17話
十分後。玲奈は、自身の木登りスキルの無さに打ちひしがれていた。
「いたた……うわ、擦り切れてる」
流血と言う程ではないが、わずかに肌に血が滲んでいる。
(……今更か)
ここまで、一晩ちょっと、ずっと逃げてきた。手も足も、既に擦り傷、土汚れ、汗でぐちゃぐちゃだった。それを認めればいっそ吹っ切れて、木の幹を拙い手つきで黙々と登っていった。
「ハァ、ハァ……ここでいっか……」
格闘すること数十分。太めの枝に、うまいこと腰掛けることができた。地上からは五メートルくらい。下に生茂った葉っぱが、下から玲奈の姿を隠してくれている。前を見れば葉の隙間から、トキが帰って来るのは分かりそうだ。
幹にもたれ、足をぶらりと揺らせば、十年以上前、木登りをして遊んだ頃の思い出が蘇った。
「お父さんに連れてって貰った公園で、よく木登りしたっけ……」
あの時は、登りすぎて怖くなって、父の胸に飛びついた。今、玲奈を受け止めてくれる人は、いない。
「眩し……」
夕日が目に刺して、眩しさに細めた。その明るさは、向こうと何ら変わらない。玲奈はトキがもどるまで、ただ、夕日が沈むのを見つめていた。
「レナ?」
「トキ、ここ!」
「……随分登ったな」
「待ってて!」
日が沈みきる直前に、トキが帰ってきた。それなりの時間をかけて、慎重に木から降りる。
「どうだった?」
「場所は分かった。先に説明しとく。ここから街に入って、三十分くらいで市街地に入る。真ん中に大通りが走ってて、三つ目の曲がり角を左に折れる。右手にある、細い路地を入ったとこがナウファルの入り口だ」
トキの説明を口の中で繰り返し、覚える。何があるか分からない。しっかり叩き込まねば。
「そもそも、王都に比べるとそこまで人がいない。この辺の奴かどうか、ってのはすぐバレそうだった」
「じゃあ……やっぱり、姿を見られちゃ駄目だね」
「ああ。完全に暗くなってから行くぞ」
もう暫くは、この場で待機となる。
「……ね、酒場に着いたら、トキは」
「お役御免だな」
「そう、だよね……あの、本当にありがとう。トキがいてくれたから、ここまで来れた」
「いいって。それに、まだ終わってないだろ。最後まで気抜くなよ」
「……うん」
一刻も早く、目的地へ着きたいのは勿論だ。でも、トキとの別れが迫ってると思うと、どうしても寂しさは拭えなかった。
「行くか」
「うん」
完全に日が落ちた。ロメールに入っていく。夜は昼間よりいくらか、人通りが少ないように感じる。酒場が点在していて、明かりのついた店から賑やかな笑い声が漏れてくる。
(ここが一つ目の角)
それを通り過ぎた時、もう聞きたくなかった声がかけられた。
「きみたち、少しお話いいかい」
「っ!」
話しかけられたと同時、二人は走り出した。
「なっ、待て!! 待ちなさい!」
その声は昼間に聞いた役人のものだった。でっぷりした役人は、咄嗟のことについてこれていない。二人の姿が闇夜に消えるくらい、十分に引き離した。それを確認し、トキが玲奈の背を押す。
「行け!」
「っ……うん!」
玲奈は、疲れ切った足に鞭打って、走り続けた。
(トキっ……ありがとう……)
そして、それはトキとの別れだった。




