27話
と、意気込んで数時間。
「だ、駄目だ……私に魔術は使えないんだ……」
「……今日はここまでにするか」
スパルタと予想していたヤザンが、哀れみの表情を浮かべているようにみえる。
「私、センスないですか」
「いや……魔力の取り込みが一日で出来ないものも普通にいる。が、お前の親は導士だからな……ここまではすぐできると思っていた」
(うっ……)
人の期待を下回るというのは、何といたたまれず、しんどいことだろうか。玲奈はがっくりと落ち込んだ。
「夕食にするぞ。続きはまた明日だ」
「はあい……」
しかし、次の日も、その次の日も、魔力の取り込みはうまく行かなかった。
「全然駄目だぁ……」
「少し休むか」
「はぃぃ……はぁ……、何も考えないってこんなに難しいの」
「……恐らくだが、お前は今かなり不安定な状態におかれてる。精神に影響を及ぼしていてもおかしくない」
確かに、怖いこと、不安なことは山のようにある。見通しもつかない。それが妨げになっているのだろうか。でも、こんな状況で、そういった心のもやもやを全てを忘れろというのも、難しい話だ。
「……お前」
「はい?」
「いや、レナ」
「えっ、はい」
ヤザンに改まって名前を呼ばれると、背筋がピンと伸びた。少し緊張して応えると、ヤザンはいつになく神妙な面持ちで、玲奈にある提案をした。
ヤザンに椅子を勧められ、二人で向き合った。
「レナ」
「な、なんでしょう」
「魔石を使うには、精神の保ち方は極めて重要だ」
「身に沁みてるとこです」
「だからこれは提案だが、俺に心の内を話してみないか」
「心の内?」
「思ってることが沢山あるだろう。人に話すだけで懸念が減って、一人で考えてるより状況が好転することは案外ある」
(悩みを話してみないかって? ヤザンさんが……?)
玲奈とヤザンの親密度は当初から殆ど変わらないまま、今日を迎えていた。玲奈がビクついてるからでもあるし、ヤザンが厳格な姿勢を崩さないからでもあった。そのヤザンからこの提案を受けるとは、思いがけなかった。
「……俺が役不足なら、サディ様にお時間を」
「いえ! あの……聞いてもらえますか、私の話」
「……ああ」
きっと、これはヤザンからの歩み寄りだ。玲奈が、応えるべきものだ。
「一番心を惑わせていることは何だ。恐怖か」
「それは勿論、あります。命を追われてる緊張感はいつも」
「ここが安全とは思えないのか」
「外をずっと逃げていた時を思えば、安心感は全然違いますけど……でも、完全には」
「……きっと、それは俺を信じられていないからだろうな」
「えっ……」
「ここでお前を守るのが俺の役目だ。だが、そこに信頼を置ききれてない。無理もない。俺の態度は頑なだった」
「……それは、私も同じなので」
気まずさに俯くと、「顔上げろ」と低い声が言う。
「俺は俺自身のことを何も開示していない。馴れ合うつもりはなかったからだ。だが、それで信頼関係を築こうとは土台無理な話だ」
「……」
何と答えていいかわからず、とりあえず頷いた。
「いきなりどうにかなるものでもないことは分かってる。が、何もせずに得られるものでも無い。お前は……何をそんなに怯えてる?」
「…………」
「最初は俺の面が怖いのだと思っていたが、それにしては過剰だ」
「私……私が怖いのは……」
ヤザンの刺すような視線は、誤魔化しを逃がしてくれなさそうだった。きっと、会ってから数日経って、ずっと疑問に思ってきたことを、尋ねる時は今だろう。
玲奈は、ヤザンの瞳をしっかりと見た。
「……私を信頼してないのは、あなたの方ではないですか」
「……なるほどな」
ヤザンは驚きは見せなかった。
「私を見る目に……いつも、警護とは違った、監視の色を感じます。それがヤザンさんへの、恐怖の意識が抜けない理由です」
「フン……俺が未熟だったというだけの話か。気づかれないだろうと踏んで、お前を侮っていた」
「……私が、破滅の子であることへの警戒ですか」
「いや? 俺は神殿の言うことには常々、疑念を抱いてる身だ。お前一人で国をどうこうできるとも思えん」
「そうなんですか? じゃあなんで」
ヤザンは、玲奈を監視していたということをこれ以上隠す意思はないようだ。彼の顔は、焦りも隠し立ての色も見せず、凪いでいた。
「俺の使命はサディ様を守ることだ」
「はい」
「サディ様はお前を利用し、国を滅ぼそうとしている。その過程で、そう遠くない内に、お前はサディ様へ失望する日が来る……。俺はそうみている」
「失望……? どうして」
「お前がサディ様へ失意の念を覚え、恨み、復讐したいと思ったら、どうなる。サディ様に匿われていたと証言すれば、あの方は牢獄行き。かなり危ない橋を渡ってる」
「……」
「だから、監視していた。お前がサディ様を裏切る日が来るのではないかと恐れて。信頼に足る者か、見極めようと……信頼しろと言いながら、俺こそがお前に不信感を抱いてる。お前の言うことは正しい」
何故、サディに失望すると思うのか。その疑問は躱され、応えてくれる気配はない。それはそうだ。ヤザンがサディに不利なことは言わないだろう。それでも、この先、サディに失望するかもしれないと、玲奈に警告をした。
「なんで、その警告を私に?」
「期待するから失望するんだ。レナ、あの方へ全てを委ねるのは危険だと、肝に銘じておけ」
(……そうか。本当にサディのためを思ってるから)




