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純情白雪姫  作者: 祭歌
第二部 つかの間の静寂
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お姫様と語学と侍女心

 結婚てほんっとに面倒なのね。


 アルマリアはうんざりしながら聖書を繰っていた。エビリスとリュファーニアは同宗教圏だが、それぞれの国で微妙に内容、というか文章が異なっている。さらにリュファーニアは、聖王国と名乗っているだけあって、公用語ではなく独特のリュレス語で記していた。それほど信心深い方ではないアルマリアとしては、正直面倒臭かった。だが、まぁこの聖書は今本来の目的では使われていない。今は聖書の時間ではなく、リュレス語の講義の時間である。

 ——そう、リュレス語。

 王子妃として教育される中、一番面倒で厄介な科目がこれだった。

 公用語と違い、分節事になんだかよくわからないなんちゃら詞がついて、かと思ったら主語が真ん中にきたり、修飾語が単語を一つ越えておいてあったり。

 さっぱり分からない。

 筆ペンをインクに浸し、リュレス語の聖書を量産された紙に四苦八苦しながら書き写す。一頁写すごとに手を止め、悩みながら訳していく。……あっていない気がするのは、多分気のせいではない。


『アルマリア様、お出来になられましたか?』


 柔らかに、しかし容赦なくリュレス語で教師が訪ねてきた。

 ため息をつきつつ、『ええ』と同じようにリュレス語で返す。それなりに予備知識はあったし、頭の弱い方ではないアルマリアは今日一日で何とかかんとか、教師の噛んで含めるような語調のおかげもあってか、簡単なものなら理解し使用することが出来るようになった。簡単なものなら、だが。

 ふくよかな女性教師はにっこりと微笑み、


「では、本日のリュレス語の講義はこれで終わりましょう。お疲れ様でした」


 なめらかな公用語で言った。



 *


「大丈夫ですか、アルマリア様」


 よろけるアルマリアを慌てて支え、エンナはこっそり彼女に同情した。

 休む暇もなくクロッセル=リュファーニア聖王家の系図やら歴史やらを叩き込まれ、この国の慣習を習わせられ、独特のダンスやしきたり、儀式や礼儀作法を仕込まれる。これがただの村娘であったなら裸足で逃げ出していたことだろう。だが立派な姫君であり、歴史を積んだエルビスの王族である彼女は、素晴らしいほど綺麗に吸収していた。この巨大な城の案内にも平然としていた。エンナとしてはこんなどでかい城がいくつも世にはびこっていることは信じられないというか信じたくない現象だが、王侯貴族にとっては大したことではないのだろう。

 聖王家の人間の居住する宮や、王と王妃が休む宮も、エンナからするとどこのバカが建てたんだ、と問いつめたくなるほど広く迷いやすくきらきらしい。

(そうだ、アルマリア様を光苑宮まで案内差し上げなきゃ……)

 でも、まだ講義も残っているし。

 午後でいいか、と考え直し、エンナはアルマリアの背を優しく撫でた。


「ご、ごめんなさい。手間をかけさせてしまいました、ね……」

「いえ、こんなに詰め込まれたら当然ですよ。少し、休まれますか?」


 アルマリアなら酷く文句を言われることはないだろう。というよりここまで弱音を吐かなかった彼女がすごい。意外に剛胆というか、根性があるというか。

 雪解けのような、今にも消えてしまいそうなひとなのに。


「いいえ」


 はっと顔を上げるとアルマリアは、異国の姫は穏やかに微笑んでいた。

 先ほどまでよろめいてげっそりしていた様子など微塵見えない。

 初めて会ったとき同様、水面のような静かな眼差し。呑み込まれそう。

 アルマリアはとても綺麗だった。

 完璧なほど。

 流れる黒髪は星が瞬くように美しくて。

 なめらかな白い肌は抜けるようで。

 そして、その、朱唇。

 毒を呑むような。


「遅れてはダメなのでしょう?」


 にっこりと、あでやかに苦笑。

 エンナはつい、


「アルマリア様にはきっと赤薔薇がお似合いですッ!」


 侍女魂を出して叫んだ。



 ……お姫様ってすごいなぁ。

 こんな何でもない場面で、あっさり臣下を魅了するんだから。

 妙な感心をして、エンナは怪訝な表情をするアルマリアを促した。



 ——次は国歴学だ。

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ひっそりこっそり実のない小話。(お返事は更新報告にて)
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