幕間 —ヴィルヘルム王子の胸中2—
これは一体どうしたことか。
ヴィルヘルムは隣で背中を向けて眠る少女を横目で見ながら、ぼんやりと思った。
すやすやと至って健やか、包まずに言えば危機感も色気もない寝息が届く。
どうやら、と彼は思考する。
どうやら彼女は、あまりそういう教育を受けていないようである。
というか、そもそもエビリスの秘されたこの姫は、どこぞの国に嫁ぐという予定がなかったのではなかろうか。
そんな疑惑まで浮かび上がってくるほどこの少女は無防備だ。
ふぅ、とヴィルヘルムは溜息をついた。
もうとうに消灯したため、部屋は薄暗く、顔の輪郭すら定かでない。
そんな中、このリュファーニア聖国の王子は微かに頬を赤く染めていた。
今まで散々遺体に白骨死体を愛でてきた彼だが、生身の少女がこんなに間近で、しかも同衾——正確に言えば添い寝だが——されることになろうとは。結婚したのだから当然なのだが、なれない。
エビリスの白雪姫。
ふっくらと小さな唇は薔薇のよう。さらりと寝台に流れる髪は夜闇の如く艶やかに美しい。日に焼けることなど知らぬ気な白い肌は、非常に目に痛く、心臓に悪い。
大昔、その微笑で世界の全てをひっくり返したという、神の愛し子。その貴人よりも美しいのではないかと錯覚するほどの鮮烈かつ清冽な美貌。
白雪姫、そう、各国に認めさせるほどの。
(……それにしては、従順過ぎるような気もするが)
死体愛好家と揶揄される自分に、文句も言わずに嫁いでくるとは。
そう思ってから、彼はすぐさまその考えを改めた。——従順、とは違うように思う。綺麗で深い瞳は決して愚かなようにも、ましてや諦めを含んだ憂いのようなものも感じさせなかった。
ただ、その色の深さに囚われそうになった。
「……ん、……く、ろ……」
(……くろ?)
ふいにアルマリアが吐いた寝言に飛び上がりそうになりながら、怪訝に首を傾げる。くろ?
「……姫、くろとはなんですか?」
聞こえるはずはないと分かっているが、ついそう尋ねてしまう。
暫く耳を傾けてみたが、返事はない。
思いもよらず毒気を抜かれたヴィルヘルムは、ふっと苦笑して毛布を押し上げた。
「おやすみ、姫。————良い夢を」
すぅ、と柔らかな寝息に。
溶けるように彼は目を閉じた。
緩やかに心地好い眠りの海へと落ちてゆく。
「……くろ……は………………な、ので、す……」
それ故彼はまるで遅れた返事のような少女の寝言を聞き逃したのだった。