10話
「ありがとう! 助かります!」
「少し手を貸すだけだ。それに、俺まで危うくなるよう状況になれば、お前を見限る選択も取る」
「……うん、それで十分だよ」
トキが言ったのは当然のことだ。初めて会った人間を、身を挺して守るなど。手を貸してくれる、それだけで、この世界に一人放り出されたレナには頼もしいことこの上ない。
「じゃあ行くか」
「あっ、待ってそっちは!」
「ん?」
「……大通りは、衛兵が私を探して検問してるみたいなの。通らずに行ける道ない?」
「……ないことはないが、さっきみたいなガラの悪いのが、この辺を溜まり場にしてる。女ってだけでまた狙われるぞ」
「っ……それは困るけど、でも向こうは行けない」
「……分かった。さっさと行くしかないな。レナ、走れるか」
「自信はないけど、やるしかない! 走れる!」
「よし、行くぞ」
「あっ」
手を、握られた。玲奈が呆気に取られている内に、トキは走り出し、足を縺れさせながら回す。
「あの、手」
「お前に合わせてたら置いてっちまう」
「う、うん」
納得はしたが、男子と手を繋いだことなど、キャンプファイヤーのフォークダンスのみの玲奈にとっては、刺激が強かった。
(手、大きい)
ドキドキと緊張で高鳴らせていた心臓は、数分もたたない内に、息切れで高鳴ることになった。
(く、苦しい……)
ちょっと休憩を願おうかと迷った瞬間、トキの方から足をぴたりと止めた。
「え、なに」
問うと、口にシッと指を翳された。続けて小脇の道へ背を押された。トキは小声で呟く。
「でかいのがいる」
「え……」
耳を澄まさずとも、のっしのっしという鈍い足音が届いた。それが近づくと、トキは玲奈を隠すように、ますます壁の小さな隙間に押し付け、自身の体で被さった。
(っ……近い! 近すぎ!)
トキの肩が、目の前にある。体はぴっとりと密着していた。片腕は、玲奈の腰に回っている。
(汗だくだしほこりまみれだし! ていうかゴミ溜めの服!)
「……行ったか」
耳元で、再び囁きが吹き込まれた。玲奈はもはや涙目である。やっと解放されると、トキはまるで距離の近さなど気にしていなかったようで、「早く逃げるぞ」と冷静に呟いた。
気にしてるのが玲奈だけなのが、寂しいようなほっとしたような複雑な気持ちだが、それは一旦置いておき、分かったと頷く。
なるべく音を立てないようにする、というのと、早くここから逃げる、というのは矛盾する。
走り出してそう経たず、後方から遠ざかっていたあの足音が、また耳に響いた。
後ろを振り返った玲奈の目に、その全貌が映り込んだ。二メートルはありそうな巨人だった。腕も足もとんでもなく長い。スキンヘッドに棍棒を携えた男は、玲奈を捉えて口をにたりと緩めた。
「女ァ……! 女の匂いがすんぞっ!」
「キャアーーーッ!!!!」
「走れ!」
言われずとも、今なら誰よりも速く駆けられそうな気分--。
しかし、それは気分だけだった。全速力で走ること数分、ただでさえ疲れていた玲奈の足取りが重くなっていく。暴漢との距離が縮まってるのを見て、トキが舌打ちした。
「お前、一人で走れるか!」
「えっ?」
「アイツはお前を追ってる。気を引け! 俺が背後から叩く!」
つまり、囮をしろということだ。玲奈は直ぐには頷けなかった。あんなのに捕まったら。トキが助けてくれる保証もない。
(そうだ、トキはこのまま私を見捨てるかも)
しかし、悩む余地もまた、残されていない。
「できるか」
「っ……分かった」
頷くと、トキは右の道に逸れていった。後ろで暴漢がガッハッハ、と笑った。愉快げに棍棒をブンブンと振り回している。
「女を捨てて逃げたか! 可哀想だなァ……俺が可愛がってやんネェとなァ……!」
トキが回り込む時間は、玲奈が稼がねばならない。縺れる足を、必死で前に動かした。
(苦しいっ……止まりたいっ……もう無理っ……)
そんな時、地面に落ちた輝きに、玲奈は目を囚われた。
(これ……!)
ガクッ、と崩れるように膝を折った玲奈に、またも笑い声がかけられる。
「こけちまったか! いいなァ、女の血は好物なんだ……今日はついてるなァ……!」
「くっ……」
玲奈はすぐに立ち上がった。苦しいけど、もう足を止めたいけど、諦めるわけにはいかない。
「ハァ、ハァっ……キャアッッ!!」
それでも終わりはやってきた。後ろ髪を乱暴に掴まれ、地面に叩きつけられる。
「っ……!」
「捕まえた。あー、疲れた。疲れた分、愉しませてもらわねェと」
仰向けにされ、暴漢と向かい合う。男の後方が、視界に入る。
(トキ……居ない……)
期待したその姿は、なかった。でも、直ぐに逆廻を行う気はなかった。
玲奈は男をキッと睨みつける。男が玲奈の服に手をかけた瞬間、手に持ってるソレを、ぐっと握りしめ、腕を振りかぶった――




