
「わっ、サディにもそう見える?」
「見える見える」
その評価は嬉しいものだ。ヤザンとの距離は縮まったと自負していたが、ヤザンを幼少から知るサディに言われれば、お墨付きも同然。一方のヤザンは照れ隠しなのか、口をへの字に曲げているのが可笑しかった。
「俺にとっては嬉しい限りだ。シャロフのこともヤザンと同じように頼るといい」
「うん……護衛は交代になるの?」
「いや、休息時以外は原則二人ともつく。就寝のタイミングだけ一人になるが、なるべく最小限に」
「……ん!? ちょっと待って!」
急に大声で顔色を変えた玲奈に、三人がぎょっとした。
「ヤザン、私が寝てた時は一緒に休んでたんだよね?」
「休んでない」
「は!?」
玲奈が来てから十日超。そういえば、ヤザンはいつもぴったり付いていて、離れていることがなかった。自分のことに精一杯で全く気付かなかった。
「寝て! すぐ寝て!」
「待て待て、落ち着け」
「体壊すよ!」
「レナ、落ち着いて。大丈夫だから」
サディの柔らかな声は、すとんと耳に入って、一度玲奈はトーンを落とした。ヤザンは、自分の話は聞かないのにサディには素直な玲奈に、若干不服そうな顔をしていたが。
「今、魔術を習ってるでしょ? 躯術の一種で、体の超回復ができる。休まなくても暫くは大丈夫」
「魔術で……?」
「そう。戦場に出る兵たちもよく使う魔術なんだ。ヤザンも偵察に出る時とか、普段から二週間くらいはよく走りっぱなしで行ってるから」
「ええ……でも、反動で体にダメージを負うとかない?」
「まあ魔術を使いつづければそうなるけど、ヤザンは十日程度なら余裕だから、心配しないで大丈夫」
「そうだ。しかもお前に魔術の基礎の基礎を教えてただけで、ろくに体を動かしてもない。この程度でどう弱れと」
ならいいか、とは思わないが、本人もサディも大丈夫というので、それ以上騒ぐ気にはならなかった。
「これからはちゃんと休むんだよね」
「ああ。さすがにいつまでこの状況が続くか分からない中、魔術を使い続けるのはリスクがある。肝心な時に動けないのでは意味もない」
「そう。じゃあ、よかった」
こうして、新たな護衛、シャロフとの顔合わせは終わった。
「そうだレナ、今日の夕食は一緒に食べようか」
「…………え!?」
「あれ、そんな驚く?」
「い、いいの?」
「うん……そりゃいいけど」
不思議そうなサディを前に、玲奈は頬が緩むのを止められなかった。




