23話
玲奈の指した地図の示すものを見て、サディは答える。
「これは迷宮」
「め、迷宮?」
聞き慣れない言葉に聞き返すと、サディは頷き、次いで胡王国の左あたりに引かれた、マーカーのような黒い直線を指さした。
「スラジと胡。この二つは、この迷宮により繋がっているんだ」
「繋がっている……?」
「かつて、両国が交流を持とうとした時、間の大海が交易を阻んでいた。あそこは昔からよく荒れ、渡るにはかなりの危険が伴う。そこで当時の導士が、気軽に行き来ができるようにと、禁制魔術でゲートを作ったんだ」
(禁制魔術……!)
その響きに、玲奈はぴくりと体を揺らした。母から授けられた、逆廻と同じ。玲奈にかけられていることは秘匿事項だ。踏み込むべきではないかもと迷いつつ、やはり気になり、ドキドキと胸を高鳴らせて、サディに問いかけた。
「禁制魔術って……?」
「使用が禁止された、強力な魔術のこと。大昔はこの国でも盛んに研究されてた。けど、因果をねじ曲げるような巨大な力がはらむ危険性、それから、術者自身にも大きな負荷がかかることが危険視されてからは、その研究内容は全て封じられた。今は、この国で扱える導士はいない」
(じゃあ、お母さんはなんで……)
聞いた結果謎は深まったが、この問いをぶつけられるはずもない。
「このゲートを使えば、海を渡らずにすぐ胡まで行けちゃうの?」
「昔はね」
「昔? 今は使えないってこと?」
「その後、両国の関係が悪化したんだ。ゲートを閉じようという話になったんだが、強力な魔術故、閉じるのもそう簡単には行かなかった。すでに強力な魔術は危険視されつつあって、担い手も減っていた」
強い力は、排他される。玲奈の母は、国にバレないように自身の力を隠していたのだろうか。
「それで作られたのが、この迷宮。ゲートを隠すように作ってあって、ゲートにたどり着くためには、迷宮の試練を全て潜り抜けなければならない」
「迷宮の試練……」
「スラジは市民への圧政が厳しい国だ。徴税が軽く、登用制度のある胡へ行きたいと望む若者が、度々挑戦しているようだけど……無事に向こうへ行けるのは、よくて一割ってとこ」
「残りの九割はどうなるの?」
「うーん、迷宮内で干からびたり、試練によって命を落としたり……稀に帰って来るのもいるらしいけど、そいつは運がいい」
「ゲートを簡単に通れないなら、胡の協力っていっても難しいんじゃない?」
「直接兵を送ってもらうのは無理だろうね。まあ、協力って言っても色々道はある。連絡を取るだけならすぐできるし」
「鳥を飛ばすとか?」
「回路を使う」
また知らない言葉が出てきた。玲奈の表情で、サディは言葉を付け加えた。
「回路石っていう対の道具があって、遠く離れたところでも声を届けられる。高価だから普及は殆どしてないけど」
「それも魔力を使った道具?」
「そう」
機能としては電話と変わらないのだが、魔力と言われると凄い力のように感じる。トキが火をつけたときにも同じことを思った。
「王政を倒すために、胡の協力を取り付けるのが当面の方針?」
「そうだね」
「私にできることはある?」
「当面は身を隠してることが一番。その間にこの国のことを勉強して。部下を二人つける」
「部下って……」
「俺だ」
「ひゃあッ!」
またも、玲奈のすぐ背後から現れたのは、ヤザンだった。ヤザンからは威圧感を感じてしまい、玲奈はかなりビビっている。
「……なんかしたの?」
「こんなガキに何もしませんよ」
(ガキって……)
玲奈はビビりながらもムカつくという、器用な真似をしてみせた。
「レナ、別に悪い奴じゃないよ。確かに人相は悪いけど」
「フォローになってません」
「……」
「……まあ、その内ヤザンにも慣れて」
三者は微妙な空気になりながら、挨拶を済ませた。
「あ、二人って……もう一人いるの?」
「ん。まだ帰ってきてないから、その内紹介しよう。今日は休みな。ヤザン、案内してあげて」
「ハッ」
「レナ、また明日」
「あ、うん……またあした……」
サディが背を向け去っていく。その場に残ったのは、ヤザンと玲奈の二人。
(き、気まずっ……)
「そうビクビクされてはやりにくい。慣れろ」
「ッヒ!」
鋭い眼光で睨まれて、玲奈はこくこくと頷く。
「こっちだ。お前の私室を用意した。原則、俺たちが来るまで、自分からは部屋を出るな」
「はい」
言われなくとも、不用意に歩いて厄介事に発展したら怖いので大人しくしてるつもりだ。ヤザンの後ろ姿をみあげる。百八十後半はありそうな背丈に、背中も二の腕も、筋肉がくっきり浮きでている。二の腕の太さなど、玲奈の倍はありそうだ。
「ここだ。入れ」
案内された部屋は、二間続きとなっていて、手前の部屋にソファと低いテーブル、奥にベッドが置かれていた。窓はない。
「正面の扉の他に、隠し通路が二つある」
「隠し通路?」
「まずは寝台の下」
ヤザンはベッドの奥へ周り、床の一部を押した。石でできた床が滑り開き、空洞があく。
「宮の外へ繋がる。出る場所は明日、見取り図で説明する」
「はい」
「もう一つは向こう」
ヤザンな寝台が置かれた場から、まっすぐ壁伝いに進み、壁に掛けてある絵画を降ろした。そこは引き戸になっており、開けると同じく空洞が現れた。
「こっちは梯子だ。上に登って、天井を這って脱出する」
「分かりました」
玲奈は空洞を除き、上を見上げる。梯子は頼りない紐状で、これを登れるかはかなり不安だ。
(あとで練習しなきゃ)
「侵入者があった場合、ここから脱出する。まず俺がいるはずだが、何があるかは分からん。最悪一人でも逃げられるよう、万全にしておく」
「……はい」
「直に食事が来る。食ったら風呂入って寝ろ」
「お風呂! あってよかった~~……ずっと気になってて……うっ……お風呂……」
「……泣くほど風呂が好きなのか?」
「だってここに来てから一回も入ってないんですよ! 信じられない! 川で水浴びはしたけど、ちゃんと洗いたいし、湯船に浸からないと一向に疲れが取れないです!!」
「そ、そうか」
玲奈の勢いにヤザンは慄く。時を戻していた玲奈にとっては体感一週間近く経ってるのだが、それは言えないので口をつぐんだ。
実は、玲奈は結構な風呂好きだ。
「それと、風呂にも隠し通路がある。そちらも入る時に説明しとく」
「分かりました!」
(一日お風呂入れないだけで辛いのに、もう随分入ってない気がする……)
お風呂と聞いてムズムズしてきた。そうこうする内に、食事が運ばれてきた。パンにジャム、羊の肉と果物らしい。
「ここ置くぞ」
「ありがとうございます……」
玲奈は配膳された食事を見て、次いでヤザンをチラリと見上げる。
「なんだ」
「あの……あなたは食べないんですか」
「当たり前だ。俺はお前の警護中だ」
「……そう、ですよね」
ヤザンはそれきり黙って、扉の近くで警護にあたる。大きい体を視界に入れながら、玲奈は一人で黙々と食事を取った。




