28話
一見、サディの意に反するような警告をしたのは、それこそがサディを守ることになるとみたのだろう。玲奈が、サディを裏切らないための布石であり、足固め。不穏な種を摘むための行動だ。
「ヤザンさんのこと、少し分かりました」
ヤザンは片方の眉を上げた。
「本当にサディを大切に思ってるんですね」
「……お前、今の話の感想がそれなのか」
「そりゃ、他にも色々思いましたよ」
自分を疑い監視する男に、安心して身を委ねることはできない。でも、その疑念の源が、サディを守りたいという思いなら、もう少し、肩の力を抜いて良いかもしれない。
「私は今のところ、サディを裏切るつもりはないです。先のことは分からないけど、そうなりたくないって思ってる。だから、あなたがそれを見張りたいなら、あまり気にしないでいいかなって」
「……そうか」
ヤザンは複雑そうな面持ちを崩さなかったが、玲奈の言葉に納得してくれたようだ。
「ほかに聞きたいことはあるか」
「え?」
「もっとなんか……、俺の情報を知っておいた方が安心するんじゃないか」
「えーっと……じゃあ、ヤザンさんは、どうしてサディのとこにいるんですか?」
単に、彼の生い立ちへの興味からの質問だったのだが、ヤザンはそうは捉えなかった。家系、出生。それは荒事に従事する人間にとっては、弱点でもある。それを開示することはリスクが伴う。
玲奈にそれが伝わってなくとも、覚悟を決めて、ヤザンは話しだした。
「俺の家は、代々サディ様の母君の家系の用心棒だった。サディ様はお生まれになって暫くは、母君の実家でお育ちになっててな」
「へえ、そこで、ヤザンさんと」
「ああ。始めて会ったとき、サディ様は三つだった」
「ヤザンさんは?」
「六つだ。暫くはサディ様と話す機会はそうなかったが、十になると、サディ様の護衛見習いとして、兄の後ろを付いていくようになった」
「お兄さんがいるんだ。今は?」
「兄は父と共に、母君方の護衛をしている。俺も本来なら、そうなる予定だった。王子殿下の護衛の任は通常、王宮兵から選ばれる。サディ様も成人の際にこの宮に移り、俺はお役御免……のはずが、サディ様に腕を買われて、今も護衛を仰せつかってる」
玲奈には、サディの選択の理由は分かる気がした。
ヤザンの腕を買ったというのも事実かもしれないが、それだけではないように思われる。いきなり自分の環境が大きく変わるとなった時、近くで守ってくれる人間は、昔から知っている者が良かったのだろう。それは今はまだ、玲奈とヤザンに足りないもの。
「信頼されてるんですね」
「その自負はある」
そう言い切るヤザンはかっこよかった。
「レナにも、そう思って貰えるよう、努力する」
「……はい」
信頼は、すぐにうまれるわけではない。しかし確実に、互いの歩み寄りは、新しい関係の第一歩になりつつあった。
「それと、一つ提案なんだが」
「はい?」
「サディ様のことは呼び捨てにしてるのに、俺には敬称をつけるのはどうなんだ。俺の立場を考えてくれ」
「あぁ……そういう視点はありませんでした」
「その敬語もだ」
「……じゃあ、言葉遣いは変える。でも呼び方は……ヤザンさんって結構年上だし……」
「年寄り扱いするな」
「いや、でも呼び捨てはしにくい……あ、じゃあ、あだ名つけてもいい?」
「渾名?」
「先生ってどうですか! 私の魔術の先生!」
「……頼むから辞めろ」
「えー?」
本気で嫌がっていたので、仕方なく本人の希望通りに、呼び名を改めることになった。
玲奈が魔術の習得を始めて、一週間。
「レナ、もう一度だ」
「うん!」
魔石を砕き、魔力光が広がる。その光を見つめ、心を空っぽにする。昨日あったこと、今日の出来事、明日の心配ごと……。それが、ただの事象として無心で流していく。呼気を意識して、光の熱源を取り込む――。
シュゥゥゥと光が消えていく。玲奈の、体の中へ。
「っ……!」
「フッ……ようやくできたな」
「ぃやっ……た~~~~~! ヤザン!」
「ああ。頑張ったな」
「わーーー! やったやった~!」
「といっても、これは魔術の第一歩、これから」
「ア~~~! 今の気持ちよかった~! 魔力を取り込むってこんな感じなのね!」
「おい」
「何ていうか、森林のマイナスイオンをガバっと入れて老廃物がドバって出た感じ!」
嬉しさにぴょんぴょん跳ねる玲奈の視線が、ぐるんと一回転する。
気づいたら、背中が床についていた。仰いだ先には、ヤザンの怒った顔。
「浮かれすぎだ」
「……スミマセン」
いつの間にか足を払われ、転がされていたようだ。痛みは全くないのが、ヤザンの身のこなしの凄さを物語っている。
「ほら」
「……ありがとう」
手を差し伸べてくれたが、足払いしてきた本人にお礼を言うのは釈然としないような。
「さ、ようやく次のステップだ」
「長かった……」
「全くだ」
ヤザンの嫌味は、もうあまり気にせず、流せるようになっていた。




