それでは、どうぞ宜しくお願いします。
「姫、大丈夫ですか」
扉越しにかけられた声に飛び上がる。
「はっ、はい!すみません殿下、今開けます」
わたわたと扉を引くと、ヴィルヘルムはまたも申し訳なさそうに立っていた。
促すと彼は室内に入り、所在なさげにドアの直ぐ前に立つ。不思議に思いながら席を勧めれば、漸く座り込む。一体どうしたというのだろう。
「姫、すみません…私は、その、」
もごもごと口ごもりながらヴィルヘルムは、しかし意を決したように顔を上げた。アルマリアはどきりとした。何か重大なことだろうか。もしや、実は秘密の恋人がいるんです、なんてことは……——
「私は、姫同様、誰かと口づけを交わしたことがなくて」
——なかった。
ほっとしつつもアルマリアはことんと首を傾げる。
「初めて、だったのですか?」
「ええ、ですから、私も不安がない訳でもなかったのです」
「……まぁ。それは……」
「もちろん私は男なので、姫ほど不安だったとは言えないかもしれないのですが……」
「それでも、不安でしたと?」
「はい。ですから、直前に口づけを交わせて、良かったと思っているんです」
ぽかんと彼女は彼を見上げた。
「まぁ。そうなんですか」
そういえば、少しぎこちない、——慣れていないような、仕草だった。
……だったが。
「そ、それであれですか? 信じられません」
「す、すみません」
「あ、いえ、責めているのではなく」
それにしては上手かった、と……何を言ってるのだ自分は。アルマリアは赤面した。
「……それに、こんなに貴女を……」
アルマリアはぱっと頭を上げた。ぽつりと落とされた呟きが、よく聞こえなかったので。
「殿下? すみません、もう一度お願い出来ますか?」
「い、いえ、なんでもありません」
少々慌てたような口調だ。訝りながらも一応は納得する。
「それで殿下、」
「ああ姫、私のことはヴィルヘルムで構いませんよ。殿下は貴女もそうでしょう?」
「え……」
吃驚して口を覆う。それから再び真っ赤になって、小さく呼びかける。
「ヴィ、ヴィルヘルム、さま」
「慣れたらヴィルとお呼び下さい」
にっこりと微笑まれ、這々の体で頷く。心臓が、保たない。
「あ、でしたら、わたしのことも……」
「アルマリアさま、と?」
「アルマリア、とお願いします」
アルマリアは丁寧に頭を下げた。
ヴィルヘルムは了解したとばかりに笑う。
「それで、先程言いかけたことは何ですか?」
「あ、ええ、その」
口ごもり、視線を泳がし、ちらりと王子を見上げる。
「今日から私は貴女の妻ですが、どうやって過ごせば良いのでしょう」
「え?」
「つまり、昼間は部屋に居て、夜は、でん……ヴィルヘルムさまとご一緒に寝室にゆけばよろしいのでしょうか」
ぴたり、と王子が固まった。
「は、ああ、その……」
「妻とは何をすれば良いのでしょう。わたし、いまいちよく分からなくて。とりあえず、夫の添い寝をすれば良いのでしょうか」
再び、王子が固まる。
「あ、そ、そうですね……恐らく、それで構わないかと」
微笑まれ、アルマリアはぱっと花咲くように微笑んだ。
「そうなのですね!では寝室に参りましょう。もう夜もふ更けて参りましたし」
「そ、そうですね……」
アルマリアは何故か放心気味のヴィルヘルムの手を引いて、寝室へと向かった。