朝の目覚めに鳥と侍女 2
エンナは腕の良い侍女だった。
複雑に結い上げた黒髪に、白薔薇を挿し、それを彩るように真珠と紅玉の髪飾りを連ねていく。何枚も淡いレースの布を重ねた上衣に、滑らかな翠のドレス。裾から影のように覗く光沢を持った黒の衣がはっと目を惹き寄せる。
「いかがでしょうか」
耳元に降った声に、アルマリアは微笑んだ。
「素晴らしいわ。ありがとう」
お世辞ではなく、彼女の腕は良かった。『白雪姫』たるアルマリアの美しさを嫌味でなく引き立てている。アルマリアは実を言うと、自分の容姿があまり好きではなかったけれど、エンナのおかげで今日はそんなに気にならなかった。本当は、いつも着替えるとき、鏡を見るとき、うんざりしていたのだ。
「勿体のうお言葉、光栄の限りでございます。——ではアルマリア妃殿下、本日のご予定を申し上げます」
にっこりと嬉しそうに笑いながらきっぱりとしたエンナの言葉に、アルマリアは笑顔のまま固まった。
「…………え?」
*
近衛隊第二部隊、通称「検死隊」隊長リカルド・デューヒェンは己の主を胡乱な眼差しで見つめていた。
「……殿下」
「んー?」
「で、ん、か」
「だから何だ?」
「あんた、何してんですか」
リカルドの守護すべき主ヴィルヘルム・クロッセル=リュファーニアがだらしなく頬を緩めたまま振り向く。一国の跡継ぎともあろうものが、地べたに直に座り込みながら。
「何って、検死じゃないか」
「いやそれは分かりますけど」
「じゃあ何だ。今忙しい」
「検死なら私がやりますよ! あんた、エビリスからいらっしゃったアルマリア姫の傍にいなくて良いんですか!?」
「何でそうなる。——おお、この青白く、こけた頬、生気のないかっ開いた眼、仄かにこびりついた血……なんて美し」
「ああああああやめて下さいやめろこのアホですかあんたはつーかホント姫のところに行って下さい!」
うっとりと死体を眺めやる主に、リカルドは総毛立ちながら頭を掻きむしった。この王子は本当に、何年傍にいてもとんでもない記憶しかない。
傍で土を調べていた部下達は、何ともいえない表情でちらりとヴィルヘルムをうかがっては目を逸らしている。他の部隊のものよりは慣れているといえ、異様なことこの上ない。
そんな彼は、煩そうに眉を寄せてから、じろりとリカルドを睨んだ。
「一応言うが、あの方は今、妃殿下だ。彼女は彼女でやることがある。おそらく、今エンナが事細かに伝えているだろう。嬉々として。行ってもどうしようもないだろう」
思いのほか冷静な応えに、ちょっと詰まる。が、リカルドはすぐに憮然と言い返した。
「それはそうかもしれませんが、せめてかの方が目覚めるまでお傍にいてさしあげたら良いでしょう。何でまた朝っぱらから」
「……私にも理性くらいはある」
「はぁ?」
また意味のわからないことを。
死体を見てはうっとりと頬を染めゆるめている男のどこに理性があるのだ。
思いっきり疑わしそうに見返すと、王子はひとつ咳払いしてからゆっくりと立ち上がった。
高価そうな袖をまくりあげ、ぐるりと辺りを見回す。
「それに、」
低い声で彼は呟いた。
「ここ数日続いて現れる、彼ら変死体の死因を確かめなければなるまい」
リカルドは難しい顔でうなずいた。