3話
視界が回っている。いや、回っているのは体だ。ぐるぐると、平衡感覚を失い浮遊する体が、底へ底へ、落ちていく。
――ドサッ
「いっ……! たた……」
玲奈は、地面に背中から体を打ち付けた。随分高くから落ちた感覚だったがら痛みはそこまででなく、すぐに引いていった。地面にぶつかる直前まで、何か長い夢を見ていたような気もするが、それより今の状況把握の方が優先だ。
「ここは……?」
体を起こし、キョロキョロと辺りを見回す。すぐ近くに石造りの壁が聳え立っている。玲奈の家の近くに、こんな建造物があった覚えはない。
「そうだ私、鏡に引っ張られて」
だんだんと記憶がよみがえってきた。不思議な鏡に引きずられ、どこかへ落ちたのだ。落ちた先が、ここだというのか。
「夢でも見てるのかな……」
鏡の中に入って、見知らぬ土地に飛ばされたなど、現実とは思えない。
「ていうか暑……」
噴き出している汗に気づき、ブレザーを脱ぐ。春先だったので制服はベストにブレザーを着込んでいた。今の気候は、日本の春とはほど遠い。30℃以上はありそうだ。ベストも脱いで、手でワイシャツを叩いて風を送り込む。
「何なの……」
座ってても仕方ないと、玲奈は腰を上げて辺りを歩きだした。壁伝いに道を進むと、開けた広場へたどり着く。
「あ、人いるじゃん」
少し離れた先に、外国人らしき男性たちの姿を見つけ、ほっと息をついた。とりあえず、あの人たちにここはどこか聞いて、助けてもらおう。そう思い、彼らの方へ足を進める。
「あの、すみませーん……」
「いたぞ!」
「ひっ捕らえよ!」
「え、えっ!?」
彼らは玲奈に気づくと、目を怒らせ突進してきた。思わず後ずさる。
(なんかヤバい!? と、とりあえず逃げ)
そう思い振り返ったものの、すでに時は遅し。後ろからやってきた別の男たちが迫っていた。
「確保!」
「きゃっ」
屈強な男に後ろ手に引っ掴まれ、膝を折る。逃げようともがくもびくともしない。
「大人しくしていろ。罪が増すぞ。大悪女め」
「大悪女……?い、いた、痛いっ」
掴まれた手を、荒い縄でギリギリと絞められ、玲奈は涙目になる。その濡れた目にも布が被され、玲奈はあっという間に捕縛、連行されてしまった。
無理やり縄を引っ張られて引き摺るように歩かされ、数分。今度は無理やり膝をつかされた。後ろ手にされ、縄をくくりつけている音がする。背後は柱のようだ。
「目隠しを」
「ハッ」
覆われていた布が取られる。何度か瞬きして焦点を合わせると、玲奈をぐるりと囲むように多くの目が睨んでいて、ごくりと息を呑む。
(まるで処刑場……)
「この子が、宣告の大悪女、『破滅の子』か」
少し離れた、正面に座る老年の男が喋った。
「母親にはあまり似てないな」
「すぐに捕らえられてよかった。見た目では追いきれなかったかもしれない」
「でも、印がついてるという話では?」
そう言ったのは、老年の男の近くに座っていた、若い男だ。青い長髪を後ろで結っていた。
「あれを追えるのは条件がある。満月とノアヴェルの重なる時のみだ」
「フーン、導士の魔術といえど不便だねぇ」
赤い髪の、これまた若い男が応え、二人が会話する。老年の男はそれらに相槌は打たず、じっと玲奈を見つめた。
「状況を呑み込めないのであろう」
「あ……は、はい」
「無理もない」
優しい声色に、玲奈は自然と頷いた。このような乱暴な扱いをされているのに、彼にはあまり、不信感が沸かなかった。
「父上、大悪女に言葉など要りません。すぐに牢へぶち込むべきです」
「これ、待ちなさい。王子たるもの、人の情けが必要と言っておろう」
「父上は甘すぎます」
「ロアンは厳しいつうより、その短気を治した方がいいぜ」
「……なんだと」
「やめんかロアン。アデルもだ」
玲奈は口喧嘩を聞き流しながら、彼らを観察する。ほとんど一枚布を巻いただけのような白い服は、肩から踝までを覆っている。下衣には植物のツタのような紋様が入っていた。腰にはベルトが巻かれ、その下からフリンジが垂れている。首回りには綺羅びやかな宝飾が施されている。
王子、父上という台詞から、この老年の男が王であると察せられる。白髪を肩の長さまで引っさげ、ただ一人、宝石が嵌められた冠を身に着けている。隣にいる同じ年頃の女性は、妻――王妃だろうか。彼女はまだ一言も発さず、こちらもまた、どこか痛ましげに玲奈を見つめている。
そして、彼らの脇に控える若い男たち、王子が二人。向かって左がロアンと呼ばれた王子。赤い髪に、赤い目。釣り上がった鋭い眼差しは、嫌悪の感情で溢れている。
右側の王子――アデルは、青い長髪に、金色の目。面白そうに口を歪め、玲奈を興味深げに見下ろしていた。どちらも顔の整った美少年だが、今の玲奈に悠長にそんなことを観察する余裕はない。わかったことは、彼らが友好的ではないということ。
王は、子供たちを諌めると、再度玲奈に向き合った。
「そなたは十七年前、この国で産まれた。母親は導士の家系の中でも、極めて優秀な女性であった。そしてそなたは、線の細く、か弱な彼女に、やっとできた待望の娘だった……」
王は遠くを見つめ、哀れみの色を浮かべた。
「しかし、そなたが産まれるや否や、神殿から宣告が下った。この子は将来、この国を滅ぼす大悪女。破滅の子になるとの告げだ。すぐに王制審が開かれ、そなたが十八の成年を迎えたら、斬首刑とすることとなった」
国を滅ぼす大悪女。
十八で、死刑。
どこか聞き覚えのある話に、玲奈は意識を内へ巡らせた。




