18話
(ここだ……)
役人は、こちらには来ていない。トキが引きつけてくれているからだ。息を呑み、ドアを開けた。
そこは、小ぢんまりとした酒場だった。奥の方に三人まとまった男性客たちがいて、ポツポツと話し声が聞こえる。手前のカウンターには、一人客がしっぽりと酒を煽っていた。
「嬢ちゃん、ここは未成年立入禁止だよ」
カウンターに座っていた壮年の男が玲奈に呟く。
「あ、私、店主のエゼルさんに用があって」
「エゼルにィ? 珍しいな。おーい! エゼル、お客だってよー!」
その呼びかけに、店の奥から「はいはい」と顔を出してきたのは、焦茶のウェーブがかった髪を肩の辺りまで伸ばし、無精髭を生やしていた。
(この人が……)
エゼルは玲奈を認識し、目を細めた。
「ん?」
「っあ、あの! 私、『ヤザンの遣いで葡萄酒を受け取りに来た』、んです!」
「……奥へ」
「はいっ」
仏頂面でかなり怖いが、話は通じているようで一安心した。店の奥へ入っていくと、階段がある。
「上へ行け。一番奥の部屋で待て」
「はい」
言われた通り部屋へ行く。十畳ほどのスペースに、テーブルと椅子があるだけのシンプルな部屋だ。少し迷い、椅子に腰掛ける。
一息ついて思うのは、彼のこと。
(トキ……、無事でいて)
日暮れを待つ間。もし、ロメールに入って、怪しまれた場合、どうするか。トキに問うと、彼の答えは「俺が囮になって引きつける」だった。
その返答に、玲奈は疑う余地など持たず、ただ心配の一心で反対した。トキに危険が及びすぎる。もし捕まったら、どうするのか、と。
「ここまで来たらレナが目的を果たすまであと一歩だ。俺はただ逃げればいいんだ。囮になるのは自然だろ」
「でも、もしそれで捕まったら」
「言ってなかったが、俺は魔石を持ってる」
「え……」
「中々値の張るモンだよ」
トキがそう言って、懐から見せたのは、青みがかった、不思議な質感の石だった。
「これは別の目的のために持ってるから、レナといる間は使わなかった。自分の身が危なくなりゃこれで守れる。だから心配する必要はない」
「……なら、その目的のために取っとかないと」
「ちょっと逃げるくらいで使い切るような物じゃない。安心しろ」
そう言われ、玲奈は頷いたのだ。そして、懸念の通り、役人に怪しまれると、トキは玲奈を先に行かせ、自分はわざとスピードを落として街から外れて駆けて行った。
(トキなら絶対大丈夫、魔石があるって言ってたし)
言い聞かせるように心を落ち着かせる。そして、自分のことも心配しなければいけない。
トキのおかげで少しこの世界の常識を知れたが、そもそも、玲奈自身の処遇について分からないことが多すぎる。ここに辿り着けたのもサディの指示がなければ成し得なかった。ここへ来るという目標があり、がむしゃらに進んできたが、この先のことが全く見えない今、不安がたちまちに襲ってきた。
(ここからどうすればいいんだろう。サディさんが来てくれるのかな)
待つというのは、悩みを助長させる。エゼルを待つ時間、不安が玲奈の心を押し潰さんとしていた。




