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純情白雪姫  作者: 祭歌
第三部 街中の聖女
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街中の聖女 6

 きぃん、と金属が擦れあうような音がした。


 アルマリアの目がひび割れそうなほどに見開かれる。きぃん、きぃん、と音は続く。打ち鳴らすように、それは幅を、強さ、鋭さを増して近づいてくる。


「……べ……ルサー……」


 戦慄く唇から漏れ出たそれに、ヴィルヘルムが驚いたように瞬いた。


「姫、——アルマリア?」


 うっかりといったように呼ばれた呼称にも、己の名前にも反応しない。ただ、アルマリアはおぞましい感覚に、——行き場のない怒りにそのかんばせを歪めた。


 どうして。


 ここは、聖王国、なのに。



 ————どう、して。



「アルマリア!?」



 ぐいっ、と腕を引かれた。

 ヴィルヘルムの手が彼女の肘の下あたりを捕まえている。

 心配そうなに窺われる。独特な栗色の眼。深く、赤みを帯びた、その瞳。

 どくん、と心臓が揺れ動く。振れ動く。駄目。これは、何かまずい。

 気が、する。

 アルマリアは滑り落ちそうになる雨除けの裾を握りしめ、にっこりと笑んだ。


「すみません、大丈夫です。……ヴィルヘルム様」

「はい?」

「音が、聞こえませんでしたか」

「音?」


 先ほど響いたあの音。

 今も絶えず鳴り響いている、これは。


「————手を、」

「……え?」


 下唇を噛み締めて、アルマリアは震えないよう己の腕を叱咤して、白魚の如き真白の手を夫の前に突き出した。

 雨除けをくぐり抜けて滑り込んだ雨が頬を伝う。蒼いドレスはほとんど濡れていた。それはエンナも同様で、彼女の清潔なお仕着せのエプロンは黒地がほんのりと透けて見えている。立ち止まったからだろう、後ろについているリカルドたちが小走りに向かってきていた。


「手を、握っていただけますか」


 森の緑は暗雲に暗い。きぃん、きぃん、と音がする。混じり合う。影に覆われてゆく木々と。

 ざり、と地を引き摺るような足音が、聞こえた気がした。

 ああ。

 折角、ここまできたというのに。

(どうして)

 ここは、『聖王国』では、なかったのか。

 決してあれらを受け入れない、残酷で潔癖な聖なる国。


 なのに。



「……ええ、繋ぎましょう」



 アルマリアははっと顔を上げた。

 穏やかにヴィルヘルムが微笑んでいる。柔らかな陽光のような笑み。死体に向けている表情とは全く違う。それこそ王子然とした、——温かな。


「……はい」


 アルマリアは、ゆっくりと差し出されたてのひらに自分のそれを重ねた。熱が伝わる。前にもこの手には触れたことがある。だけど、気づかなかった。こんなにこの手は骨張っていただろうか。こんなに硬かっただろうか。大きかっただろうか。温か、だっただろうか。


「ほんの少し、堪えて下さい」

「え? ————!」


 きぃん、きぃん。

 金属を擦り合わせたような音。

 ヴィルヘルムの眼が驚愕に見開かれた。

 当たり前だろう、手を繋いだ途端頭痛がするほど大きな音が鳴り響くのだから。


「アルマリア……? あなたには不思議な力が……?」


 ……どうして嬉しそうに聞くのかしら。

 落ちた呟きと眼の輝きに拍子抜けしながら、アルマリアは「違います」と即答する。


「これは私の力ではありません。これは」


 躊躇う。

 けれど、アルマリアはぐっとヴィルヘルムを見た。




「これは、魔物が私に狙いを定めたのです」



 叶って欲しくなかった、目論みは。

 耳障りなこの音によって成就を保証された。


雨除けはそのまんま雨を除けられる布製の何かです。

平安時代の被衣かずきの簡易版みたいなものです。


そして傘は傘であります。洋風な、日差しを遮るみたいなあの上品な見た目の傘です。高級品です。骨組みしてあるので!


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ひっそりこっそり実のない小話。(お返事は更新報告にて)
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