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どうやら私は破滅の悪女らしい  作者: りらこ


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20/50

20話

 夜明け前。玲奈は酒場の店主エゼルと共に、馬車に乗っていた。いや、正確に言うと、エゼルが引く馬車の、酒瓶や果物が積まれた荷台の中に、玲奈は隠れていた。


「いや隠れるっていうか……普通、女子を壺の中に入れる……?」


 玲奈は壺の一つに入り、上から葡萄を被され、身を隠していた。道を進むに連れ、不安が襲ってくる。


(これで大丈夫かなあ……)


 エゼルの酒場からサディの宮殿へは、食物を入れることは定期的にあるそうで、怪しまれることはまずないと言っていた。玲奈にできることは、ひたすらここで身動ぎせず大人しくすることだけ。馬車で小一時間揺られれば、着くという。


(あれ、なんか急に眠い……)


 これまでずっと気を張り詰めていた玲奈は、心地よい揺れに、眠気を抑えることができず、夢の中へ落ちていった。





「……の馬車、止まれ!」


ガタンッ!と車体が大きく傾き、寝ていた玲奈は飛び起きた。


(ハッ、寝てた……)


「何を運ぼうとしている」

「サディ殿下への献上品だ。度々訪れている。通行証だ」

「生憎、今は探し物をしていてな。中をあらためさせてもらおう」


(こ、これ……ヤバいのでは!?)


 玲奈の上に葡萄が重なっているとはいえ、手を突っ込まれたらアウトだ。といっても、今できることなど祈るしかない。


(お願い……!)


 ザリザリ、と衛兵が近くに寄る足音がする。気配をすぐそこに感じて息を押し殺す。カチャン、カタ、と瓶や壺を動かしている。そして玲奈が入っている葡萄の壺を目にして、上の一房を手に取った。一つ分軽くなって、玲奈にもそれが伝わり、緊張がピークへ達する。


「これは……」

「不審なものがあったか?」


 訝しげにする姿に、別の衛兵も近寄ってきた。


「さあ、どうだか……オイ、葡萄をこんなに運んでどうする。殿下が召し上がるには多いだろう」

「ハレムへの施しと聞いてる」

「フン……なるほど。行っていい」


(やった……!)


 葡萄が放り投げられ、玲奈の上に落ちた。エゼルもほっと息を吐き、馬車を引き出す。


(ああ……お腹痛かった……)


 緊張からの解放に、疲れが回りだす。ぐるぐる揺れる馬車に耐えながら十分程度。馬車が止まり、エゼルの声がした。


「お疲れ。安心しろ、もう殿下の宮の敷地内だ」

「よかった……」

「部屋の中に運び込むまでは壺の中で大人しくしてろ」

「はいい……」



 * * *





 暗かった視界に光が差し込む。その明るさに玲奈は目を細めた。ついで腕が差し伸べられて、エゼルのものだろう、と反射的にそれを取った。


「よく頑張ったね、レナ」

「っ……」


 その腕は、エゼルのものではなかった。


「サディ……様」

「サディでいいよ。そんな固くならないでって言ったろ」

「あ……う、うん」


 キラキラと、ブロンドの髪が輝く。その眩さに、玲奈はよろめいた。


「っと……大丈夫?」

「ごめん、ちょっと目眩が……」

「そりゃ、こんな狭いとこ長くいたらそうなるよ。おいで」

「わっ……」


 玲奈は腕を引かれて、腰にサディの手が回った。


(ひっ、ち、近っ)


 そういえば最初に会ったときから、サディは距離が近かったと思い返す。エスコートされるまま、絨毯に敷かれた柔らかなクッションの上に腰を下ろす。サディは玲奈の正面に座り、一緒に運ばれてきた酒瓶を手にした。


「葡萄酒は?」

「私未成年だから……」

「そ? じゃあお茶入れてあげて。カモミールがいいかな」


 その声に、どこからともなく現れた女官が素早く動き、玲奈の前にお茶が出される。お礼を言うやいなや、すぐにまた姿を消してしまった。


「ん、まずはそれを飲んで、ゆっくり心を落ち着けて」

「えっ……と、それより、この後私、どうすればいいのか分からなくて」

「……レナ、自分が今どんな顔してるか分かってる?」

「え……」

「顔色が悪い。ここに来るまで、気が抜けずに頑張ってきたんでしょ。相当疲れが溜まってるはずだよ」

「……疲れは、確かにあるけど」


 でも、そう言っている暇はない。またすぐに、追っ手が来たら。休んでなどいられない。その表情を見て、サディは立ち上がり、すぐ近くに寄ってきた。


「ここは俺の宮。きみがいることを知ってるのは信頼のおける、俺の部下だけだ。レナは一度、体も心も休めるべきだよ」

「……でも」

「どっちみち、どうしたらいいか分かんないんでしょ。レナが休むまで、俺は何も教えてあげない」

「なっ」


 笑うサディを見て、玲奈はため息をついた。ここは引き下がるしかないようだ。


「分かった。ちょっと休憩する」

「うん、それがいいよ。ほら、葡萄はたっぷりあるから食べな」

「葡萄……」


 自分と共に運ばれてきた葡萄を差し出され、玲奈は大人しくそれを口にした。酸味があるが、疲れた体にはちょうど良く、一つ食べだすと手が止まらなかった。


「気に入ったみたいでよかった」

「……うん」


 ここは日当たりがよく、ぽかぽかと暖かい。安心できる場所で、美味しいものを食べ、弛緩した玲奈は急激な睡魔に襲われた。


(あ、やば……)


「おっと」


 側にいたサディの腕が、玲奈の体を受け止めてくれたのを感じる。お礼を言って体を起こさなきゃ、と思うも、玲奈の瞼はひどく重くて、そのまま眠りに吸い込まれていった。




「寝ちゃった。やっぱ、相当疲れてたか」

「サディ様。客室の寝台がご準備できております」

「うん」


 サディは女官に返すと、腕の中の玲奈をそっと横抱きし、立ち上がった。扉を抜け、寝台へ背中を横たえる。


「ゆっくりお休み」


 薄い麻布を体にかけると、踵を返す。


「ヤザン、警護を頼む」

「ハッ」


 サディがそう言うと、いつの間に控えていたのか、長身の男が姿を見せた。


「シャロフは?」

「まだ戻ってません。連絡を取りますか」

「いや、まだいいよ。今日はどこも見張りが厳しいから、帰るにも時間がかかるんだろ」


 サディが目を細めると、ヤザンは訝しげに進言する。


「……本当にこの娘を使うのですか。宣告がどれ程信用できる物かも分からないのに」

「俺は信じてるよ。この子がいれば、きっと俺の野望を果たせるってね」

「…………」 


 ヤザンは何も言わず、頭を下げた。

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