警邏隊とリカルド隊長
エルストリッド五番街。扇子屋サルストリトス裏。
首筋に小さな穴二つ。そして腹から吹き出る臓物。
生きていたころはさぞかし愛でられていたのだろう、乱れたその髪は未だ艶を持ち、肌はあかぎれ一つなかった。
リカルドはそれを、全く顔色を変えず観察し、ふと目を伏せた。
すると、同様に『検死隊』の隊員達も、揃って目を伏せた。手をこっそりと合せるものまでいる。
それを、ヴィルヘルムは何も言わずに見、己も同じように、そうとは分からないよう黙祷し、——暫くしてから静かに口を開いた。
「……集団墓地の手配、は必要ないな。————保護者がきた」
複雑そうな声に、リカルドが振り向く。視線の先では息を切らせた老夫婦が走ってきていた。そして、そのすぐ後ろでつかつかと、きつい眼差しで歩いてくる男。
「マリーシャ!」
青ざめた顔で老女が叫んだ。驚くべき早さで駆け寄ったかと思えば、ふらりと気を失う。それを慌てたように、老人の腕が支えた。
嫌な光景だ、とリカルドは思った。
ざり、と石畳を踏んで王子が立ち上がる。
急に生を失った孫を惜しむ姿はもちろん、————
「殿下。不肖の娘のせいで、お手をわずらわせてしまい申し訳ありません。まったく、躾がなっていなかったもので」
——そうまるで娘のことをゴミ屑のような眼で見る親の姿が。
(……くそ、)
忌々しくて堪らない。何を言っているのだ、謝るやつがあるか、こういう場合悲しむのが親だろう。そう、怒鳴りつけてやりたくなる。
だが、してはならない。
そんなことをして、調査を滞らせるわけにも、労力を無駄にするわけにもいかないのだ。
「いや、そんなことはない。——楽にしてくれグルーヅ子爵。二、三お聴きしたいことがある。よろしいか?」
ヴィルヘルムは薄い笑みを浮かべて、優雅に腕をなびかせた。こちらへ、と示しているのだろう。過度な仕草は、彼が密かに怒りを携えているように見えた。故にリカルドは少々ひやりとした。
この主は、いつも何をするか分からないから嫌なのだ。
警邏隊の人間と協力して、ゆっくりと死体を運ぶ。なるべく姿が変わらないよう、慎重に。
ヴィルヘルムは検死隊の数人に何事か命じ、警邏隊の隊長らしき男の肩を叩いて被害者の保護者達のもとへ向かう。リカルドはその様子を確認してから、副官のベルクに王子の傍で護衛をするよう言ってから、死体の方へと向かった。
「まだお若かったのになぁ……お可哀想なことだ」
ぽつりと零すような声に、目をしばたたかせると、それは顔なじみの警邏隊の男のものだった。
「ビル、ここ担当だったんですか」
「おやリカルドさん。そうか、あなたはヴィルヘルム殿下の近衛隊長だったな」
「ええ、……まぁ」
不幸なことに。
「お知り合い、だったのですか?」
ビルは上級貴族ではないが、下級貴族の、神職の家系の者だった。それで警邏隊に入ったのだから相当の変わり者ではあるが。
だが、神職の家系である限り、上級貴族と関わることも少なくない。ここは、聖王国なのだから。
「いいや、つい最近、隊長——うちの隊長と話しているのを見たくらいだよ」
ビルはしょんぼりと肩を落とした。
何だか妙な哀愁が漂ってきて、リカルドはつい彼の背中を慰めるように叩いてしまった。
以前知り合ったとき以来、どうしてか彼とリカルドは馬が合ってしまい、何故か未だに仲がいい。
そして何故かいつもリカルドはビルを慰めている。何でだ。
「いつもすまんなぁ、リカルドさん」
「そんな、それは言わないで下さいよ」
……俺は孫か、とリカルドはちょっと思った。
それから痺れを切らした部下に呼ばれるまで、リカルドとビルはもそもそとしみったれた会話を買わし合ったのだった。
最後の会話はアレですね、おばあちゃんとおばあちゃんを背負った孫の、
「いぃつもすまなぁいねぇえ…(よぼぼ)」
「もう、それは言わない約束でしょ!」
……失礼しました。




