29話
講師ヤザンによる魔術習得への道は、第二段階へ突入した。
「次は、取り込んだ魔力を使う。戦闘でも逃走でも、一番使い勝手がいいのは速く走ることだ。それにはどこの神経を刺激するのがいいか分かるか」
「そりゃ足でしょ!」
「正解だが不十分だ。走力は足のみで支えているわけではない。腰から腹、肩回り、そして腿に脛…と体の様々なパーツが関わる」
「へー……」
「最終的には、それら全ての神経を刺激して人外のスピードを得る……が、まずは一つ。一番簡単な脹脛の活性だ」
結局、最初は足から始めるようだ。
「取り込んだ魔力の溜りは感じるか」
「うん」
「それを脹脛へ、血の巡りとともに流すイメージだ」
「流す……」
体内に意識をやり、胸元辺りでうようよしていた魔力を下へ降ろしていく。
(降りてる感じ、ちゃんとする)
意思に従い、魔力は流れていく。腸から股関節を通り、太腿、膝……そして脹脛へ辿り着いた。
「できた! ……って、あれ?」
「魔力を流すのはそう難しくない。問題は留めることだ」
脹脛へ集まったと思った魔力は、また上下へ拡散していってしまう。
「留めるってどうしたらいいの?」
「基本はもうやったことだ。意識を現在へ集中させて、呼吸を感じる」
「また?」
「それが魔術を扱う基本だ」
もう一度、と促され、再び魔力を追っていく。それだけに意識を使い、ほかのことを頭から追い出す。一点へ集めるまでは難しくない。集まった魔力を、そこで留める。どんどんと流れてくる魔力を堰き止めて、停止する。
――パツン! と風船が割れる感覚とともに、程なくダムは決壊した。
「うーん……」
「何度もくり返すうちにコツを掴むはずだ」
ヤザンは親身にアドバイスをくれるが、結局、できるようになるには、自分で試行錯誤していくしかないのだ。
次の日。
「ぐ、ぬぬぬぬっ……だぁっ!」
失敗。
また次の日。
「っ……ここで、貯めるっ……!」
失敗。
三日経っても、あまり進展はなかった。
「痛っ……」
「神経痛だな。魔術の覚えたての際に通る道だ」
「っ、いっ、たた……」
(筋肉痛みたいなノリで言うけど、めちゃめちゃ痛い……これ、皆なるの?)
頻繁な神経刺激の結果は、痛覚となって現れた。歩くたびにピクピク痙攣し、たびたび攣ったような強烈な痛みも起こっている。しれっとしてるヤザンをみれば、大した事ないのだろう。自分の弱さに歯がゆくなった。
「……少し休むか」
「でも、私全然上達してない」
「根詰めすぎても意味はない。痛みで集中できないだろう」
「……うん」
「今日はサディ様が戻ってる。話す時間も取れるだろう」
「えっ!?」
パッと顔に明るさが灯った玲奈を見て、ヤザンは溜息を吐いた。ヤザンの警告を忘れたわけではない。それでも、サディに会えたら素直に嬉しいし、それだけ魅力的な人だ。
(優しくて、かっこよくて……会いたくなるの、しょうがないよね)
* * *
「やあレナ、久しぶり」
「サディ!」
柔らかなブロンドと相まって、より一層笑顔が煌めく。足の痛みも忘れ、つられて笑顔になった。所用で宮殿を空けていたサディとは一週間近く会えていなかったのだ。
「魔術の習得はどう?」
「魔力を留めるってので苦戦しちゃって、足踏み中。神経痛ってのになっちゃった」
「それだけ魔力を神経に作用できてるって証だよ。なんだ、もっと時間がかかると思ってたけど筋がいいじゃん」
「えっ? そう? そんなことないよ……ぇへへ……」
ヤザンからは一度も言われたことのない「筋がいい」発言に、分かりやすく浮かれた。その様子を見たヤザンはあきれ顔だ。
(世辞が過ぎる。レナも浮かれすぎだ。筋が良いわけないだろう)
厳しい言葉はヤザンの胸の内に仕舞われた。




